Episode.16 この学園に『誘拐』という存在があったら

 すっかり止まった鼻血。それを確認すると俺は安心し、もう少しだけまったりとしていようと思った。

 みんなからは「早く戻ってこいよー」なんて呼びかけてくれているが、もう少しだけ休ませて欲しい。

 もっと気楽になりたくて、仰向けで大の字になって横になる。

 今日は日差しが強い。日焼け止めを塗っていないと、こんがりと焼けてしまいそうだ。

 

 五分ほど自分の時間を楽しんだ後で、俺はみんなの元へ駆けた。そして盛大に飛び込む。

「きゃー!もー!危ないでしょー!」

「ちゃんと考えてるっつーの!」

「鼻血は止まったのかしら?」

「あぁ。心配かけて悪かった」

「隼斗ー。私に何か言うことあるんじゃないのー?」

 リリが上目遣いでこちらを見ている。いつの間に俺の元まで来たんだよ・・・・・・。

「ああ、ありがとよ」

「心こもってないからもういっかーい!」

「めんどくせーなー・・・・・・ったく・・・・・・ありがとうございました」

「それでよーし♪」

 ノリノリで俺の元を去っていく。何だか一本取られた気分でさっきリフレッシュしたばっかりなのに、混濁した気分になってしまった。

 まーいい。それも全てこの水に流してしまおう。

 それからしばらく、俺らは川の中で遊んだ。途中、アリオスの足がつって大惨事になったが、何とか凌ぎきり、再び騒ぎ出したなんてこともあった。

 

 「ふぃー、疲れたー」

 長時間水に浸かっていればそりゃあ疲れる。みんなも同じようで、陸に上がり、ぐったりしている。

「そろそろ飯食うかぁ?」

 時刻石を持ってきていないので今が何時なのか正確にはわからないが、日が真上にあるので、そろそろお昼時だろう。腹時計も昼を指している。

「そうだな。んでーどこで食うんだ?」

「ここに決まってるやろー!」

 ローレルが決定事項のように言い切ってくる。

「ここ?昼ご飯持ってきたってことか?」

 その疑問に答えたのはレナだった。

「はい。ちゃんと持ってきましたよー」

「お、てことは中身は・・・・・・」

「サンドイッチですよ」

「うぉっしゃあぁぁぁ!」

「ちなみに、これを作ったのは私たちだけでなく、サリアとシャイターンも作ったんですよ」

「ふん!私が作るんだから美味しいに決まってるわ!」

「そんなにバー上げなくても・・・・・・」

 この世界ではハードルのことをバーと言うらしい。シャイターンの今の語感からして現実世界で言う、『ハードルを上げる』と同じだろう。

 シャイターンは心配そうにサリアを見ているが、当の本人はそんな心配などお構い無しに胸を張っている。相当自信があるらしい。

「じゃあ早速サリアのから頂こうかな」

 サリアとやり取りをしている間にレナが手際よくサンドイッチを枯れ草のようなもので編まれたカゴから取り出して並べていた。丁寧に誰がどれを作ったのかなどの補足もあった。

 サリアの作ったというサンドイッチを一つ手に取り、口に放り込む。一口サイズになっていて食べやすい。これはサリアの美味しく、気軽に食べてほしいという思いが込められているのだろう。

 そのことを踏まえながら味の方もしっかりと感じ取る。中身は・・・・・・なんだこれ?

「ん?中身は何入ってるんだ?」

「ふっふーん、聞いて驚け!中身は何と・・・・・・イチゴ!」

 ちゃっとした間を作って重大発表でもするのかと錯覚してしまうほどの気迫で言われた。

 それにしても、道理で甘いわけだ。生クリームの中にイチゴをふんだんに詰め込み、それをパンでサンドした形になっている。・・・・・・正しい作り方は違うが。

 それからさらに三つほど摘んでから他のに目をやる。と言うより、反射的に隣のサンドイッチに目が行ってしまった。

「それで・・・・・・この原型を留めていない物体は誰が作ったんだ?」

「あー・・・・・・それね・・・・・・」

 やっぱりそっちにいくかと言った具合でレナは苦笑している。

 俺が指摘している『物体』は、見るも無残な姿で、パンがどれなのかすら判別できない。恐る恐る顔を近づけて『物体』を見ると、どうやらピーナッツバターの様なもので塗りたくられているようだった。

「なるほどー、これならパンの耳がついてても違和感ないわな」

 耳がないパンなど聞いたことがない。──『物体』の製作者はパン丸々一枚を使って中身を挟んでいるようだ。

 冷静になってここまで理解できたが、これ以上は不可能だ。こうなってしまった以上、次に訪れるのは憤慨だ。

「誰だよこんな壊滅的な芸術作品を作るのは!サンドイッチを穢すな!」

「ひいっ!」

 肩を跳ね上げて悲鳴を上げたのは、さっきから座ってサンドイッチを頬張っているサリアの後ろで小さくなっていたシャイターンだった。それだけで全てを理解した。全てと言っても一つだけだが。

「シャイターン」

 名前だけ告げると、再び肩を跳ね上がらせた。そして、古びたロボットのように一つ一つの動作がカクカクしながらも俺の前まで来た。たったこれだけの距離なのにここに来るまで一分は要している。

「これは何だ」

 端的に質問する。

「え、えっとぉ・・・・・・その、怒ってる・・・・・・?」

「いいから答えなさい」

 シャイターンの心配など今はどうでもいい。それよりもこの惨状になってしまった原因を知る必要がある。

「え、えっとぉ・・・・・・そのぉ・・・・・・」

「焦れったいな、早く答えなさい」

 もじもじと女々しくしているのが今は腹立たしい。こんなことでキレる俺もどうかと思うが。

「そ、そのぉ・・・・・・」

 そこでゴクリと唾を飲む音が聞こえた。それほど大きな音だった。腹を括ったのだろう。

「ぴ、ピーナッツバターサンドイッチです!」

「てめぇ!言いやがったなー!」

 そこで今まで堪えていた堪忍袋の緒が切れた。怒りが爆発する。これをピーナッツバターサンドイッチと認めたくないからだ。

「なーにがサンドイッチだぁ!?こんなのただのピーナッツバター塗って二枚合わせただけだろぉ!?」

「それをサンドイッチと言わないの!?」

「リリは黙ってろ!今は俺らの話だ!」

「あぅ・・・・・・」

 しゅんとしてしまったリリなどお構い無しに話を続ける。

「だいたい何で片面にパン一枚も使うんだ!?俺の父ちゃんの真似でもしてるのか!?」

 父ちゃんの朝食はスクランブルエッグをトーストに挟んだものと決まっていた。飽きないのだろうか?

 いいや、今はそれどころじゃない。この状況を何とかしないと。

「しかもパン裏表両方に塗ったら意味ねーだろ!?どうやって食えって!?」

 気に食わない。何がって?この周りの暖かい視線がだ。微笑ましいものを見るような目つきが俺をさらに沸騰させる。

「おまえらも何か言ってやってくれよ!」

「おぉっ、俺らに流れ弾かぁ。まー頼まれたからといって俺らは何もしねぇけどなぁ」

 同意見というように他のみんなも首肯する。サリアは一瞬躊躇っていた様子だったが、それは一瞬のことで首肯していた。友達として──親友として心配なのだろう。

「ちょっとお手洗いに行ってくるわ」

「おぅ、気をつけてなぁ」

 そんな二人のやり取りなど耳に入ってこなかった。仮に入ってきてたとしても、確実に流していただろう。夜空は無言でこの場を立ち去っていった。

「リテイクだ!今度リベンジの機会を与える!」

「うぅ・・・・・・」

 怒声を上げながらも、俺は手をベトベトにしながらパンにかぶりついている。これはこれでありかもと思ったけど、食事中に手が汚れるのは嫌いなので、やっぱり無しだ。もうちょっと味のアクセントも欲しいし。今後に期待ということで今回は保留だ。


 「あー、おしぼりとかねーのか?」

「おしぼり?手拭きならありますよ」

 そう言い、レナは後ろを向いてバスケットの中を漁る。「あった」などと呟いてからこちらに振り向く。

「はい、どうぞ」

「おう、サンキュな」

 手渡され、それで手を拭く。布のようなものでできていて、微かに湿っている。

 汚れが綺麗さっぱりなくなるまで丁寧に拭き、それを終えると次のサンドイッチに目をやる。──夜空が消えたことになんて気づけるはずがない。

「じゃあ・・・・・・これは誰が作ったんだ?」

「それは私が作ったやつー。感想とか聞きたいなー」

 相変わらずウミの喋り方は棒読みだが、やはり不安なようでちらちらとこちらを横目で見ている。

 その視線を気にしつつ、口に運ぶ。レタスのシャキッという新鮮な音が響く。・・・・・・そんなに大きくはないのだが。

 どうやら典型的なサンドイッチのようだ。絵本とかに出てきそうなサンドイッチ。野菜たっぷりのサンドイッチだ。

「これは朝に食ってみたいなー。でも、味は完璧。非の打ち所がねー」

「そうー?それならよかったよー・・・・・・ふぅー」

 誰にも気づかれないようにため息をついたつもりなのだろうが、丸聞こえだ。なんせ俺は今、ウミの目の前にいるのだから。

 まー聞こえなかったふりをして置いた方が身のためだろう。いつどこで本性を現すかなどわからない。──彼女の本性というのがどういうものなのかすらわからないでこんなことを言うのはあまりにも無礼か。

「ちょっとー!ウミのばっかりじゃなくて、私のも食べてよー!」

「おっと、わり、ちょっとぼーっとしちまってた」

 少しの間だけに感じていたのが周りでは予想よりも長く経過していたらしい。その間、俺はひたすらウミのサンドイッチを口に運んでいたとか。

「気に入ってもらえるのは嬉しいんだけどー・・・・・・ちょっと照れるよー」

 俺が食べ続けていたサンドイッチの製作者は頬を少しだけ紅潮させて俺の目を真っ直ぐに見据えている。

「いや、最後のどう考えても嘘だろ」

「バレちゃったかー」

「いやいやいや!本気で照れてるならそんなに見つめれないからね?もう少し演技上手になろうね?ほっぺ紅くしてるのは合格だけど」

 とりあえずドキッとした点については素直に褒める。彼女も後ろを向いてガッツポーズをして喜んでいるみたいなので結果オーライだ。

 ふと、そこで違和感を感じた。

 ──いつものツッコミがない。

 周りのを見渡す。──いない、いないいないいない……どこにもいない。

「あー、夜空ならトイレに行ったぞぉ」

 トイレ。その一言で俺はその場に膝から崩れ落ちた。手に持っていたリリ作のサンドイッチも地面に落ちた。

「おい・・・・・・アリオス・・・・・・この前のこと忘れたとは言わせねーぞ」

「・・・・・・」

 当の本人はさっきまでの調子者じみた態度から一変、沈黙を守っている。でも、彼の心には響いているはずだ。

「おまえは・・・・・・また同じ道を行くのか・・・・・・?前回は仕方なかったけど、今回は未然に防げるんだぞ?今ならまだ間に合うんじゃ・・・・・・」

「もう遅い」

 その一言で、二度目のあの結末を迎えてしまうのかという暗い気持ちで心は支配された。暗い夜空に光り輝く星が見えないほど、そこは暗かった。絶望。

「もう・・・・・・あんな気持ちにはなりたくねーんだ」

 思い出されるリリと過ごした日々。彼女の豹変からの記憶喪失。否、記憶改ざん。

「どれくらい前に行ったんだ」

「二十分くらい前かなー?」

 俺らの気持ちを全く理解していないリリは軽い調子でさらに希望までの道のりを遠くする。

「ここから一番近いトイレは!?」

「んー、走って三十秒くらいかな?」

 なら、既に戻っているはずだ。携帯電話などの娯楽道具がないこの世界でトイレにこもって何かをする意味なんて皆無だ。

「じゃあその場所まで連れていってくれ!」

「そこの道を真っ直ぐ行けば見えてくると思うよ?ところで、何するつもりなのさー?」

 今はそんな戯れ言に構ってる余裕などない。俺は返事一つせずに走り出す。

 一体夜空はどこへ行ったのだ・・・・・・。



 ○○○



 意識が・・・・・・曖昧だ。耳鳴りもする。

 目の前がぼやけ、ただ体が上下に荒く揺れているのだけはわかる。

 腰に巻かれているのは何だろうか。朦朧とした意識の中、懸命に現実を見ようとする。

「・・・・・・腕?」

 心の中で呟き、私は今、どうなっているのかを理解する。

「あなたは・・・・・・誰」

 しかし、その声は出そうとしても喉で引っかかり、口から出てこない。喉に触れてみると縄のようなもので軽く巻かれていた。横暴なやり方だ。

 記憶にあるのは・・・・・・

「トイレに行こうとしたところにいきなり後頭部に衝撃が加わって・・・・・・そこからは覚えてないわ」

 こうなってしまった経緯を頭をフル回転させて思い出す。綺麗に思い出すことができたのは、不幸中の幸いだ。

 つまりこれは──

「──誘拐」

 それを悟った瞬間、再びさっきの衝撃が後頭部に加わり、目の前が一瞬にして真っ暗になった。

 

 ──お願い、助けに来て。隼斗。

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