裏街道

 息が、切れる。


 肺が、痛い。


 喉まで、コーヒーが、上ってきてる。


 しんどい。


 やっぱり、魔法使ってすぐ運動するもんじゃないわ。ほんと、もう、吐きそう。


「大丈夫?」


 ……一方で、悔しいけど、あんだけ暴れられるだけあって、巨乳はタフだ。


 同じ距離、同じペースで走っておいて息も切らしてない。それどころか後半は逆に手を引っ張られてた。


 悔しい、わけではないけれど、前を走りながら振り返るえる度、その胸が弾んで見えて、腹立たしかった。千切れろよ。それで半分よこせよ。


「いやーー、やっちゃったやっちゃった。これでわたしもお尋ね者だぁねぇ?」


 人の気も知らないで、にんまり嬉しそうに笑いかけてくる。悪意を知らない子供みたいな笑顔だ。


「思いっきり追いかけてくるかと思ったけど、誰も来なかったね」


 そう言って巨乳、来た道を振り返る。


 ここは裏街道、十字路のどれか、来た道ではないから北と南と東のどれかでしょう。


 今はそのどれかは問題じゃないわ。問題はどれかなのか、だわ。


「あの」


「ねぇ」


 声が被る。


 譲ったのは巨乳の方、促されて、何を言うべきか、ここは助けられたのだから、お礼を伝えるのが筋よね。


「あ、ありがとう、ございました」


 ペコリと頭を下げる。


 劣等感はない。これは当然のことで、当たり前で、人として必要なことなのだ。


「いいよいいよ。そんなかしこまんなくても。それで何があったかも聞かないけどさ。代わりと言っちゃあなんだけど」


 巨乳がもじもじする。そのもじもじでさえ揺れる胸が憎いわ。


「わたしと一緒に行かない?」


 思い切った感じで切り出された。


 脈略もなく、いきなりで、承認しがたい申し出、というかこの巨乳は距離の詰め方が早すぎよ。


「ほら、これも何かの縁だしさ。これから先も追手とかあるかもしれないしさ。だったらね、ほら、一緒の方が便利かなーなんて」


 急に早口になる。


「それにわたしも、一人度心もとなくてさ。サーベルも一本失くしちゃったし」


 サクリと、実務的な貸しを突き付ける。何気に交渉術、この巨乳は侮れないかもしれない。


「あ! あっあ! 別にそんな、弁償しろって話じゃなくて! あのですね。手ぇ引っ張られた時にこーゆー人が仲間だと嬉しいなぁ、なんて、思っちゃいまして」


 なんか気持ち悪いこと言ってる。やっぱり胸に栄養取られすぎてるんじゃないかしら?


 ……ただ、願ったりかなったりでは、ある。


 ギルドに裏切られ、時間もなく、何よりこの巨乳はあのマミーと最後まで一緒にいた。ならば正解の、マミーがどのルートを選んだかを知っている、はずよ。


 仲間として雇いたいのはこちらも同じならば言い出された分、交渉はしやすいわ。


「……一つ、いいですか?」


「なぁに?」


「実は、ここに来たのには目的があって、あのマミーを追いかけたいからなんです。なので、もし一緒にとなるのでしたら、その、そうしてもらいたいんですけど」


 正直に話す。


 この状況でだまし討ちは無意味だし無駄でしょう。これでありならあり、なしなら別を考えましょ。


「いいよー、いこいこ。一緒に行こう! どこどこ?」


 わかってるのかわかってないのか、巨乳はあっさりと快諾した。


 この分だとわかってないんでしょう。


 マミーの追跡がどういうものか、ちゃんと教えるべきか悩んでると、巨乳が右手を差し出してきた。


「わたし、エレナ。エレナ=キャパシタ。よろしくね」


 自己紹介、満面の笑顔、こうなればヤケだわ。


 あたしも手を出すと食い気味に手を掴まれる。


「へミリア。 へミリア=カルパティアです」


 大きくて、皮の厚い、ざらついてて、だけど暖かな手ね。


「へミリア! わぁお、女の子みたいな名前だね!」


「女の子です」


 ピシリ、と巨乳ことエレナの表情が固まった。


 呼吸も瞬きも止まって、だけど握る手からは汗が滲み出てきてる。


 あぁそうだった、そうでした。


 この巨乳は、あたしを、僕と呼んでた。


 つまりあたしを男の子だと、だから色々と……待って、ひょっとしてこの女、危ないんじゃ?


「………それじゃあ、お金のお話、しよっか」


 するりと握手が離れる。


 声から動揺が隠せてないわ。それにお金って、仲間だとか一緒とか言ってなかったかしら?


 露骨な態度の変化、掌返し、嫌な事おもだっせるわ。それもさっきのギルドだけじゃなくて、これまでの人生で見てきた嫌なこと全部、どの中の新しい一つを増やしちゃったわ。


 薄幸の美少女、それを僕?


 思い出したらプチリとあたしの中で何かが切れた。


 腰の後ろからずっと重かった財布の皮袋一号を引き外してエレナのでかい胸へ、全力で投げつけてた。


 命中、その衝撃で波紋ができるほどの巨乳、ぽとりと落ちる財布をキャッチして、エレナはぱちくり瞬きした。


 その目はあたしを見て、それから財布を、それから揺らして重さを確認して、またあたしを見た。


「それが前金よ。成功報酬でその三倍は出すわ。依頼内容はあたしをマミーの本拠地ホームまでの諸々のエスコート、戦闘から衣食住全部よ。そのための準備金は別途で出すわ。どう!」


「えっと」


「だまらっしゃい! 断るならそれ返して! このまま別れても運が良ければあいつらあなたの顔覚えてなくて罪に問われないかもしれないわねー! だったらサーベル一本の損失で済むわね! でも! もし! あたしについてくるなら、終わった後自首して、あなたはどこかでのたれ死んだことにしてあげる。どうするの。決めるなら早くして。断るなら財布返して!」


 感情のまま捲し立てた。言いたいこと言ってやった。はっきり言って財布の中身は安くない。具体的な金額は数えてないけど、あのギルド連中の行きの分の旅費は超えてる。


 一個人に払うなら破格、かなりの無駄遣い。それでも僕だなんだと離れられるぐらいなら、金額で引っ叩いて言うこと聞かせた方が遥かにマシだわ。


「…………えーーと、金額は、うん、いいけど」


「なら交渉成立ね」


 反論は聞かない。


 今度はあたしが、財布を持ってないエレナの左手へ手を伸ばし、掴んで引っ張って思い切り力を込めて、握手する。


「よろしく」


 今度がしっかりと、目を見て言ってやった。


「……よろしく」


 恐る恐る握手し返すエレナ、それだけでも胸が揺れた。

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