第14話【世界最高峰の調薬師】

 

 ロアが俺と契約してから1週間が経過した。


「か、可愛いぃ~♪」


「あの……頭を撫でても良いですか?」


「………どうぞ」


 相変わらず俺の頭の上に寝そべるロアは女性客に人気で、何気に来店数が増えて売り上げも少しだけ伸びた。


「むぅ~」


 反面、何故かユヒメさんがヤキモチを焼いていた。


 人気なのはあくまで俺の頭の上に寝そべったロアなのだが、それでも俺が女性客に囲まれているのが気に入らないらしい。


 これを放置すると後々不味い気がするので毎回ユヒメを慰めているのだけれど――ここまでヤキモチ焼くならそろそろ結婚して欲しい。


 まぁ、ヤキモチを焼くユヒメも可愛いので毎回結構楽しんで慰めているのだけど。






 ともあれ、そんなロアが俺から吸い取れる【MP】は最初の予想通り余り効率が良くなかった。


 幾度か【鑑定石】を使って調べてみたのだが、どうやらロアが俺から吸い取れる【MP】は1時間に2~3程度のようだ。


 ほぼ1日中俺に引っ付いて常時俺から【MP】を吸い取っても1日に48~72程度。


 しかも俺の睡眠時には空気を読んでユヒメとの時間を邪魔しないように俺の影に潜ってくれるのだが【影魔法】で俺の影に潜る際、僅かではあるが【MP】を消費するらしく1日で蓄積出来る【MP】は50前後に留まっていた。


 そういう訳で1週間が経過した際のロアのステータスなのだが……。



・ロア:レベル1

 HP 366/0 MP 366/1000

 種族:魔狼 属性:影 職業:ペット

 筋力:1

 敏捷:1

 体力:1

 魔力:1

 器用:1

 幸運:1

 スキル:【影魔法Ⅰ】【吸魔】



 こんな感じである。


「最初はたいした事ないって思ってたけど、これって【HP】が366あるって考えると恐ろしくタフなんじゃないか?」


「そうですね。店長の30倍くらいタフですね」


「……そうだな」


 未だに【HP】が12しかない俺は何も言い返せなかった。


 とは言っても流石に赤ん坊のロアを肉壁にしようとは思えないし、そもそも戦闘に使えるスキルも無ければ防御も紙装甲だ。


 赤ん坊は赤ん坊らしく、俺の頭の上で【MP】を【ちゅ~ちゅ~】しているのが仕事という事なのだろう。




 ◇




 状況が変化したのはロアがやってきて3週間が経過した時である。


 その日、俺はいつも通りロアを頭の上に乗せて店番をしていたのだけど、頭の上に乗っていたロアが唐突に――重くなった。


「……へ?」


 俺は少し慌てて頭の上のロアを両手で抱き上げて、その全貌を確認したのだけれど……。


「あれ? 何も……変わってない?」


 ロアはロアのまま、特に何かが変わったようには見えないし、そもそも大きさも重さも変化は無かった。


「???」


 困惑しつつ、念の為に【鑑定石】でロアのステータスを調べてみると……。



・ロア:レベル2

 HP 1/0 MP 1/2000

 種族:魔狼 属性:影 職業:ペット

 筋力:1

 敏捷:1

 体力:1

 魔力:1

 器用:1

 幸運:1

 スキル:【影魔法Ⅰ】【吸魔】



「レベルがあがってらぁ~」


 なんとロアのレベルが2になって、おまけに【MP】の最大値が倍になっていた。


「というか【HP】が1って……瀕死じゃん」


 正直、どうしたものかと思ったのだが――とりあえず今までどおり俺の頭の上に乗せて俺の【MP】を吸い取らせて回復させる事にした。






 その後、ユヒメ、ユリアナ、エルシーラと共に検証した結果、どうやらロアは【最大MP】が満たされるとレベルが上がるのではないか? という推論になった。


「そういえば【魔女】が【魔狼】は半精神生命体だとか言ってたなぁ」


「【MP】を糧に生きる生物だから普通の生物とはレベルが上がる生態そのものが違うという事でしょうか?」


「多分な」


 検証と言ってもユヒメとユリアナはあまり考えるのが得意ではないので、主に俺とエルシーラで出した推論だけど。


「他に何かわかった事はありますか?」


「あ~。そういえばロアが俺から【MP】を吸い取る効率が少し良くなったみたいだな」


 今までは1時間に2~3程度だったが、今は1時間に4~5程度吸い取れるようになっているようだった。


「このままレベルが上がっていけば凄い勢いでトシカズ様から【MP】を吸い取っていくという事でしょうか?」


「そ、それは大変なのです! トシさんが干乾びてしまうのです!」


「……店長に限ってそれは無いと思います」


 ユヒメは慌てるがユリアナは冷静に指摘した。


 実際の話、俺の【MP】の量と回復速度からすれば1時間に1万とか吸い取られても全く問題にならない。


 というか今でさえユヒメには5万以上譲渡しているのに全く問題になっていない訳だから。


「そういえばそうだったのです!」


「…………」


 ポンコツなユヒメさんマジ可愛い♡




 ◇




 まぁ、ロアの事はロアの事で色々と気になる話ではあるのだけれど、それは兎も角として……。



・ユヒメ:レベル3

 HP 23/23 MP 3/3

 種族:ドリアード 属性:植物 職業:調薬師

 筋力:13

 敏捷:3

 体力:12

 魔力:2

 器用:16

 幸運:9

 スキル:【調薬Ⅶ】【植物練成】【植物魔法Ⅰ】【吸収】【エンゲージ】



 ユヒメの【調薬】が【Ⅶ】になった。


「ついに……ついに【念願】の【グレートポーション】を作れるようになったのです!」


「その台詞にも大分慣れてきたなぁ」


 ちなみに【調薬Ⅶ】で作れるようになったものは……。




【調薬Ⅶ】


・【HP回復グレートポーション】

 概要:【HP】を1000前後回復させる。


・【MP回復ハイポーション】

 概要:【MP】を100前後回復させる。




 以上の2つである。


【HP回復ハイポーション】と【MP回復ポーション】の上位互換と言っても良い。


 正直【HP】が12しかない俺からすれば1000も回復してどうするんだ? って話になるのだが……。


「私も話を聞いただけですがレベルが40を越えた人の中には【HP】が1000を越える人も珍しくないそうです」


 エルシーラによると【HP】が1000というのは異常という程高くないそうだ。


【MP】230万は明らかに異常みたいだけど。


 ちなみに調べてみたらレベル50になれば【HP】は3000を越え、レベルが80とか90になれば平気で【HP】は2万とか3万を越えるのだそうだ。


 もっとも各地を旅して【人助け】をしているエルシーラだってレベル40越えの人に会う事は稀だし、レベル50なんて今までで1人しか会った事が無いらしい。


 レベル80とか90なんて文字通り噂レベルでしか知らないようだ。


「そういう話を聞くとレベル2の俺がなんだか凄く低く思えるな」


「それは……本当に低いのではないでしょうか?」


 現在レベル5のユリアナに心配される俺のレベルとは一体……。


「日常的に戦いを生業とする【冒険者】や【騎士】の人達は兎も角、一般の人は普通レベル5程度あれば十分ですからね」


「……一般人でもレベル5は欲しいのか」


 城に居た時は無理矢理魔物と戦わされてレベリングさせられたけど、それ以来完全に戦いとは無縁の生活をしてたわ。


「俺もちょっとはレベルをあげるべきかなぁ~」


「店長って【MP】が230万で【無属性魔法】が【EX】ですよね? レベルって必要なんですか?」


「…………」


 そう言われると確かに必要無いんだよなぁ。


 確かにもう少し【HP】が高い方が安心出来るといえば安心出来るのだけれど、日常生活を過ごすだけなら必要ないといえば必要ない。




 ◇




 俺とユヒメが店を始めてから約1年の時間が流れた。


 それはつまり……。


「それでは【商人組合】の定例会議を開始したいと思います」


 ありがたくない会議の2回目の出席のお時間だった。






 最初に上がった議題は前回保留にした俺とユヒメの店の影響で閑古鳥が鳴いているという店があるという話を蒸し返された。


「……以上3件の店は明らかにトシさんの店の影響で売り上げが落ちている事は明白です。この責任をどう取るおつもりなのですかね?」


「責任のお話の前に1つ質問なのですが、私のお店のどういった事柄が3件のお店の売り上げに影響する事になったのでしょうか?」


「それは勿論、トシさんのお店が3件の店の顧客を奪った事によるものでしょう」


「はい。ですから、どうしてお客様達はその3件のお店ではなく私のお店に来るようになったのか……その原因を質問しているのですよ」


「そ、それは……」


 当然のように彼は俺の質問に言葉を詰まらせる。


 だってポーションの【質】が良くて【味】も良くて店員の【態度】が良くて【値段】も相応で対応が【誠実】だからなんて言えないからだ。


 そう言われたら俺は【その3件のお店も同じようにすれば良いのでは?】と言うに決まっている。


 勿論、出来ない事がわかっていて。


 接客態度は兎も角、ユヒメが居ない以上、俺達の店と同じ品質になど出来る訳が無い。


「じ、次回までに……調査しておこう」


「お願いしますね♪」


 結果、今回も保留となった。


 その後、俺と【組合長】で行っている【学校】の話をして出資者を募ったが――反応は芳しくはなかった。






 そして面倒な会議が終わった後、別室にて俺と【組合長】は今後の事を話し合っていた。


「あまり苛めないであげてください。彼らも【商人組合】の一員なのですから」


「私としても静かに対応したいのですが、噛み付かれたら【それなり】に対応しなければ逆に問題になりますので」


「ほっほっほ。彼らの人を見る目もまだまだですな」


 その別室で話をする俺と【組合長】の間に悲観的な空気は無い。


「予想通り【環境】を整えただけでは出資者は出ませんでしたね」


「商人というのは前例のない事で博打をする事を避ける傾向がありますからな。出資者が出てくるのは早くとも3年後というところでしょう」


「ですね」


 俺と【組合長】だって必ず元が取れる保障がある訳ではないのだ。


 今は大きな問題が出ていないが【国】に目を付けられた事も出資者が敬遠する理由だろうし、今後何か些細な事で瓦解する可能性がない訳でも無い。


「ですがプロジェクトが上手くいった暁には…彼らは今日の選択を後悔する事になるでしょうな」


「鼻を明かしてやる為には頑張りますかね」


「ほっほっほ。その意気ですぞ」


 もしも今回出資者が出れば、そいつには【幹部】という地位を与え将来的には優先的に人材が斡旋される権利が保障される可能性があった。


 だから今回は出資者を募ってはいたけれど、実は誰も賛同者が居なくて少しだけホッとしていた。


 俺と【組合長】が今回欲しかったのは【出資者を募ったけれど誰も賛同しなかった】という記録だ。


 これ以降、出資者が現れたとしても【最初の募集に賛同しなかった】という記録がある以上【幹部】の地位を与える必要はないのだから。


「ところで【HP回復グレートポーション】がお店に並び始めたそうですな」


「……お陰さまで」


 けれど、そんな世間話程度で俺を解放してくれるほど、この爺さんは甘くないのだ。


「以前【調薬Ⅵ】になれば1人前で、大抵は40代後半という話をしたと思いますが【調薬Ⅶ】ともなると70代というのが大半ですな」


「…………」




「そして私の知る限り人間の【調薬師】には現在【調薬Ⅷ】になれたという人は居りません」




「…………え?」


「私の知る限り【調薬Ⅷ】に達している【調薬師】は長寿の【エルフ】という種族に数人居るだけですな」


「…………」


「もっとも彼らと取引するのは大変ですし、取引出来たとしても膨大な資金が必要なので街で売るとしたら法外と言っても良い額になってしまいます」


「……一応【HP回復グレートポーション】と【MP回復ハイポーション】を5本ずつ持ってきました。【銀貨】40枚でどうでしょう?」


「35枚が良いですな」


「ぐふっ……分かりました」


 物凄く貴重な情報だから文句言えねぇ~!


 でも敢えて言うなら【HP回復グレートポーション】は【銀貨】10枚で【MP回復ハイポーション】は【銀貨】16枚の商品なんだぞぉ!




 ◇




 独自に調べてみた結果、本当に人間で【調薬Ⅷ】に達した人間というのは居ない事が分かった。


 いや、ひょっとすると何処かに隠れ住んでいる凄腕の【調薬師】が居るのかもしれないが、少なくとも人間の街にある店と取引出来るような奴は居なかった。


 件の【エルフの調薬師】の方は流石に長寿なだけあって少なくとも1人は【調薬Ⅹ】に達している事が分かった。


 こいつが現在の【世界最高峰の調薬師】だろう。


「(まぁ、あと何年【世界最高峰】で居られるかは保障出来ないけどな)」


 例え【調薬Ⅹ】に達した【調薬師】であっても、そいつは【エルフ】なのだ。


 森の民とも言われるエルフなら【薬草】などを扱う【調薬】とも相性は悪くないのかもしれないが――【ドリアード】と比較するのは可哀相というものだ。


 少なくともエルフに【秘薬】は作れないだろう。


「トシさ~ん。【ちゅ~ちゅ~】をお願いなのです」


「お~、今行く~」


 そして何よりも無制限に【MP】を提供する【俺】が居ない。


 少なくとも俺には現【世界最高峰】に対して負ける要素は何も見つけられなかった。






「はふぅ~♡」


 たっぷりねっとりとキスをして舌を絡めあった後、ユヒメは熱に浮かされたような顔をして俺に寄りかかってきた。


 最近は【ちゅ~ちゅ~】した後にユヒメが俺に甘えてくるようになってきた。


 当然こうしている間にも譲渡した【MP】を使える1時間が消費されていき、必要な【ポーション】を作る為には追加で【ちゅ~ちゅ~】しなくてはならなくなる訳だが――俺にもユヒメにもドンと来いである。


 俺はユヒメを抱き締めて背中を撫でつつ幸せな時間を堪能して……。




「お盛んねぇ~」




「はわっ!」


「むぎゅっ」


 唐突に現れた【魔女】によって反射的にユヒメが俺にしがみついてきて――爆乳に俺の顔が埋まる事になった。


「(ご、極楽じゃぁ~♡)」


 例えこれで窒息しようとも俺に一切悔いは無い!


「もがもが」


「と、トシさん、くすぐったいのです」


「むふふ♪ 色々順調ねぇ~」


 俺とユヒメはイチャコラして【魔女】は【魔女】でユヒメを鑑定しているのか満足気だった。


「……そろそろお店に復帰して欲しいのですけど」


 1人で店番をしていたユリアナには苦情を出されたけど。






「こほん。居住スペースはプライベートな空間なので許可無く出入りされても困るのですが……」


「次からは気をつけるわ♪」


「……お願いします」


 ともあれ店に戻って【魔女】の対応を開始したのだが、この【魔女】さんってば俺と頭の上のロアに注目してニマニマしているだけで真面目に話を聞いてないっぽい。


「なるほどねぇ。【影魔法】を応用するとあんな事も出来るのねぇ。意外と勉強になるわぁ」


「……はい?」


「なんでもないわ♪ 【HP回復グレートポーション】を10本頂こうかしら」


「毎度ありがとうございます」


「~♪」


 そうして【魔女】はいつも通りご機嫌で帰っていった。



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