第2話 122回109日目 S★0

 朝起きると俺は必ず手帳を開く。

 手にすっぽりと収まる、日本で働いていた頃なら珍しくもない黒い色した小さな手帳だ。


「122回、109日目……」


 そして、俺の朝は今いる世界が何回目であるか、その世界で何日目であるかを記すことから始まった。

 これは元のいた世界、日本に帰るための手掛かりになればと思い始めた習慣で、今では完全に惰性で続けている。


「また書いてるの?」


 そうして、俺がちまちまと字を書いてると、ヒサカが横から覗き込んできた。


「よく飽きないね。健康管理? だっけ。相変わらず何書いてるか読めないし」

「お前なぁ、人の日記を覗くなんて趣味悪いぞ」

「いいじゃない別に。何書いてるのかわからないんだしさ」


 ヒサカをたしなめてみたが、悪びれる様子はない。

 彼女は俺に構うことなくまじまじと手帳を覗き込み続けた。


「何書いてるかわからないのに、見てておもしろいか?」

「うん。何書いてるんだろうって想像するのがおもしろいよ」


 ……ヒサカは日本でいう所の16か17歳だったか。

 10も年が離れているの感性というのは、俺には理解しがたい部分がある。


「前も言ったろ? 朝昼晩に何食ったか。今日が何日目か。その程度のメモだよ」

「え~、本当かなぁ?」


 何度目かわからない説明。

 それを聞くなりヒサカは怪しむ……というよりは、完全におもしろがった。

 ニヤニヤと口元を笑みで歪ませ、彼女は俺に詰め寄る。


「だったら何も暗号なんて使わなきゃいいのに」

「暗号じゃなくてこれは日本語」

「はいはい。ニホンゴね」


 さほど興味なさそうに口にし、ヒサカは再び手帳へと視線を落とした。

 俺もヒサカを追い払うことをあきらめ、手帳に朝食のメニューを書き込む。

 すると、しばらくは静かな時間が続いた。


「……ねぇ、タケ?」

「ん?」


 しかし、沈黙は長く続かない。


「本当はあたしのこと可愛いとか恥ずかしい日記を書いて――」

「ない」


 今朝はヒサカの機嫌を損ねた。

 これは手帳に書いといてやろう。

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