第4話陽子との出会い

7-4

正造の勘は当たったのか、長い髪を風に靡かせて颯爽と自転車は駅の方に走って行く。

でも自動車は早いので、途中で停車して彼女を待った。

今度は正造が走って来る彼女に会釈をした。

すると行き過ぎて自転車が止まって「叔父さん、先程家の前で会いましたね」と明るい声で言った。

「はい」笑顔で答える正造。

「家に用事だったのですか?」

「弘子さんにそっくりだったので、ついびっくりして」

「そうだったの?お母さんの知り合いの方ですか?時々言われます。お爺さんとお婆さんは、今日も朝から日帰り温泉に行っていますよ、家が閉まっていたので追いかけて来たのですか?」

静かに頷いて微笑むと「用事なら伝えますけれど」同じく微笑みながら言った。

正造は思わず名刺を差し出した。

陽子は名刺を見て、微笑みながら「保険屋さんね、お母さんをよく知っているのですか?」と尋ねた。

「はい」と答えると、陽子は急に不思議な事を言った。

「携帯持っているのなら、電話番号教えて貰えませんか?」

変わった事を聞くのだなと思いながら、最近買った携帯の番号を名刺に書き込んだ。

すると「また叔父さん、近い内に電話するからね、聞きたい事有るから、お願いします」

そう言って自転車で走り去って行った。

一度も話していない弘子の娘に初めて会って、会話をしたと正造は思った。、

明るい雰囲気に、正造は信じられない複雑な思いだった。

でも本当に姿も形も声も似ている。

唯、異なったのは自分に話しかけてくれた事、二年間一度も話せなかったのに、不思議な感覚なのだ。

思い出して苦笑いをする正造だった。

あの子が陽子さんで、弘子さんの娘さんだ。

でも表札には三人の名前だけが載っていた。

子供を実家に置いて再婚?正造は色々な想像をしながら帰途についた。

正造は昔の事を忘れる為に行ったのに、思い出す事に成ってしまった。

事態に戸惑いを感じ、二十年前の記憶が蘇ったのだ。

自宅に帰った正造に意外と早く、彼女が電話してきた。

驚いて正造は携帯を持つ手が震えた。

「叔父さん、私、陽子よ、お母さんの事聞きたいの、また時間作るから会って貰えないかな」

「殆ど知りませんが」

「「良いの、少しでも聞きたいのよ、そちらに行っても良いから」

「陽子さんは幾つ?」

「高校卒業して、今大学に通学を春からしていますので、名刺の場所は電車の乗り換えで通過しますので、ご都合の良い時に寄れますので、お願いします」

「私は予定さえ事前に頂ければ、いつでも大丈夫ですよ」と言うより会いたいが本音だった。

驚きと喜びが同居していた。

もう正造には自分の歳を考える事が出来なかったのだ。

弘子と話が出来て、また会えるそれだけだった。

「叔父様、明後日伺っても良いですか?学校早く終わるので、夕方お願い出来ませんか?」

正造はぼんやりとしていた。

「叔父様!」の声に急に我に返って「良いですよ」と答えていた。

「ありがとう」

「駅に着いたら電話下さい、行きますから」

「はい」

携帯の電話が切れているのに、正造はずーと耳に携帯を当てて持っていた。

夢なの?二十年も経過して何が起こったの?信じられない正造だった。


夜床に着いても夢を見ている気分だったのだ。

忘れるよりも鮮明に思い出していた。

翌日に成って冷静に考えると弘子はあの陽子を里に残して、男と何処かに逃避してしまったのだ。

だから、母親の話を聞きたいのだろう、可愛そうな子供なのだと理解した。

でも待ち遠しい正造だった。


翌日正造は朝からそわそわして落ち着かなかった。

夕方に成って陽子が電話してきた。

「今、駅に着いたの、名刺の住所に伺っても良いですか?」

「判った、駅で少し待っていて、迎えに行くから」

正造は自動車で迎えに行って、駅前に車を止めて陽子を捜す。

綺麗なストレートの黒髪で直ぐに後ろ姿でも判った。

「お待たせ、車で来たから自宅迄送るよ」

「遠いから構いませんよ、悪いわ」

「時間が有るから送りますよ」

正造は強引に車に乗せて出発した。

昔は一時間半程かかったが今は道路が良く成って、急げば五十分で自宅迄着くのだった。

「すみません、それじゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます、駅に自転車置いていますので、駅でお願いします」と軽く会釈をした。

正造は弘子を車に乗せてドライブに行く心境に成っていた。

二十年の時を超えて実現した喜びに慕っていた。

「お母さんはどちらにいらっしゃるの?」

「外国にお父さんと私が小さい時に行ったと、祖父と祖母は教えてくれました」

「えー、外国ですか?」

「私を慰める為に祖父母が嘘を言ったと思います」

「何故?」

「祖父母は母の事は全く話しません、お前を捨てて行ったからだと、怒っていますが、嘘だと思います」

「それは?」

「家には母の物が殆ど無いのです、親戚の方が来られても、母の話は全くしませんから判りません」

「不思議な事ですね」

「父は養子に来たと思います」

「養子?叔母さんの聡子さんには聞かれないのですか?」

「叔母さん?聡子さん?誰ですか?」

不思議な顔をする陽子、正造は不味い事を喋ったと思った、

これは複雑な事情だなと思ったのだった。

「叔父さん、知っている事を教えて下さい、お母さんの友達も誰も知らないのです、私は知りたいのです」懇願する陽子の顔には、悲壮感さえ滲み出ていた。

「私の事、祖父母に言いましたか?」

「今日会うから、言いませんでした、祖父母に聞こえると多分叔父さんには会えなく成るから、叔父さんは祖父母に用事だったのでしょう?」

「いや、久々に近くに行ったので懐かしくなって寄っただけですよ、私も貴女の祖父母とは面識が無いのですよ」

陽子は笑顔に成って「本当ですか?じゃあ、母の事教えて下さい、母の友達も知っているのでしょう」

「少しは」

「少しで良いのです、私には何も無いのです、父も母も」

余りの訴えに、何が有ったのだ。

私がこの家族から遠ざかってから、叔母の存在も無い、母の友達も居ない。

自分は当時日記を書いていたから、友達の名前も彼女達が話ししていた内容も、読み返せば判るのだが?

その時、道路脇にレストランが見えた。

「陽子さん、何か食べますか?」

「叔父さん、お腹空きますね、食べましょう」と言ったのでレストランに滑り込んだ。

陽子は何かを聞き出そうと必死だった。

正造は祖父母が何故そこまで隠すのかが判るまでは、迂闊には話せないと思った。

「叔父さんはお母さんとどの様な付き合い?」

レストランに座ると、陽子は正造が一番困る質問を投げかけてきた。

「正直に言います、私の片思いでした」

「えー!叔父さんが振られたの?今でも素敵だし、社長さんでしょう?」

「いやー当時はサラリーマンですよ」

褒められて照れくさい正造だった。

「嘘は言いませんよ」と笑った。

「聡子叔母さんって?叔母さんってお母さんの兄弟かお父さんの兄弟よね」

「そうですね」

「お父さんの実家知らないのよね、叔父さんは知っている?」

「私は、お母さんが大学に通っていた二年間しか知らないのですよ」

「そうか、短大に通学していたのね、叔父さんを振ってお父さんと結婚したのよね」と自分で納得していた。

ハンバーグ定食がテーブルに並んで「美味しそう、頂きます」嬉しそうに食べ出した。

正造は自分の子供の様な気分に成ってきた。

物心ついた時、既に両親は陽子の前から姿を消していたのだと思うと可愛そうに成って目頭が熱く成った。

弘子と若しもデートをしていたら、こんな感じなのだろうか?

楽しかっただろうな?そう考えていたら「叔父さんお母さんの写真とか、持ってないの?」急に尋ねた。

「私はお付き合いしていませんから、直ぐに振られちゃったからね、」

隠し撮りの白黒の驚いた顔をした弘子の写真は、自宅に大きく引き伸ばした写真と、今免許証の中に入れている古ぼけた写真だけだった、

驚いた顔の写真を見せられないと思った。

見せると自分と弘子の関係が、陽子に判ってしまいそうで恐かったのだ。

「聡子叔母さんって、叔父さんは知っているの?」

「知りませんよ、」

「じゃあ何故?知っているの?」

実は自宅を探して聡子と云う妹が居る事を知ったのと、電車の中の会話で妹が居る事を知ったのだとは言えなかった。

「お母さんに聞いたのね」

「まあ、そんな感じかな」

「でも変ね、お母さんに聞いたなら、姉妹よね!叔父さん、何か隠して居るの?」

しまった!迂闊に喋れない、正造は言葉に詰まるのだった。


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