第20話計画的泥酔

7-20

「武雄兄さん、桜井の娘さん見て、話し出来ない程緊張して、面白いわ」

再び勝巳に智恵美が話しに行って、面白そうに話した。

「兄貴会っているのか?」

「うん、鳩に豆鉄砲だわね」

「お前に綺麗、綺麗と言われて、見に行くからだ」と笑う勝巳。

「違うわ、本当に女優さんにそっくりだよ」

「お前も兄貴を陥れるのが上手だな、じゃあ、俺も兄貴の馬鹿面見に行こう」

そう言うと勝巳が自分の部屋を出て庭に降りる。

そこには赤い顔をした武雄が、引きつった笑いをしているのが見える。

「ほら、兄貴も困っているじゃあないか」

そう言って智恵美に声を掛ける勝巳の声に気が付いて、弘子が振り返って微笑んで会釈をした。

勝巳の息が止まった瞬間だった。

「初めまして、桜井弘子です、子供の時に来て以来ですね」

「は、は、はい」勝巳も固まってしまった。

自分の奥さんに成るの?嘘?頭の中がパニックに成っていた。

二人は信じられないと、顔を見合わしたが、ライバル心が芽生えた。

一応候補の二人に出会ったので、お茶を飲んで座敷で一雄、智恵子達と雑談をして二人は帰って行った。


帰ってから一雄が「まだ、若いからもう少し先だろうな、勝巳には小便臭かったのか?」

「。。。。」

「武雄は農協に良い女の子が居るのだったな」

「。。。。。。」

一雄も久々に見た弘子は綺麗なお嬢さんに見えたから、二人に意地悪い事を言ったのだった。


翌日、武雄も勝巳もこっそりと智恵子に「養子も悪くないと友達が言うので」

「養子も良いかも」と言い訳をして、直ぐにでも婿養子に行きたいと言うのに、呆れた智恵子だった。

武雄と勝巳の弘子獲得合戦が始まったのだ。

引き金を引いたのは田宮だったのだ。

正造の軽率な一枚の写真が婿養子の話を一気に早めたのだ。

婿養子の話をまるで知らない弘子は、卒業と同時に地元の農協に就職が決まっていた。

その頃正造は、もう大学生活が短い弘子に話す切掛けを作る事に焦りを感じていたのだ。

。。。。。。。。。


現在に戻り。。。。

数日後、正造にセントラル旅行社から、海外ブライダルの企画は十五年前からの企画ですとの回答が有った。

同じく陽子にも野々村智也が十五年前からの企画ですとの回答が有ったが、智也が企画そのものはもう少し前から有ったらしいが、正式に募集が開始されたのが十五年前だと教えてくれた。

だから他の旅行社よりは実績も経験も有るのだ。

是非祖父母を説得して、自分とお付き合いをと願望を述べるのだった。

陽子は正造が好きだから、勿論智也の話しには耳を貸さないのだが、閃きは感じた。


九月に成って、陽子は通学の途中に、正造に会いたいとメールをして、新事実が判ったと云うのだ。

鰻が食べたいとも付け加えていた。

第二週の土曜日に鰻屋の前で正造を待つ陽子、何度も腕時計を見る。

若い女性が鰻屋の前で待つ奇妙な光景、正造が来ると、喜んで手を振る姿は子供の様な仕草だ。

「お待たせ」

「そうよ、待たせ過ぎよ」

五分程待ったのに、大袈裟に言う陽子、それ程待ち遠しかった。

それは陽子には、お父さん兼恋人だった。

その日の店は客が少なく空いていて、店主が「いらっしゃい、今夜はお嬢さんと一緒だね」

「はい」と答えると「お父さんが連れて来てくれないのよ」と笑いながら言う陽子だ。

「何しますか?」

「勿論、蒲焼き二つ、と生ビールです」と即座に答える陽子。

付き出しでビールを飲みながら「何が判ったの?」正造が尋ねた。

「先日、十五年前からの企画だと、聞いていたでしょう」

「はい、私の情報と陽子の情報が同じだったよね」

「それが違うのよ」

陽子は智也の話しを自分で勝手に作った。

それは正造に会う為に、智也の企画はもっと前から有ったと言った話しを「それより三年前から企画が有ったのよ」と自分で作って話した。

「何故?三年も遅れたの?」

「事故が有ったからよ」

「えー、事故?」

「私はね、それが母の事故かも知れないと思うの、だから、三年以上本格募集が伸びたのよ」

「それじゃあ、お母さん達が企画の実地テストをした?」

あれ?陽子はそこまで考えて無かったのに、正造が話しを付け加えたのが、本当の様に喋らなければ成らなく成った。

「社員が実験に使われたのよ、」

「成る程、それで?」と正造の言葉に困り顔の陽子。

「実験だから費用は会社持ちになったのよ」

「何故、お母さんが選ばれたの?」

「美人だから、私に似て」

そう言いながら笑ったら店主が「納得だ、判る判る、美人だよね、娘さん」聞かれているよ、正造は困り顔。

「でも、費用の件、メンバーの件両方の祖父母の態度総てに当てはまるね」

「でしょう、これで決まりね」と得意顔の陽子。

鰻が運ばれて来て「生ビールも二杯、お願いします」と言う陽子。

「今の話しなら、お母さんは死んでいるよ」

「あっ、そうだった、父も母も叔母さんも生きて居るのだった」と頭を軽く叩く。

「そう、判ったわ、北朝鮮に拉致されているのよ」

「それは、あり得るね」と正造が言う。

最近テレビで何度となく拉致被害者の報道が有るから真実味が有る。

ビールが来ると「鶏のももの刺身、手羽先」と注文する正造。

拉致なら死んでは居ないから、戸籍は生きて居ると納得する二人だった。

ビールを久々に飲んだ陽子は酔っていた。

「お父さん、カラオケ行きたいな」

このまま帰らせると電車で眠ってしまうから、危険だと思って近くのカラオケスナックに連れて行こうと

店を出て行く二人。

まだ時間は七時過ぎだから、大丈夫だろう、そう思った正造だったが、歌を歌い出した陽子は酔った勢いで次々と歌う。

最近流行の歌は全く判らない正造、いつの間にか梅酒をロックで飲んでいた陽子。

それを見た正造は驚いて「おいおい、陽子駄目だよ、お酒飲んじゃ」

「大丈夫よ、お爺さんが毎日飲んでいる梅酒よ」

「違うよ、梅酒は強い酒だよ」

「大丈夫、大丈夫、お代わり」

飲んで騒いで、急に静かに成ったら酔いつぶれて居た。

どうしようこれは帰れない、ホテルに泊める?駄目だ。

一人で寝ていて酔いが醒めたら、何をするか、だが祖父母が心配しているよね!

どうする?仕方無くタクシーを呼んで貰って、自宅に連れて帰る事にする。

酔っ払った陽子を抱き抱える正造、すると首に手を回してキスをしてきた。

両手が塞がっている正造はされるがままの状態に成った。

始めは頬にしていたが、酔った陽子はもう自分を制御出来ない。

「正ちゃん、大好き」

抱えた首に捕まって唇にキスをした。

一瞬だったが、それで満足したのか、タクシーに乗ると眠ってしまった。

五、六分で自宅に到着すると「陽子さん、起きて」と言うと「早いわね、もう家なの?」と寝ぼけた事を言う。

母親達に見つからない様に自宅に抱えて運び込んだ。

ソファーに横たえて、実家に行って、今帰ったと報告をして戻ると、陽子の実家にどの様に話しをするか考えていた。

熟睡の陽子の寝顔はあどけない美少女に見えた。

どう話せば良いのだろう?取り敢えず携帯を探して、番号を調べなければとバッグを開くと、紙切れが(正ちゃん、ごめんなさい、今晩泊めて下さい、自宅には連絡しなくても大丈夫です、事前に話して有ります、陽子)と書いて有る。

何?酔っ払うのは計画的なの?正造は呆れてしまう。

来客用の布団を敷いて洋服のまま寝かせられないから、半袖のブラウスとスカートを脱がせて寝かせる。

部屋はクーラーの涼しい風が充満してきた。

下着姿の陽子を見て、大胆な行動をする娘だと寝顔に絡んだ髪を触ると「正ちゃん、お母さんは忘れてね」と突然言い出した。

寝言だ!正造には下着姿の陽子に全く反応が無かった。

綺麗な寝顔にスタイルの良い姿態、興奮する筈が父親の心境に成っていたのだ。

夏の布団を被せて、自分は風呂に入った。

面白い娘だなあ、本当に弘子さんは拉致だろうか?

死んでないなら、拉致か海外で生活している。

三人が一緒になら拉致以外に無いと思うのだった。

陽子をこれ以上好きに成らない様にしなければ、もう自分を止められない気がするのだった。

陽子は自分の事が好きに成っている。

会っては駄目だと判っていても会ってしまうのだ。

陽子の顔と弘子の顔が交互に浮かぶ、複雑な正造だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る