最強の解放

「リチャード、落ち着かないか!!」

 腕を取って宥めるも、その手を力任せに払い除けられる。

「落ち着いているさ!!どうかしているのは君の方だろう!!悪魔王が、あんな訳の解らない男に諭される訳が無い!!」

 パニック状態のリチャードをどうにかして落ち着かせようと試みるが、さっきからこの様に否定ばかりだ。そもそも俺は落ち着けと言っているのであって、北嶋 勇がどうにかしたのだとは言っていない。

「うるせぇなテメェ等…仲間割れなら他でやれよ」

 北嶋の仲間の葛西 亨が苛立ちながら我々に向かって来る。

「無礼な蛮族が!!この聖騎士に対等な口を利くな!!そう言えば貴様は背中から悪魔を出していたな?貴様も悪魔憑きか!!蛮族にお似合いだ!!ハッハッハッ!!」

「ハッ!テメェは救えねぇ奴だぜ!!」

 葛西 亨はリチャードの胸ぐらを掴み、拳を振り上げた。その間に割って入り、身体を使って止める。

「ま、待ってくれ!彼は今、取り乱しているんだ!」

「知るかよ!喧嘩売ってんのはテメェ等だろう?なぁ北嶋ぁ!!」

 葛西 亨の呼びかけに反応し、我々は北嶋を見た。

「さぁ神崎、早く指輪買いに行こう!」

 …北嶋は、俺の予想では怒り狂っていたが、至って平和に、神崎の肩を抱き、物凄くご機嫌だった。

 なんて読めない男なんだ!?

「おいテメェ!当事者なのに蚊帳の外を気取ってんじゃねぇよ!」

 葛西 亨はリチャードから手を離し、北嶋に詰め寄る。

 膝が砕けそうな感覚に陥るも、安堵した。北嶋はリチャードの暴言を聞いてはいない。

 神崎が婚約を受けてくれた事で、有頂天になって些細な事は全く耳に入らない状態だったのだから。

「当事者ってもよー。俺は早く指輪買いに行きたくて行きたくて仕方ないんだよ。おいバカチン。用事は済んだろ?もうどっか行け」

 北嶋は我々に全く興味を示さずに、手の甲で追い払うような仕草をする。

「あ、ああ、そうさせて貰うよ。亜空間を解除して貰えるかい?」

 亜空間解除と同時にリチャードとアーサーを引っ張りながら脱出する。争いを避ける為には、これが一番良い方法だ。

 そう言えばアーサーはどうなった?先程は震えていたが…

 アーサーは焦点の合っていない目を真正面に向けて、ただ立っている。

「アーサー、どうした?」

 アーサーは俺の問い掛けに全く反応を示さない。

「アーサー?」

 揺り動かそうと肩に手を掛けようとしたその時!

「ぁぁぁあああああああ!!!」

 いきなり絶叫したかと思ったら、両手で頭を抱えて跪いた。

「アーサー!?アーサーどうし…う!?」

 尋常じゃない気配がアーサーから立ち上る。

「アーサー…まさかお前…」

 リチャードが全身から汗を噴き出し、震えた。

 黒いオーラがアーサーの背で形を作る…!!その異形に恐怖したのだ。

「鬼神憑き?いや、違う!」

 葛西 亨が腰を下ろして身構えた。彼もこの異変を尋常じゃないと感じ取ったのだ。

 やがてアーサーは何事も無かったように立ち上がった。

 しかし、その姿に俺の身体も小刻みに震えた。

 背から立ち上った黒いオーラは、翼を象った形状になり、目の下には隈が出来ていた。

 何よりオーラの質がアーサーと違う…!!

「悪魔堕ち…?」

 神崎の発言に我々が固まる!!

「あー、そーいや、さっきの黒い奴が『ただでは還れない。落ちるで手を打つ』とか言ってたなぁ。まさか真逆のお前等が引っ張られるとは思わなかったが」

 事も無げに言い放つ北嶋!我々に戦慄が走った!

「き、貴様がアーサーを悪魔に堕としたのかぐわっ!?」

 詰め寄ったリチャードに拳を当てる北嶋。つまらなそうに言う。

「俺の仲間には手を出さない筈だ。つまり銀髪かその仲間、もしくはお前等の誰かが堕ちる筈。無表情が選ばれたのは、堕とすに容易だったからだ」

 冷たく言い放ち、更に付け加える。

「お前の祈りとやらで仲間を救えば済む話だろ。さあ神崎!指輪買いに行こう指輪!」

 北嶋は神崎の肩をギュウギュウと抱き、我関せずの態度を改めて示す。

「そうか!祈りで悪魔王を退けたリーダー様が何とかするってか!?ハッハッハッ!北嶋、テメェも聞いてねぇようで聞いているんだな!!」

 愉快に笑う葛西 亨。だが、俺はそれを黙って聞くしかない。リチャードが、我々のリーダーがそう言ったのを確かに聞いたのだから。

「うわっ!?」

 アーサーがリチャードに拳を振り上げるが、それを何とか躱したリチャード。


 バゴオオオッ!!


 亜空間の北嶋の家の床は容易に砕け、その下の亜空間に亀裂が入った。

「アーサー…今は殺す気で…」

 アーサーはリチャードに顔を向けて、何やらブツブツと呟いている。

 ………ヴァチカンノハジ…コロス…コロス…ミニクイ…コロス…コロス…コロス

 悲しくなり、目頭を押さえた。

 アーサーは、リチャードの愚行で聖騎士に幻滅し、悪魔に堕ちた…!!

 手で顔を覆い、膝を付いた。

 こんな行動しか出来なかった。全てに絶望して…

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ステッラ!止まれ!ここが北嶋の家な筈だ!」

 ステッラは私の命令に応じて日本にしては多少大きめの家の上空を旋回する。

「どこだアーサー!!」

 声を張り上げて捜す。探る。

 しかし、気配はすれども姿は無い。

「家の中か?いや、家中の人間の姿が無い?リチャードやレオノアも居る筈だが…」

 ならばと霊視をする。肉眼で捕えられないのならば霊視だ。しかし…

「居る筈の神もいない、九尾狐の姿も無い…」

 霊威的な物ですらも掛からないのであれば、更に霊視レベルを上げるまでだ。いらぬ浮遊霊などの姿も視えてしまうが、仕方無い。

「ん?亜空間か?」

 気配は家の中では無く、その奥底で感じられた。

「ステッラ!家に突っ込め!」

 ステッラは上空から家に向かって急降下する。

「ダビデの星よ!!我を誘え!!」

 ステッラが突っ込む先に、六芒星の魔法陣が浮き出る。それに入っていくステッラ。


 パキィィィィィ


 乾いたような音と共に、目の前に現れた破壊された北嶋の家。それを囲むように、三神が一点を見ていた。

「あ、あれは!?」

 三神の視線の先には冥い羽根を生やしたアーサーの姿があった。

 リチャードが尻を付き、アーサーを制している姿と、顔を手で覆いながら膝を付いているレオノアの姿。少し離れて腰に手を添え、傍観している男。それに女と、その肩を抱いている男がいた。

「アーサー!!」

 私はステッラから飛び降り、アーサーとリチャードの間に舞い降りる。

「ん?なんだ奴は?」

「…もしかして、ヴァチカンの教皇!?」

 女の驚きの叫びに顔を上げるレオノア。

「ネ、ネロ教皇!!」

 顔を上げたレオノアを見て仰天した。

 その顔は涙と鼻水でグショグショに濡れ、表情は『絶望』しか浮かんでいなかったのだ。

「レオノア!何があった!説明をしろ!!」

「じ、実は…」

 レオノアが語った事に、まさに驚愕した。

「な、何て事だ…」

 胸に十字を切る。

「教皇!アーサーは聖騎士の身でありながら悪魔堕ちしました!!討伐を!!」

 私の足に縋り付いてくるリチャード。このリチャードの行動が…いや…そうじゃない。

 君は人間の裏をあまり見ようとはしなかったな…純粋故、優しさ故、弱さ故悪魔に堕ちたかアーサー…

 先程から私の視界がぼやけている。

 気が付くと、私は涙を流していた。

 その時、アーサーが私ごとリチャードを殺そうと拳を振り下ろす。

「むおっ!?」

 辛うじて躱す私。リチャードには拳は届かないと見越して躱したのだが…

「ぎゃああああああ!!」

 リチャードの足元に穴が開いた。届いていないリチャードが恐怖で絶叫するには充分な程だ。スピードもパワーも以前よりも遙かに上がっている…

 だが、納得できる。

 元々のアーサーの実力は、恐らくこれだ。

 普段は無意識に力を押さえているのだ。

 このアーサーと互角に戦え、尚且つ悪魔堕ちから救えるのは…

 ヴァチカンに連絡をし、精鋭を送り込んで人数で押し切る事は可能だろうが、今は時間が無い。

 苦渋の選択に近い言葉を口に出す。

「君が北嶋君だね…どうだろう、一つ依頼を請けて貰えないか?」

 横目で女の肩を抱いている男を見る。

「あん?依頼?いきなりやって来て、挨拶も無しに依頼とは、バカチンはどれだけ自分が偉いと思ってんだよ?」

 女とドレッドの男が北嶋を見る。

 北嶋は全く興味を示さず、冷たく言い放った。

「んなもん、断るに決まってんだろバカチンジジィ」

 読んでいた。断られると。だが、バカチンジジィって…一応カトリックの最高位なのだが…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 いきなり現れた爺さんに依頼を申し込まれて少しイラッとした。

 バカチンはバカチン同士勝手に殺し合えばいい。切実にそう思う。俺の知ったこっちゃねー感がバリバリなのだ。

 何より俺には大事な用事があるのだ。婚約指輪を買いに行くと言う、大事な大事な用事がな!

「いきなりなのは申し訳ない。見ての通り、切羽詰まっているのでね…」

 バカチンリーダーの前で盾になるように立ち塞がっている爺さん。悪魔堕ちした無表情からは目を離さずに俺と対話をしていた。

「残念だが爺さん。俺はハニー神崎の婚約指輪を買いに行かなきゃならない。依頼は断る。さっきも言った筈だが、また更に言おう。断る。何ならもう一度言ってやろう。断る」

 これだけ何回も断るを連呼すれば諦めるだろ。

 バカチンリーダーがめっさ気に入らないし。

 あんなのを隊長にしているくらいだから、バカチンは全く大した組織では無いだろう。

 そんなつまらん事よりも、薔薇色の人生に向かってGOGOだぜ!

「俺がぶっ倒してやろうか?」

 喧嘩好きの暑苦しい葛西が図々しくも、俺の前に一歩出る。まあ、くれてやっても差し支えは無いけども。

「…君は松尾の弟子だね。成程、かなりの力量だ。だが、君ならアーサーと殺し合いになってしまう」

 葛西は舌打ちをして下がる。つうかジジイの分際で葛西の力量を瞬時で読んだのか。全く大した事のない、暑苦しい奴だと。

「北嶋君、依頼内容はアーサーを悪魔堕ちから生還させる事。無論、命を取る事は駄目だ」

 爺さんは図々しくも、依頼内容を口に出す。俺は請けないと言った筈なのに。

「おい爺さん、俺は請けない。はっきり何度も言っただろ?」

 その時、神崎が抱いている肩からスーッと脱出した。

「か、神崎!何故逃げる!?」

 床に這いつくばり、拳で床をガンガン叩く俺。ちくしょう!婚約者じゃなかったのか!!

「だって!みんな見ていると恥ずかしいじゃない!」

 プイッと顔を背ける神崎。頬が赤くなっている。どこぞのギャルゲーとセリフが被っているが気にしない。一緒に帰って誤解されると恥ずかしい、みたいな。

「それにしても、困ったわ。悪魔堕ちした騎士が居ては現世に帰れないし…」

 顎に指を当てて考え込む神崎。軽く眉間にシワが刻まれている。

「水道も通すのに、人手も足りないしなぁ…人手があったら木の手入れとか遊歩道の延長とか、色々出来るんだけど」

 腕を組んで首を傾げる神崎。アッチ行ったりコッチ来たり、ウロウロし出した。

 神崎の行動を終始見ていた俺はハードボイルドよろしくな推理を働かせる。

 みんな見ているから恥ずかしい…裏を返せば二人きりなら大歓迎ですぅ!と言う事だな。

 バカチンが悪魔堕ちしたから解除できない…つまり、二人きりになるならば、バカチンを悪魔堕ちから救い出し、現世に帰らねばならない。

 現世の俺ん家で暴れられるのは、二人の甘い時間を台無しにされる恐れがある。

 水道工事も途中だ。木の手入れや遊歩道修繕もしなきゃならん。

 だが、俺と暑苦しい葛西と小動物では全く捗らない。

 暫し考えた俺は、バカチンの爺さんにこう答えた。

「おい爺さん。報酬は労働力でどうだ?」

 葛西が目ん玉を見開いてグルンと首を俺に向ける。

「労働力?」

 怪訝な顔の爺さん。爺さんのボケた頭でも解るように説明する。俺って超優しいよな。

「今裏山でさぁ、水道通したり、遊歩道直したりしてんだよ。だが、俺と暑苦しい葛西二人だけじゃ捗らないんだ」

「てっきり多額の金を請求するかと思ったが…成程、君代ちゃんが目を掛けただけはある」

 爺さんの口元が緩む。

「よし解った。100人でも1000人でも手配しよう」

「そんなにいらねーよ。じゃ、商談成立って事だな」

 俺は爺さんの前に滑り込むように立ち、無表情と対峙する。

「聞いたか聞いてないか知らんが、お前を労働力の為に助けよう。いや、俺と神崎の甘い蜜なる時の為に!!」

 バーン!と無表情に指を差す。

 横目で神崎をチラッと見ると、満足そうに頷いていた。良かった。推理は正しかったと言う事だ。

 無表情は隈が出来た目で俺を見据えながら、ゆっくりと剣を抜く。


 ボボボボボボボボボ!!!


 ん?剣から炎が上がっている?さっきまで、そんな現象は無かったのに?

 首を傾げている俺に暑苦しい葛西が話し掛けてくる。

「さっきテメェにエクスカリバーの説明をしたな」

 確か妖精の加護を受けた聖剣だとか何とか?

 興味無いからよく聞いてはいなかったけど。

「言い忘れた事がある」

 だから別に興味は無いんだが。

「エクスカリバーの鞘には宝石飾りが施され、柄には顎から炎を吹き出す、二匹の蛇が彫られてんだ。エクスカリバーが鞘から抜かれると、炎を纏うんだよ」

 なんかゴチャゴチャ面倒だが、要は何だ?

「つまり今のエクスカリバーは、真の力を発揮している。悪魔堕ちして聖剣のポテンシャルを引き出せたっつぅのは何とも皮肉な話だが」

 葛西の頬に汗が伝っていたその顔を見てピンと来た。

「さっきより、めっさ強くなった訳か」

「いいか北嶋君!決して殺すなよ!アーサーはヴァチカンの宝なんだからな!」

 爺さんが念を押す。

「手加減しないで、殺さないで、悪魔堕ちから救わなきゃならない、って訳かぁ…」

 何だか色々面倒だが、これも致し方ない。俺は草薙を喚び寄せる。

「時間も無い。生気が吸い取られ、闇に全て飲まれたら、悪魔堕ちした人間じゃなく、悪魔そのものになってしまう」

 タイムリミットもあんのかよ…

 ぐったりするが、爺さんは更に続ける。

「例えば吸血鬼みたいなものだと思ってくれていい。吸血鬼に血を吸われた人間は吸血鬼になる。悪魔に悪魔堕ちされた人間も悪魔になるんだ」

「吸血鬼って、ときめきトゥナイトかよ」

 まぁ、請けてしまったものは仕方ない。

 江藤蘭世でも何でも来やがれ!!

「やい無表情。結局主役と絡む羽目になった事だ。お前も印象には残るだろ」

 無表情に向かって一歩踏み出す俺。

 と、目の前スレスレに、赤い線が一筋走った。


 ガゴオォォォォォォ!!!


 床に突き刺さる剣。そして焦げた匂い。

「さっきの赤い線は炎か」

 俺がそう言うや否や、今度は赤い線が下から上へと跳ね上がる。

「うおっ!?」

 半歩退いた俺。それを追撃するように無表情が剣を乱打した。

「おおおおおおおおおっっっ!?」

 赤い線が、全て俺の死角から襲って来た!!


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 死角から襲って来た太刀筋を全て見切って後ろに飛んだ北嶋。

 軽く息を付き、言う。

「にゃろう、結構速いな」

 アーサーって野郎は切っ先を北嶋に向けたまま、微動だにせず、睨んでいる。

「凄げぇな…」

 汗が頬に流れる。

 死角からの攻撃を全て見切った北嶋。

 見切られながらも落胆もせず、次に備えるアーサー。

 どっちも凄ぇ。

 俺ならどうした?全て躱せるか?躱された後にショックを受けないか?

 北嶋は兎も角、悪魔堕ちしたとは言え、ヴァチカン最強と呼ばれるだけの事はある。

 だが、一番凄ぇのは…

 俺は横目で神崎を見る。

 神崎はただ、まばたきする間すら惜しいように、目を見開いて戦いを見ていた。

「テメェ、よくもまぁ、あの馬鹿をあそこまで誘導できたな…」

 抱かれた肩から離れる時…亜空間解除の話、作業員の数…

 北嶋が一連の流れで決定した事だが、全て神崎の起こしたアクションから得た結果だ。

 つまり神崎がこの戦いを演出した。

 神崎は俺を見ずに、真っ直ぐ北嶋を見ながら返した。

「肩を抱かれた事は嫌じゃないよ。寧ろあれはこの先のケジメだし」

 この先のケジメ……あの馬鹿に救われた女達に向けた決意か?

「私もヴァチカンは正直どうでもいいけど、ネロ教皇の依頼だからね。師匠の盟友の一人、師匠が唯一ヴァチカンに希望を託した人だから」

 ヴァチカンの教皇と水谷のババァが仲間だったのは知っているが、託したとは何だ?

 俺の疑問を余所に、教皇が話に加わる。

「頭の固いカトリックに、他の宗教にも敬意を払うよう頼まれたんだ。唯一無二の我等の父、では無いとな。宗教は文化だからね」

「成程な。仏教徒やイスラム教徒の考えも尊重しろ、と言う奴か」

 とは言え、俺の鬼神なんかは、奴等からすりゃ悪魔信仰だろうが。

「だが、確かに君代ちゃんには頼まれたが、今回の依頼とどんな関係があるんだい?」

 そうだ、カトリックが多宗教を認める認めないと、北嶋が出した条件と、どんな関係がある?

 神崎は微かに微笑を浮かべる。

「作業員、ヴァチカンの騎士達を呼ぶんですよね?」

「勿論そのつもりだが…」

 教皇が困惑気味に頷く。

「北嶋さんと何日か一緒に生活すれば、宗教とか細かい事に拘るのが馬鹿馬鹿しくなりますよ」

 それだけ!?それだけの為に、北嶋を誘導したのか!?

 だが、うまく行くとは限らないだろう?

「あの馬鹿が金で依頼を請けたらどうするつもりだったんだ!?」

 それについては教皇も同感のようで、ただ頷いた。

 神崎は、相変わらず真っ直ぐ北嶋を見ながら答える。

「いい男を操作する事は、愛されている自信がある女だけに与えられた特権よ。葛西、あなたも上手くソフィアさんに助けられたでしょ。気が付いてないでしょ?」

 唖然とする俺と教皇。

 言っている事は、もの凄い無茶苦茶だ!!単なる行き当たりばったりじゃねーか!!

 それに…

「俺がソフィアに助けられただと?」

 しかも気付いていないとは何だ?

 神崎がしたり顔で返す。

「あなたが家に来た事よ。たまには友達と遊んでリフレッシュしなさい、って事よ」

 激しく動揺する。

 確かここに来たのは、北嶋ん家に近い方から来た依頼の為。北嶋に下請けに出した方が、時間も経費も掛からない…だが、それでもソフィアは俺を此処に送り出した。

 そんな事を考えていやがったのかソフィアは!?

「いい女よね~ソフィアさん。気付かせないようにしたって所が、また…」

 クックッと笑う神崎。

「ば、馬鹿かテメェ!北嶋はダチじゃねぇだろうが!」

 俺は二人の女に、人生最大の敗北感を味わい、項垂れながら叫んだ。

「だ、だが、君代ちゃんの願いは別に北嶋君に頼まなくても、私がまだやれるだろう?」

 俺の気まずい雰囲気を打開してくれた教皇。かなり有り難く思った。

「…師匠はもう居ません。盟友と言われた人達も病気で亡くなったり、です。これからの時代、失礼ですが、あなたの時代では無いんです」

「…それは確かに、私も高齢だし、だからアーサーに……!!」

 教皇の言葉が止まる。俺も解っちまったぜ…何つう事を考えてやがるんだこの女は…!!

「全て次世代に渡す…ってか?アーサーって野郎はヴァチカン最強、悪魔堕ちまでして実績を積んだ…!!」

 つまりは悪魔信仰者にも敬意を払えるだろう、と。

「そこまでの君の想いが、彼に通じると言うのか?」

「勿論!私が愛した男ですから、彼は」

 呆れを通り越し、感動さえ覚える。

「キャラクター変えたのかテメェ?」

「色々吹っ切れて覚悟が固まっただけよ」

 やはり俺は怖れを以てこう言った。

「テメェが一番最強か…」

 神崎が微笑じゃなく、ハッキリ解るよう笑う。

「多分ソフィアさんも同じようにすると思うけど?あなたを信じているからね」

 …俺は先程感じた敗北感を、思い出すような言葉を、自ら吐いたようだ。やはり項垂れた。

「君代ちゃんが全てを授けただけの事はあるなぁ」

 教皇は呑気に、裏表なく、感心して頷いた。

 テメェの所の最強を倒すように依頼したってのに、実に呑気に。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 むぅ、困った。

 無表情は俺に草薙を抜かせないつもりだな。

 抜こうとする僅かな隙を狙って剣を振って来やがる。

 再確認のために柄にそっと手を伸ばす。

 刹那、無表情の剣の切っ先が俺の右腕を狙う。

 半歩退く俺。同時に半歩前に出る無表情。

「マジでやるなぁ、コンチクショー」

 用心深く間合いも一定に保つ無表情。

 パワーは葛西に劣るが、それ以外全て葛西よか上か。

 だが、このまま手を拱いている暇は無い。

 悪魔になるっつータイムリミットも確かにあるが、神崎の指輪買いに行かなきゃならんからな。

 チラッと神崎に目を向けと、俺の視線に気が付いた神崎は、暑苦しい葛西にハッキリ言った。

「今、指輪買いに行かなきゃならないとか思っているよ」

 ド肝を抜かれた。

「エスパーか神崎!?」

 エスパー魔美もビックリな程だ。

「俺とテメェは女にゃ勝てそうも無ぇ。せめて依頼はバッチリやれ…」

 葛西が何故か力尽きたように項垂れながら言った。

 一体何があったんだ向こうは?バカチン爺さんの、やたら感心している表情といい。

 まぁ、ウダウダ考えても仕方ない。

 葛西の言う通り、依頼をこなさなきゃ、先の展開は何もないからな。

 抜刀させないつもりなら、抜刀しなきゃいいか。

 俺は右足を一歩踏み出す。

 勿論、間合いを崩さない無表情は一歩下がるが、まぁ、想定内だ。

 無表情の想定内の行動はさて置き、踏み出した右足と反対の左足を捻る。

 ほぼ同時にケツも捻り!腰も捻り!背中も捻り!

 全ての動作を握っている左腕の草薙に通し!

 踏み出した右足を支えにして、左腕を捻りながら繰り出す!!


 ガゴォォォ!!


 無表情が派手に吹っ飛ぶのを直ぐ様を確認。ようやく草薙を抜く事に成功した。

「やい無表情、草薙の刀身を嫌がっていたようだが、まぁ、こんなもんだ」

 抜刀した草薙の切っ先を無表情に向ける俺。

「~~~~~!!!」

 無表情は微かに苦虫を噛み潰した顔をしながら立ち上がる。

「一応しまったっつー顔もするんだな。さて、本番はこれからだ。聖剣如きが草薙に及ぶ事は無いっつーのを証明してやる」

 俺は草薙をブラブラさせながら、一歩一歩、無表情に近付いて行く。

「今のは…突き…か?」

 爺さんが呆けた顔をしている状況が目に浮かぶぜ。

 仕方ないから解説してやろう。優しい俺に感謝するんだな爺さん。

「零距離での鞘のままの突き、だな。北嶋は空手の突きのように、螺旋状に身体を捻り、全てのパワーを鞘に集中させて突いたんだ」

「おおおいっっっ!!何勝手に解説してんだよ暑苦しい葛西ぃっっっ!!」

 葛西の解説は全くその通りで、俺は気分良く爺さんに説明しようとしていたのに!!

「この暑苦しい葛西が!空気読め暑苦しい!あー暑苦しいなっ!」

 ムカついた俺は暑苦しいを連呼した。

「テメェ戦闘中に何を言ってんだ馬鹿野郎!こっちを気にすんな!目の前の敵に集中しやがれ!」

 いきり立つ葛西。言われなくても集中してるわ。お前等の雑談に付き合っているのは、俺の心が広いからだ。

「ちっ、まぁいいや、今後の解説責任持ってやれよ。この男塾の富樫が」

 富樫と言われて、またまたいきり立つ葛西。

「解説要員に任命すんな馬鹿野郎が!!しかもピンかよ、相方よこせ!!」

「虎丸なら、俺の目の前にいるわ。待ってろ暑苦しい葛西。無表情を屈服させて、お前の相方の虎丸にしてやるよ!!」

 俺は半ば八つ当たり気味に、無表情に仕掛けた。

 微かに振り上げる草薙に反応し、思い切り後ろに退く無表情。その行動に違和感を覚える。

「………なんだお前?」

 無表情は確かに俺を見据えてはいるが、それは戦闘に集中しているからじゃないのか。

「ちっ、やり難いなぁ」

 構わず高速で懐に潜り込む。

「ゴアアアアア!!」

 赤い線が四方八方から現れる。その全てに草薙を当てる俺。

 キン!キン!キン!キン!と、金属と金属がぶつかる音でそれを証明した。

 足を踏ん張って打ち合いをしようと備える。

 それを確認した無表情は、右後ろに素早く退避した。

「…お前、そんなんじゃ、俺には絶対勝てないぞ」

 草薙を下げ、リラックスしながら呟く。

 無表情はやはり俺から目を離そうとはしない。

「な、何で戦わない?」

 無表情の戦闘回避とも取れる間合い取りに、疑問を抱く暑苦しい葛西。

「…悪魔堕ちをして、従来の性格が出てしまったのか?」

 バカチン爺さんがボソッと呟く。

 つまり、無表情は草薙の刀身にビビるあまり、俺と戦う事を避けているのだ。

 草薙の軌道を読んでいるのは、ビビって斬られないように頑張っているだけ。

「死中に活を求めないんなら、ただ臆病なだけだ。今まで生温い敵としか戦った事がないみたいだな」

 草薙の刀身に其処まで警戒するのは、恐るべし勘ではあるが、前に出て来なきゃ俺は倒せない。

 地力はかなりのモンだが、完全に負ける気がしない。

「北嶋君!急いでくれ!」

 爺さんが焦っているが、相手が逃げる気満々じゃ、救うも何もない。

「急げっつったって…」

 俺の続く言葉を制するように、爺さんが無表情に指を差した。

「アーサーの銀のロザリオが酸化して黒くなってきている」

「だから何だよ?」

「ロザリオが真っ黒く変色したら、それは完全な悪魔になったと言う証…本当に時間が無いんだ…」

 言われて無表情の首に掛かった十字架を見る。

 成程、徐々に錆びてきているような感じだな。

 仕方ない、多少強引だが、隙だらけになって突っ込んで行くか。

 俺は豪快に隙を作りながら無表情目掛けて突っ込だ。

 隙を沢山作ったおかげで、無表情が少しばかり戦う気になった。証拠に、左脇腹に突きを入れてくる。

「やっぱり弱いモンとしかやりたくないのかよ」

 それを超楽勝で躱し、これまた鋭さの欠片もない振り下ろしを見せる。

 余裕で躱す無表情。調子に乗って一歩前に出てきた。

 屈んで下から跳ね上げる俺。それを、聖剣を振り下ろしながらガードする無表情。

「貰ったぜ!」

 聖剣が草薙に接触する瞬間、俺は渾身を込めて草薙を振り上げた。


 パキイィィ!


 聖剣が真っ二つになり、刃が地、と言うか、俺ん家の床(亜空間のだが)に突き刺さる。

「ゴアアアアアラァアア!!」

 ビビって我を忘れた無表情は、半分になった聖剣を振り翳した。

「それを最初からやれば、少しはマトモに勝負できたんだよ」

 がら空きになった胴に峰を打つ。

「ゴッッッ!?」

 無表情が腹を押さえて膝を付いた。

「チャーンス!!」

 俺はダッシュで無表情の前に行き、頭をむんずと掴んだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「頭を掴んだ?何をするつもりだ?」

 悪魔堕ちして精神的な弱さが全面に出たとは言え、肉体的ポテンシャルは充分に発揮していたアーサー。

 それを難なく退け、頭を掴むとは、意図は兎も角、凄まじいと言わざるを得ない。

 その前に、エクスカリバーだ。あの聖剣を真っ二つにしたとは…!!

 その時見えた黒い粒子は何だ?

 エクスカリバーが斬られた時に発生した黒い粒子…一瞬だが、草薙がまるで別物になったような…

「堕ちたなら引き上げるだけだ爺さん」

 色々考えていた私に、そう言って彼は吼えた。

「うらああああああ!!」

 彼が掴んだ右手を上げる

 

 ドンンッッ!!


 何かがぶつかる音が響く。

 同時に、アーサーがゆっくり倒れて行った。

「アーサー!!」

 私は夢中で駆け寄って抱き上げた。

「終わったぞ爺さん。労働力を忘れんなよ」

 北嶋君が草薙を鞘に収めた。

 それにやや遅れ、アーサーの指が微かに動き、目が徐々に開く。

「アーサー!しっかりしろ!」

「……と、父さん、お、俺は一体…」

 私は息子を抱き締めた。

 虚ろな目をしているが、間違いなくアーサーだ。

 覚醒して理解が追い付いていない彼に代わり、私が涙を流した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 冥い、冷たい沼…

 俺は肩までその沼に浸かっていた。

 まだ口と鼻が無事だった事から、俺は辛うじて『生きて』いた。

 もし、呼吸を奪われ、『死ぬ』事になったら、俺は完全な悪魔になる。

 意識の底で諦めていた俺は、ただ流される。

 俺は弱い。

 多少腕っぷしは強くなったが、肝心の中身はガキだった頃と何も変わっちゃいなかった。

 父には申し訳ない想いがいっぱいだが、俺は此処まで。

 外では俺が始末を命令された北嶋が、剣を振って俺を斬ろうとしているようだ。

 北嶋の剣…俺の本能が怯えている『何か』によって、肉体も魂も斬られて消える。

 始末しようとした人間に殺されるのなら、それもいい。

 俺は諦めるから。

 生きる事も助かる事も、全て諦めるから…ただ、殺してくれればいい。

 外の状況をぼんやりと見て、北嶋に殺されるよう願う。

 諦めた俺だが、これ以上父に迷惑を掛ける事だけはしたくなかった。

 俺の髪が誰かに掴まれる感覚を覚えた。

 遊んでいないでもう斬ってくれ。そう願う。

 次に髪が引っ張られる感覚。

 何か攻撃か?もういいから斬ってくれ。

 益々髪が引っ張られる。

 痛い!何を遊んでいるんだ?抗う事もせず、斬られるのを待っているだけなのに?

 しかし、髪を引っ張られてでいるのは相変わらず…

 痛い痛い痛い痛い痛い痛いっっっ!!

 たまらず目を開ける。

 冥い沼、冥い空間。その中に、ちょうど俺の真上に腕が見える。

 この腕が俺の髪を引っ張っているんだ。

 何をしている?早く殺せ!

 俺の叫びを無視して、その腕は髪を引っ張る事を止めようとはしない。

 やめろ!痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!


 ズッ


 驚いて叫ぶ事をやめた。

 冥い沼から俺の半身が出たのだ。

 髪を引っ張っているのは、堕ちた俺を文字通り引き上げる為?

 そんな馬鹿な!!

 馬鹿馬鹿しく思い、首を振る。そんな事は聞いた事もないからだ。

 だが、髪を引っ張る事を止めない腕。

 痛い痛い痛い痛い痛いっっっ!痛いってば!!

 そう訴えた途端、俺の身体が沼から脱出した!!


 ええええええええええええ――――っっっ!!?


 滅茶苦茶驚いた。しかし、その驚きの次に来た痛みによって消え去る。


 ドンンッッ!!


 脳天が何かにぶつかったのだ。

 いってぇ―――――っっっ!!

 たまらず上を向く俺。

 その時俺の振動が一つ大きく高鳴る。

 今ぶつかったのは、俺の頭蓋骨の内側だと!?

 解らないが、確信があった。

 なんで頭蓋骨に?

 そう思った途端、自分の頭蓋骨の内側にぶつかった衝撃で、俺は徐々に気を失った。


 次に目を開けた時、俺に父がしがみついて泣いていた。

「……と、父さん、お、俺は一体…」

 父は俺を抱き締め、嗚咽する。

 虚ろな目で周りを見る俺。北嶋がそこに居た。

 北嶋…彼が俺を助けたのか?

 あの腕には見覚えがある。

 俺の髪をグイグイ引っ張っていた腕だ。

「…すまなかった…俺が弱いばかりに、迷惑を掛けた…」

 素直に礼を言う。

「おー、バカチンでも、ちゃんと礼は言えるんだな。ところでハゲて無いだろうな?」

 俺の頭皮の心配をする北嶋。

「やはりアレはワザとなのか…」

 悪意は感じなかったから腹も立たないが…

「だってお前、引き上げるには、どっか引っ張らなきゃならねーじゃん?」

 事も無げに言い放つ北嶋。

「ふっ、まぁ、確かに、だ」

 自然と顔に笑みが浮かぶ。

 父は相変わらず泣いている。

 泣いている父に大変申し訳無いが、何故か俺の心は晴れていた…

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