8/6 第十夜「REC」

 8月6日、日曜日。お兄ちゃんは今日もお休みだ。お昼過ぎ、昼食を済ませた私たちは分担して家中を掃除した。二人きりでこの広い家に住むのは何かと不便なので、マンションにでも越そうかと言いながら。

 二人で暮らし始めてもうすぐ一年になる。血の繋がらないお兄ちゃんと二人きり。二人とも互いの両親を失ってしまった。ついでに私には親戚がいない。私の家族はもうお兄ちゃんしかありえない。


 掃除中、私はお父さんの部屋の書棚から、私の一人目のお母さん、奈々の小説の創作ノートを発見した。それは先日保存したパソコンの奈々フォルダと同じ内容、つまり『遊弋する精神の方艦船』のプロットだったが、お母さんの気持ちが籠っている気がしたのと、見たいところを手軽に参照できるという理由から、このノートで執筆にむけた作業を進めていくことに決めた。紙媒体は簡単には死なないというのが、生前の奈々と今の私の共通した持論だ。思わぬ形見を手に入れた。心が弾んだ。


 掃除を済ませると私たちはお兄ちゃんの部屋で通販サイトとにらめっこした。昨日リストアップした栗山千明ちゃんの出演映画のDVDをほしいものリストに保存していく。「死国」、「ラスト・クォーター」、「KIDS」、「スクラップ・ヘヴン」、「エクステ」、「いつかA列車に乗って」、「妖怪大戦争」、「鴨川ホルモー」、「スカイ・クロラ」、あっ、これアニメなのね。声優としての千明ちゃんどんな感じだろうと思ってこれもリストに入れた。


 晩御飯はゴーヤーチャンプルー。少し苦いゴーヤーがとても美味しい。

「今日は何の映画観るの?」

「そうだなー、今日の気分はホラー映画だな」

 お兄ちゃんは冷えたビールをグイと飲む。お兄ちゃんは家では休みの日だけお酒を飲むことにしている。

「ホラー映画……」

「ホラー映画は何も考えずに観れるものが多いからね。DVDこそあまり持ってないけど、お兄ちゃん、一時期ホラーにハマってたことあって有名どころはだいたい制覇したよ」

「ふーん。私はホラー小説なら少し読んだことあるよ」

「おっどんなの読んだの」

「いや、ちょっとだけだよ。印象に残ってるのは鈴木光司の『リング』」

 お兄ちゃんは身を乗り出す。

「『リング』海外版の映画のDVD持ってるよ」

「え、そう? 小説凄く恐くて気持ち悪かったよ」

「『リング』今友達に貸してるから今日は観れないな」

「じゃあ今日は何観るの」

「お兄ちゃんが今まで観た中で最恐のやつ観よっか」

「ぐえぇ楽しみ」

 食後、お兄ちゃんが持ってきた映画のタイトルは「REC」。



 ◇「REC」◇



「2007年のスペイン映画。監督ジャウマ・バラゲロとパコ・プラサ。主演はマニュエラ・ヴェラスコ。あとはフェラン・テラッツァ、ホルヘ・ヤマン、カルロス・ラサルテ、パブロ・ロッソ、ダビ・ベェルト、クラウディア・シルヴァなど。スペイン映画にはお兄ちゃんは明るくないから監督も俳優も詳しく知らない。この作品が大ヒットして続編が沢山作られてる」

「どんな感じのホラー映画なの」

「一言でいうと未知のウイルスによるパンデミックをリアルに描いた作品だな」

「そのセリフ一昨日にも聞いた気がするんだけど……」

「ごめん。ふざけすぎた。厳密に言えばウイルスではないのかもな。でも感染というものを取り扱ってるから遠からずな表現だよ。観たら分かると思うけど」

「それは楽しみ」

 映画が始まる。


            ◇


「こんばんは、レポーターのアンヘラ・ヴィダルです」

 赤い革のジャケットを着た女性レポーターがカメラに向かってレポートを始めようとしてリテイクを繰り返す。一目で惹きつけられる。物凄くカワイイ。艶と深みのある金髪をツインテールにしてる。ツインテール! アンヘラは『眠らぬ街』という番組でカメラマンのパブロと二人で、夜の消防署を取材してる。視点がパブロの撮ってるカメラを通したものなので、パブロの姿は基本見えない。この視点で全編通すらしい。取材カメラで撮ったというていの主観的な映像表現だ。これは面白そう。

 夜の消防署での取材が続く。パブロに指示を出しながらテキパキレポートを進めるアンヘラがカワイイ。知性的で男勝りなのにキュートという奇跡のような女の子。冒頭の消防署でのシーンだけで、私は恋に落ちてしまった。吹き替えの声優さんの声が彼女のキャラクターにぴったりで、数倍魅力的になってる。声優さんが誰かお兄ちゃんに尋ねた。本田貴子というらしい。あっ胸の谷間……形のいいおっぱいだ。きゅん。

 消防士の屈強な男たちに混じってバスケットボールをする姿。ゴールを決める。かなり活動的で生命力に満ち溢れている。

 消防署に出動がかかり、レポート陣の二人は出動に同行する。


 一行は現場のアパートに到着する。部屋に閉じ込められた人を救出するらしい。火事ではない。警察が来てる。そして部屋の鍵を壊し中に入り……


 もの凄いショッキングなシーンが来た。ひえぇぇぇぇ!怖い怖い!なんんんなおやめてやめてこわあいくぁいひーーーーー!!!


            ◇


「…………」

「どうだった?」

「…………」

「小百合ー?」

「怖すぎるよー! ふぇーん……」

「小百合にはまだ早すぎたかな、ごめん、見せるべきじゃなかった」

「いや、面白かったよ、とてもー。アンヘラ可愛いし最後にご褒美もあったし」

「ご褒美?」

「おっぱいのことだよぅ」

「ああ、あれね、アンヘラ可愛いよね、好き?」

「大好き、血の付いた服とか、途中でポニーテールになるとことか、腰周りの肌のチラ見せとか、おっぱいとか」

「そうww。お兄ちゃんの言ったとおりだったろ」

「なにが?」

「未知のウイルスによるパンデ……」

「そんなものぶっ飛んだよ、超恐かった……」

「ごめん……今気づいたけどこの映画R-15指定だったみたいだ」

「まあ、そうでしょうね」

 お兄ちゃんは申し訳なさそうにしている。


「視点がずっと取材カメラ視点だったのが面白いなと思ったよ」

 私は落ち込んでるお兄ちゃんを気遣って話題を変えた。

「ああ、うん。これは主観撮影だな。P.O.V.と言って1999年のアメリカホラー映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』で物凄く有名になった撮影手法だよ。『ブレア』以降数々の主観撮影映画が作られたけれど、この『REC』が一番面白いと思う」

「怖かったけど凄く面白かった」

「うん。主観撮影の映画は『ブレア』は無いけど『クローバーフィールド』っていう作品はお兄ちゃんDVD持ってるよ」

「それも怖いの?」

「いや、こっちはまた趣が少し違う……こっちを先に見せるべきだったかな。また今度観ようか」

「私ホラー映画苦手かも」

「いきなりこれだったからね。ほんとごめん」


 今日は一人で寝れるかなぁ。

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