第十六話

 俺は後ろを振り返った。鈴木が端末を操作して、メッセージを読んでいる。元気は鈴木の端末を覗き込んでいる。鈴木にもメッセージが届いて、元気には届いていないようだ。

 更に奥の部屋では勝英が端末を凝視していた。勝英には届いたということか。俺は俺に届いたメッセージを開いた。真子が俺の端末を覗き込む。


『B3フロアのマンション内からプレイヤーがいなくなりました。B3フロアのマンションを閉鎖します。B3フロアの出口をまだ通過していないプレイヤーはB3フロアをクリアとします』


 メッセージにはそう表示されていた。それに続き、初めて出口を通過した時と同じ内容の説明文が書かれていた。これで全プレイヤーが1Fを目指すことを認識したのか。


「B3フロア閉鎖なの?」

「そうみたいだな」

「瀬古君がいたフロアだよね?」


 そうだ、大輝がいたはずのフロアだ。と言うことは、大輝達は出口を通過した。つまりミッションの問題の正解を言い当てた。前の部屋に戻っていないのだから。


「そうか」

「どうしたの?」

「大輝はキキの性格を考慮したから正解に辿り着いたんだ」

「性格?」


 俺はキキの性格を一度えげつないと表現した。同フロアの女子プレイヤーの名前を言い当てるミッションで、そのからくりに気づいた時だ。

 大輝もその時の経験を活かし、辿り着いた答えが、『自分たち以外にこのフロアに人はいない』だったんだ。そして、大輝達は『3人』と回答したのだ。意地の悪いキキなら出しそうな問題だ。どうせ何と答えようと正解の可能性は低い。開き直ってそう考えた方が思い切って回答できる。


「それで『不正解なら1室戻る』の条件だったんだな」

「キキがゲームを楽しむためにそうしたことも考えられるけど、キキにとっては1つフロアを閉鎖することもメリットがあったんじゃない?」


 真子がそう言ってきた。フロア閉鎖がキキにとってのメリット?


「どういうことだ?」

「人数が10人減った。このまま4フロアで続けても複数で行動をしている人達以外にミッションに出くわす可能性が低くなる。だからフロア閉鎖のルールがあるんじゃない?」

「なるほど」


 つまり大輝達のミッションの結果はどちらに転んでもキキにとっては都合が良かったのか。


「これでいっくんは2フロアクリアだね」


 そうだ、俺は真子よりも1つ多くフロアをクリアしてしまった。最初からわかっていたことだが、俺はB3フロアをクリアするつもりでいたし、真子もいつかは俺が既にクリアしたB2フロアをクリアしなくてはいけない。最後まで一緒にいることは不可能だ。

 真子をリードしてしまったのも痛い。B2フロアが閉鎖しない限り一緒にい続けることは実現しない。

 そうかと言って、B2フロアの閉鎖は現実的ではないだろう。風呂で大輝と話したことだが、出口経験者は1Fを目指すことを知っている。全フロアを攻略しなくてはいけないとわかっていても、より早く上に上がりたいと思うのが人間の心理だ。だから上階のB2フロアとB1フロアの早期閉鎖は現実的ではない。


「あっ」

「今度は何よ」

「このフロアも人が少ないかも……」

「そっか、早く上に上がりたい人の心理ってやつね」


 B4フロアにはもしかしたら俺が把握している、俺、真子、元気、鈴木、勝英の5人しかいないかもしれない。しかも初期配置から、3人が死んで、遠藤、園部、正信の出口通過は把握している。勝英はまだいるし、把握できていないのは本田瑞希だけ。

 もしそうなら、今顔を合わせている全員は出口を知ったからB4フロアを閉鎖できる。今出口を出た正信と、まだ残っている勝英はスタートからこのフロアで、もう長いことこの集団しか目にしていないと言っていた。かなり可能性は高い。


 ちなみに俺と元気と鈴木は下りてきた組なので天邪鬼ということになるが。真子は俺を追いかけてきたプレイヤーなので天邪鬼からは除外だ。

 ミッションに当たる確率は高くなるが、B4フロアの閉鎖はゲーム攻略への近道だ。このことに皆気づいているだろうか?


「それは難しいんじゃないかな」


 真子が俺の疑問を否定した。


「なんで?」

「私と香坂君にはメッセージが届かなかった。これは自力でB3フロアをクリアしたからだよ。B3フロアを他力でクリアした人に情報をもらわない限り、自力でクリアした人はこの事実を知らない」


 確かにそうだ。と言うことは今B3フロアの出口を通過した大輝、遠藤、木部はこのことを知らない可能性が高い。今からしばらくB3フロアの風呂や休憩室に入るだろうから、他のフロアのプレイヤーと会う可能性も低い。

 閉鎖されているのはマンション内だけだから、まだしばらくはB3フロアに留まるだろう。しかも大輝はゲームの本質がかなり見えている。心理どおりにわざわざ上に行かず、B4フロアに来る可能性もある。


「頼む、大輝、遠藤、木部。B4フロアに来ないでくれ。他のフロアスタートのプレイヤーがこのフロアに居ないでくれ。そして来ないでくれ」


 俺がそう懇願していると扉が閉まり始めた。またしばらく真子と2人きりの時間だ。


『ジリリリリッ』

『同室3室確認。ミッションを発令します。モニターをご覧下さい』


 映ったのは、一面は俺と真子。一面は元気と鈴木。一面は橋本陽平と園部だ。陽平は初ミッションか。


『波多野郁斗は次の問題に答えろ。太田真子の血液型は? 太田真子は次の問題に答えろ。波多野郁斗の血液型は? 教えあうこと、ヒントを与えること、相手の手荷物を確認することは禁止とする。1人でも不正解の場合、波多野、太田両名は次の移動ターンで前の部屋を選択しろ。制限時間は次の移動ターン選択時まで』

『鈴木美紀は香坂元気を力の限りビンタしろ。制限時間は次の移動ターン開始まで』

『橋本陽平、園部歩美はセックスをしろ。制限時間は次の移動ターン開始まで』


「もう何よ。セックス、セックスって。ここのゲームマスターはどんな趣味してんのよ。他のミッションは1回ずつしか出てないのに、これだけは3回目じゃない。しかも歩美ちゃん連続で性的ミッションだし」


 テロップを見ると真子が毒吐いた。


「元気と鈴木も連続で暴力的ミッションだな」

「まぁ、美紀ちゃんなら遠慮なくやるだろうね」


 と真子が言った瞬間、鈴木が元気の頬を思いっきりビンタした。元気の体がよろめく程に。そしてモニターが暗転した。


「……」

「……」


 言ってる傍から。俺と真子は半口を開けたまま立ち尽くした。


「さ、私たちもミッションやらなきゃ」

「あぁ」

「波多野郁斗の血液型はO型」


 真子は迷わず言った。ちなみに正解だ。こんな問題を出すと言うことはキキも正解を知っている。なんでキキまでそんなことを知っているんだ。バストカップや誕生日と言い、個人情報は筒抜けだと思っていた方が良さそうだ。


「知ってたんだな」

「当たり前よ。何年好きだと思ってんの。好きな人の血液型くらいリサーチ済みよ。さ、次はいっくん」

「……」

「いっくん?」

「……」

「まさか、私の血液型知らないの?」

「すまん……」

「……」


 ミッション発令から1時間が経過した。俺たちの部屋のモニターは暗転している。真子はマットの上にお姫様座りをして、そっぽを向いている。


「なぁ、真子。機嫌直してくれよ。俺が悪かったよ」

「知らない」

「当たったんだからいいじゃん」

「バカじゃないの? 何が『気分屋だから、バカのB』よ。少なくともいっくんよりはバカじゃない。気分屋で悪かったわね。それにB型バカにしないで。いっくんが差別主義者だなんて思わなかった」


 う……。何も言い返せない。この発言は大いに反省しよう。

 時間はもう既に11時半を過ぎている。


「そろそろ寝る準備しようか?」


 俺がそう言うと真子は黙って立ち上がり、便器に向かった。目も合わせてくれない。相当怒っているようだ。

 その後俺たちは歯磨きなども済ませブレザーを脱いだ。ハンガーなどはないので、真子はブレザーを便器脇の腰壁に掛けた。真子はマットに横になると毛布を掛けて俺に背を向けた。


 今日は毛布もくれないのか……


 俺は仕方なく背中を壁に預け、床に座ったまま寝ることにした。足を放り出し、ブレザーは体に掛けている。背中の壁が冷たい。


 やがて12時になり部屋は消灯された。陽平と園部の部屋のモニターはまだ作動している。他のプレイヤーが寝静まった時間を狙ってミッションを行うのだろう。すると真子がこっちを向いた。そして、


「ん」


 と喉だけ鳴らして言った。マットの端に寄り、毛布を腕で上げている。真子の寝床に入ることを促しているようだ。そしてムスッとした態度のまま言った。


「今日も一緒に寝てくれないの? もう身も心も結ばれたんだからいいでしょ」

「真子……」


 俺は真子に従い、隣に潜り込んだ。顔の距離数センチだ。真子の匂いが鼻に届く。一晩風呂に入っていないが、決して嫌な臭いではない。むしろ心くすぐられるいい匂いだ。


「ギュってして」


 俺は真子のその言葉に言葉を返さず、ただ真子を抱きしめた。左腕が真子の首の下に潜り、両腕で真子を包む。真子も左腕を俺の背中に回す。右手は俺の胸に添えている。下半身が反応し、俺は腰を少し引いた。


「バカ」

「ごめん」


 しっかり真子にばれていたようだ。


「いっくん、私怖いよ」

「真子……」


 明るく振る舞ってくれることが多い真子だが、怖くないわけがない。クラスメイトが10人死んだのだから当たり前だ。


「いつかいっくんと離れてゲームを進めなきゃいけないんだよね」

「それでも真子を守るから」

「どうやってよ?」

「どうやってでも」

「ふふ。いっくんが言うと根拠のない説得力があるね。期待してる」


 俺は真子の髪を撫でた。すると真子が顔を向け、俺の目を見た。


「真子、キスしたい」

「バカ。サル」


 真子はそう恨み節を叩くと左手を俺の後頭部に回した。そして俺の顔を引き寄せ唇を押し付けた。


「明日から誰か一緒の部屋になるかもね」


 真子は一度離れるとそう言った。そして続けた。


「するなら今のうちだよ」


 俺はその言葉に真子を求めた。この夜は何度も何度も真子を求めた。途中、


「ミッション以外でここではしないって言ったくせに」


 と嫌味を言われたが、構わずに求めた。どれだけ求めても真子は全て受け入れてくれた。

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