試験開始!

翌日になった。


 自室のよりも一際硬い安宿のベッドから目を覚ましたボクは、身じたくを整え、ライライとともに町の中心へと向かった。


 この【滄奥市そうおうし】の中心には『公共区』という場所が設けられている。

 イタリアのコロッセオにも似た形の『競技場』を中心に、遊び場兼緊急避難場所である『中央広場』、重要な連絡事項を伝えるための掲示板など、公共利用のための施設が多数を占めている。


 ボクら二人はその『公共区』にある、『中央広場』へとやってきた。


 石畳が整然と広がっており、いくつか広葉樹や灌木が植わっている。広場の中央辺りには石製の日時計があり、現在の時間である九時を表していた。


「……うわぁ」


「すごいわね……」


 その『中央広場』に広がる光景を目にしたボクとライライは、思わず声をもらす。


 フットボールの試合ができて余りあるであろうその広場は今、大勢の人でごった返していた。


 全員、背筋に棒でも入れているかのように姿勢が良く、なおかつ一歩一歩が地面に吸い付くような重心の安定感が見られる。彼らは間違えようもなく武法士だった。


 別に並んでいるわけではないようなので、人混みの間を縫うようにして先頭へと到達する。


 そこには、広い木製の壇があった。その近くでは慌ただしく動き回る役人風の人たちと、大きな銅鑼ドラ、そして『第五回黄龍賽滄奥市予選大会会場』と書かれた縦長の旗が立てられていた。


 そう――ここが【黄龍賽こうりゅうさい】予選が開始される場所なのである。


 この『中央広場』の少し先には『競技場』が見える。【黄龍賽】本戦出場者を決める戦いは、あの中で行われるのだ。


 しかし、これだけの大人数を一人一人戦わせていては、いつまで経っても終わらない。なので予選ではまず最初に『試験』を行い、出場者をふるいにかけなければならない。


 そしてこれから始まるのは、まさにその『試験』だ。


 ボクは『第五回黄龍賽滄奥市予選大会会場』と書かれた旗へ目を向ける。これを見れば一発で「ここだ」と分かるはずだ。


 【煌国こうこく】の識字率はかなり高い。


 その理由は、この国のあらゆる町にある【民念堂みんねんどう】という民営教育施設の存在にあるといえる。


 【民念堂】は、庶民の手が届く程度の学費で読み書きや計算を習ったりできる、日本の寺子屋のようなものである。


 裕福な人たちしか教育を受けられなかった昔の時代、有志によって【煌国】各地に建てられた。この【民念堂】の登場で、庶民でも必要最低限の教養は身につけられるようになったのだ。


 ちなみに【民念堂】の教師をしているのは、難関である文官登用試験を諦めた者が多い。そのため【民念堂】は、多くの文官から「落伍者の受け皿」と見下されている。


 ボクはこれを初めて聞いた時、改めて文官になどなりたくないと思ったものだ。


 それを思い出した途端、やる気が湧いた。絶対にこの予選を勝ち抜いて、本戦への切符を手に入れてやる。そして本戦でも優勝し、文官至上主義者の父様をギャフンと言わせてやるんだ。


「ライライ」


「なに、シンスイ?」


「……負けないからね」


「……ええ。私も全力を尽くさせてもらうわ。どういう結果になっても恨みっこ無しよ」


 不敵に笑みを浮かべ合う。ボクたちはもう友達だが、それとこれとは話が別だ。ボクには譲れないものがある。やるからには全力だ。


 しばらくすると、役人の一人によって――壇の横にあるドラが盛大に鳴らされた。


 ざわめいていた武法士たちは、ぴたりと静まる。


 そして壇上に、カゴを片手に持った役人の男性が上がって来た。


「――これより、第五回【黄龍賽】予選大会を開始します!」


 彼の言葉が響いた瞬間、場の空気が引き締まった。


 かくいうボクも、背筋がピリリとする思いだった。


 固唾を呑んで、進行役であろう彼の言葉に耳を傾け続ける。


「ご存知である方もいらっしゃるでしょうが、【黄龍賽】予選大会は本戦と同じく、一六名の選手の方々に競い合っていただきます。なのでまず最初に、皆様の中から参加選手一六名の選出するべく、『試験』を行わなければなりません」


 来た、とボクは思った。


 何度も言うが、【黄龍賽】の予選大会を行うためには、最初にこの大勢の中から出場者を選抜しなければならないのだ。


 そしてこれから、そのための『試験』が行われる。


 『試験』の方法は毎年違う上、ギリギリまで一切詳細は明かされない。事前に知らせておくと不正行為を働かれる可能性があるからだ。


 今から、その『試験』の具体的な方法が明かされる。


 ボクはドキドキと胸を高鳴らせた。


 すると、進行役の役人は持っていたカゴを大きくスイングさせ――入っていた中身をこちら側へぶちまけてきた。


 カゴから出てきたのは、全部で一六個の『鈴』。


 握りこぶしほどの大きさの『鈴』が虚空を舞い、武法士の人混みのあちこちへと落ちた。


 ――ボクらの位置にも。


「うわっ?」


「あら?」


 ボクとライライは、落ちてきた『鈴』を思わずキャッチする。


 その『鈴』を振ると、シャララン、と、ガムランボールを連想させる美しい音色が鳴った。特徴的な音だ。


 一体こんなものを投げて、どういうつもりなのか。


 そう考えた瞬間、あるものが目についた。


 『鈴』には、大きな太陽とその下に広がる町を抽象的に描いたような意匠が刻印されていた。


 ――【煌国】の国旗と同じマークである。


 そして、投げられた『鈴』の数は合計一六個。


 ……まさか。


「それらの『鈴』の数は全部で一六個。これは、予選大会に参加する選手と同じ数です。今から皆様には――その『鈴』を奪い合っていただきます。それが今年の『試験』の内容です」


 進行役は、ボクの思い浮かべた予想と寸分たがわぬ事を口にした。


「かすめ取るも良し、腕ずくで奪うも良し、手段は問いません。日没になったら、我々がこの『公共区』にある鐘を鳴らします。それが『試験』終了の合図です。その後一時間以内に、『鈴』を持ってこの場所へ戻ってきてください。それができた方を合格とし、予選大会への参加資格を与えます」


 淡々と、それでいてはっきりとした声で述べられるルール。


 色々と述べられたが、ようはこの『鈴』を誰にも取られず、最後まで持っていればいいのだ。


 なるほど。シンプルなルールである。


「オラッ! テメー、寄越しやがれ!」


「ざけんな、おとといきやがれボケナス!」


「てめっ、痛えな! 何しやがんだ!?」


 途端、人混みのあちこちで騒ぎが起きる。


 武法士たちが早速『鈴』を取り合って揉めているのだ。……なんと血の気が多いことか。


 だがそこで、威嚇するようにドラが鳴り響いた。


 揉めていた武法士たちが手と口を止めた。


「静粛に! 開始の合図はこちらが出します。それまで我慢してください」


 進行役が、やや強い口調でそうたしなめる。


 そして、咳払いしてから続けた。


「……説明は以上です。なお、その『鈴』は【煌国】有数の職人が宮廷の依頼で手がけた受注生産品ですので、本物か偽物かの区別はすぐに付きます。偽造は諦めましょう。また、『試験』ではいかなる損害を負おうとも、大会運営側は責任を負いかねますので、どうかご了承ください」


 添え物のように補足事項を付け足すと、


「それでは、大変長らくお待たせいたしました。これより『試験』を開始します。三…………二…………一…………」


 ボォォォン! と、今までで一番高らかにドラが鳴らされた。


 その刹那、


「――そいつを寄越せやぁぁぁ!!」


 隣に立っていた武法士の男が、突然襲いかかって来た。


 シュビンッ、と風を切って放たれる、鋭い正拳。


 しかしボクは小さく体の位置を動かすだけでそれを回避。そのまま、その男の胸の中に潜り込む。


 そして、肘から激しく衝突した。


 脊椎の伸張、足指のよる大地の把握――それらの身体操作がボクの体を山のように大地に固定。肘打ちは山が寄りかかるがごとき威力を発揮した。


「っはっ……!!」


 腹の中の空気を全部絞り出すかのように呻くと、勢いよく後方へ吹っ飛んだ。


 そして、後ろにいた数人の武法士をドミノ倒しよろしく巻き込んだ。


 見ると、ライライも鋭く華麗な足技を駆使し、数人を蹴り飛ばしていた。


 ボクら二人は目を合わせると、笑みを浮かべ、


「ライライ、日没にまたここで会おう!」


「ええ。わかったわ」


 遠回しな勝利宣言をし合った。


 そして、互いに散開。別々の場所へと走り出した。


「鈴持ちが逃げたぞ!」


「追いかけろ!」


「待ちやがれ!」


 すぐに追っ手がわんさとやってくる。


 だがボクは一切止まらず、一目散に走り続けた。


 握っていた『鈴』を、ズボンのポケットに入れた。


 絶対に生き残ってやる。


 そして、予選大会への切符を手に入れてみせる。


 





 ――最初の試練が、始まった。

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