Track #05 The Mercenary

Lato di Eisernen Jungfrau


 翌日、目が覚めてから俺達の部屋に兵士らしき者が尋ねて来た。タ・ルカを始めとするこの国の重要人物が俺達を呼んでいるらしい。ここまでされたんなら、行く他ない。他に行く当てもないしな。


 俺とミクスは大きな部屋に入れられた。部屋の奥に三人が椅子に座っている。俺から見て左側に居るのがタ・ルカだ。中央の女性が話す。


「あなたが、ウィッカーマンという者ですか?」

「そうだ」

「あなたは魔術を使うと聞きましたが」

「そうらしい。だが、正確にはわからない」

「ふむ……」


 女は少し考え込む。そして再び俺に向き直る。


「私が知るところ、この世界の魔術師は日々の暮らしの為に魔術を使います。怪我の治療や戦いの手段、道具の一つなどです。それらは人々の生活の一部であり、人が生み出した道具や知識の類と同じものとして我々は扱っています。ですが―――」


 女の眼が険しくなる。


「この世界の天候や大気の状態を大幅に動かす魔術など聞いたことがありません。そして、それだけの力を発動させながら、今この時も世界は安定を保っている。こんなことは前代未聞です。歴史では何度かこの手の魔術が行使された記録はありますが、それらは大抵その反動も大きく、人々はその力の扱いに苦慮していました。この点を察知したタ・ルカがあなたの許へ向かったわけですが……」


 そこまで言ってから、彼女は何かに気付いたようだ。


「失礼しました。私はリーグ・アーブと申します。この国の魔術全般の扱いを見定める役目に就いています」

「そちらの、タ・ルカとは違うのか?」

「彼はこの国ではちょっとした特権を持った存在です。彼の役目は調査、探索が主ですが、場合によっては実力を行使することも許されている存在で……その、明確な役割は言葉で記さないのが彼の立場なので……私も正確には言葉にすることが出来ません」

「うーむ……少しだけわかる気がする。まあ、いいや。さっきの続きをお願いしたい」

「ええ、それでは。実は、我が国は魔女の力により脅かされているのです」

「魔女?」

「女の魔術師、というだけではありません。その魔女には我らの及ばぬ力があるようで、私達の攻撃がうまく届かないのです。何度か攻略に出向きましたが、その魔女はてんでこたえたようすがありません。魔女の力は、あなたが使った魔術に似ています。もしも、あなたに我が国に敵意が無いのなら、魔女の討伐に力を貸していただけないでしょうか?」

「……俺は……この国に敵対する気はない。依頼に応えてもいい。ところで、報酬は?」

「そちらの少女を望みの場所へ送り届けましょう。その後も金銭面での援助もしましょう。あなたも、この国に居住することを認め、仕事を得られるように手配します。働き如何によってはそれ以上の報酬も用意しましょう」

「……ミクス、どうだ?」

「え……あの……うん。私は、それでいいよ。それで、大丈夫。あなたは?」

「ああ、俺もそれでいい。ありがとう」

「う、うん」


 これで、俺の当面の目標は決まった。リーグは向かって右側の男を見る。


「彼は、この国の武力の扱いを任されている将軍です。この後の説明は彼から」


 そう言って男は立ち上がり前に出る。


「俺の名はランケ・シ・オスコイウという。早速だが、魔術を見せてもらいたい」

「見せろって言われてもな……」

「お前の動きをみればわかる。剣や槍、拳闘においてはなかなかの腕だろう。問題はお前の魔術がどれほどのものかだ。一時的とはいえ俺の配下になる訳だから、その力を見定めなければならない。大きなものでなくて構わない。何かわかりやすいものは無いか?」


 俺は考え込んだ。時々ミクスを見たが、彼女にもよくわからないようだった。俺は例の山火事の時のことを思い出しながら、考えを巡らす。



 あの時は、俺が何故か名乗ってしまった『ウィッカーマン』から連想して、有名な戯曲の一節を呟いた。そもそも、俺もよく知っていたわけじゃないのにな。その言葉の連なりに合わせながら、山火事が上手い具合に収まって、みんなが幸せになったらいいな、という想いを持ったんだな。

 もしも、今何かを現したいと願うなら……?



 そして、俺は呟いた。




 おお、何の、お前は私の守護天使

 私に生きる力を与えてくれたのだからな

 私に向かって微笑みかけるお前の笑顔

 それは天の降し給うた勇気に満ち溢れておった




 しばらくは何も起こらなかった、だが、窓も扉も閉まっている部屋に微風が徐々に起こり始める。それが一か所に集まるかのような感覚だった。俺の傍、ミクスの前あたりに。小さな竜巻の様なものが形を持っているのがわかった。空気に色がつき始めたからだ。それらはやや強く吹きまわり、一瞬強く俺の頬を打った後、人の形を持った何かが現れた。小人と言った方が良いのか? よく見ると、足が地面についていない。僅かに浮いている。


「私を呼び出したのは、あなたですか? 可愛らしいお嬢さん?」


 それはミクスに向かって話している。


「う、ううん! 違うよ。あなたを呼んだのは……」


 ミクスは俺の方を見た。そして小人も俺を見る。


「おお、あなたが我が主人ですか? それにしても私を丸ごと顕現させるとは、これはまた大変な人物のようだ。さぞ、名のある魔術の家柄の出でしょうな?」

「そうでもない」

「なんと! それはまた至福なご境涯で。冷酷な運命にめげず、反ってそれをかくも静謐甘美な姿に変えてしまわれたか!?」

「……あー……その、俺はウィックだ。お前の名は?」

「おっと、そうでした。私の名は……エアリエルと呼んでいただきたく存じます」

「エアリエル……へえぇ」


 そんなやり取りをしている傍で、リーグとルカとランケとで話し合っているようだ。俺の方を見ているランケの表情からすると、そう、悪い感覚ではないようだ。俺の処遇は悪いものにならないだろう。


 実際その通りだった。俺は雇われ兵の身でありながら、やや兵士として上の扱いをさせてもらえるらしい。


 当然、監視役の者が必要だ。今ランケの腹心に引き合わされるところだ。ランケに付いて行き、扉を開けた先には、騎士と思しき姿があった。ランケがを俺に向き合わせて言う。


「彼女がお前の監視役だ。名前はナミア・コーサ」

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