Track #07 The Fallen Angel

Lato di Eisernen Jungfrau


 ナミアのキツい視線を感じながら、俺は兵士達と共に準備や訓練に努めた。俺の力はそれほど目立つ程ではない。周りの兵士達はとても強い。戦闘になったら俺は足手まといになりそうだ。


 その予想は当たってしまった。


 首都からやや離れたエリアで俺は魔物と闘うことになった。獣の比ではなかった。俺は他の兵士と共に突撃したが、魔物の攻撃を数回振るわれて倒れてしまった。這いつくばって悶えているうちに戦闘は終わったようだ。どうにか味方は勝ったらしい。俺は仲間に助けられながら拠点に戻った。


 医療班が居るテントで横になっていると、ナミアがやって来た。俺は起き上がろうとするが、そのままでいいと言われ留まった。


「すまなかったな、隊長。俺は役に立たなかったようだ。肝心の魔術の力もほとんど発揮できないままだ。しばらくは後方支援に充ててもらえないか?」


 すると、ナミアの表情が妙な変化を見せた。動揺か、狼狽か。だが、そこにも何か暖かさを感じるものがある。これは……何だ?


「いや……その……そうだな。そう、して……もらおう。ああ、それが……いい」


 そう言って彼女はテントから出て行く。だが、出る前にもう一度こちらを見た。


 どうも妙な感じだ。今回の戦闘は今までと違ったのだろうか?


「そいつはまさに生得自然の学問というやつですね」


 どこからともなくエアリエルが現れ、俺に向かって言葉を発した。


「いったい何を言っている」

「まあ、独り言ですよ」

「俺に向かって言ってるだろ。まあ、いいか。なあ、ナミア隊長の様子をどう思う?」

「酔っぱらっているね」

「酔っぱらってる? 酒を呑んだ風には見えないが?」

「では、後を追って確かめてみてはいかがかな? 見たところご主人のお怪我はもう回復しているようで」

「それは……そういえばそうだな。こんなに回復早かったか? 俺は……」


 実際、一人で歩くことが出来た。興味本位でナミアの後を追った。後ろのエアリエルは何かつぶやいた気もするが、うまく聞き取れなかった。



Cote de Sommernacht-Fee


 全く、我々知恵のある者は罪なことをする。


 人の顔を見れば、必ずなぶり者にする。


 どうにも我慢が出来ないのだ。



Lato di Eisernen Jungfrau


 ナミアの声がするところへたどり着いた。やや大きな声で誰かと話しているようだ。俺は物陰からその様子を窺う。


 相手は男だ。やや年配で、兵士には見えない。その男がやや強い口調で述べている。


「これほど強力になっては我々の計画が水の泡だぞ。お前の目的も果たせまい。一体どういうつもりなんだ?」

「それは……その……だが、彼らが強くなれば我が国も強くなる。その力を持って何かに充てられれば、人々の助けにも――」

「わからないか? 奴らの力を感じないか? 今の奴らは我々にとって脅威だ。まして、この先さらに強力になっては私の手に負えない。お前の処分も検討することになるぞ」

「そんな……」

「なんとかしろ。いいな」


 そう言って相手の男は去って行った。その場でうなだれるナミア。俺はやや時間を置いてから彼女に近寄り話しかけた。


「なあ」

「なっ!!」


 ナミアは俺の声を聞いて飛び上がり、俺の姿を見てもう一度飛び上がった。


「お、お、おま、お前は、な、なんで……なんで歩ける!? あんな、あれだけの……負傷を……な、なーー!!?」


 俺は彼女の反応が面白いもんで、しばらく観察していた。一通り騒いでから彼女は息を切らして言葉が出なくなった。


「俺に見られてはまずいところだったか?」

「そんなことはない! 誰に何を見られようが、やましいところは何一つない! 私は常在戦場の心がけと、勝って兜の緒を締めよという言葉をしっかりと――」

「浅はかの上塗りだ。もっとしっかりした理由がほしいね」

「うるさい!!」

 と、ナミアはエアリエルに拳骨をくらわした。


 しばらく俺が受け身の体制でいると、ナミアは大きく息を吐き、


「わかった、私の負けね」


 と言って座り込んだ。別に俺は勝ち負けを決めるようなことは何もしていないのだが。


「私は、この国の軍でやや上の地位に置いてもらっているけど、その正体はスパイだ」

「スパイ?」

「ああ、私は、この国に滅ぼされ、蹂躙された者達の残党のようなものだ。復讐心を捨てきれずに戦い続けている。私は軍に潜入して内部から攪乱する役目を負っている。負っているんだが、大きな目的のために、と思って色々やっていると日々の苦難にどうにか耐えることが出来た。耐えながら色々やっていると、私の仕事は評価された。いつの間にやらこんな立場になってしまったというわけだ」

「へえ、真面目だったんだな」

「スパイが真面目ってのは不味いはずだ……どういう状況なの、これ?」

「浅はかも極まれりだ!」

「うるさい!!」

 と、ナミアはエアリエルに拳骨をくらわした。


「じゃあ、さっきの男は?」

「あれは、魔女の手先ってところだ。でも、正確には知らない。何時のころからか、この国のスパイ達を統率するようになった。上手く行きそうになると連携を持ってかき乱し、魔女の勢力が力を蓄えるのに目をそらす。それが終わると徐々に脅威をちらつかせる。そんなところ」

「へえ。ということは……」

「そのうち幾つでもいい、是非ご披露願いたいな」

「うるさい!!」

 と、ナミアはエアリエルに拳骨をくらわした。


「つまり、あれか? 今回の任務は『上手く行きすぎた』と?」

「そういうことだ。これほどの短期間に私の部隊があまりにも強くなり過ぎた。これほどの成果は未だかつてなかった。だからリルムは怒っていたんだ」

「リルム?」

「ああ、あの男の名前さ。リルム・ジョットノウン。表ではいくつもの事業を企画、立案、サポートしている。結構信用のおける奴になっている」

「なるほどね」


 だが、あの男の感覚。どこかで憶えがあるような。どこかで感じた嫌な感覚。恐怖や不安の力。俺の中に息づく誰かの記憶かな。


「一つ聞きたい」

「な、なんだ?」

「あんた、そんな状況でも必死にやったんだろ? 自分の目的のために」

「そ、その通りだ!」

「お前から感じたものをちょっと言いたい。正直、この点を見抜かれるのは嫌だと思う。俺も、もしかしたら誰かも、その力の扱いに苦慮していたように思う」

「な、なにを、言ってるんだ……?」

「軍隊でやっていくのに周りから色々言われたか?」

「そ、それは……ああ、少しな」

「評価が上がると、周りの声も大きくなったか?」

「そ、それも……そうだ」

「わかった」

「は?」

「俺もそこからやらせてもらおう」

「何のこと……?」

「俺もお前と同じ状況から始めたい。確かに、ちょっと似ている所はあるようだ。異世界の人間なら『扱いに差別を持ち込むな』という方が無理だろう。その点を俺自身と、この世界に問わせてもらう」


 俺は、走って彼女の許から去って行った。


Cote de Sommernacht-Fee


 その場に呆然と佇むナミア・コーサ。傍らからそっと囁く。


「なかなか学がありますが……」


 ナミアの顔をじっと見つめ、


「いかんせん、容れ物が悪い!」


 そして、首を絞められた。




 ひょこひょこと、我が主の許へ向かう。すると彼は何かを呟いていた。


―――――


 野性なるものが 自らあわれむのを


 私はみたことがない


 小鳥は凍え死んで枝から落ちようとも


 自分を惨めだとは 決して思わないもの


―――――


「ぬうう!?」

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