Episode.5 この学園に『休日』という存在があったら

 しばらくして、この学園にアリオスの言う、『休日』という日がやってきた。

 正直、何も無いと言われているこの世界の休日なんて退屈そうでいい気分では無かった。携帯とかゲーム機とかテレビその他もろもろ無いわけだし。

 ということで、俺は今日一日寝ていることにした。やっぱり休日と言えばゴロゴロするかゲームするかの二択に限る。

 時計の色を見ると水色。午前六時から九時までの色だ。

 ちなみに、この世界の時計は石で出来ていて、時間帯によって色が変わるという仕組みらしい。ザ・異世界という感じで実にいい。

 細かく説明すると、石の色が示すのは午前六時から九時までが水色で水の刻。午前九時から正午までが緑色で草の刻。正午から午後三時までが赤色で炎の刻。午後三時から六時までが茶色で土の刻。午後六時から九時までがピンク色で桃の刻。午後九時から午前零時までが黒色で闇の刻。

 通常、この学園にいる生徒はこの闇の刻にはもう寝なくてはいけなくなっている。しかし、俺ら特待生は緩くなっていて、オールしても校則違反にならないのだ。

 話を戻して、午前零時から午前三時までが紺色で丑の刻。ここだけは現実にある時間を用いっていた。そして最後。午前三時から六時までが白色で始のしのこく

 とまぁここまで長ったらしく時間の話をしてきた訳だが、今の時刻は水色と緑色が混じった感じなので恐らく午前八時ころだろう。

 もちろん、俺は寝込むことにしている。

 布団に深く潜って再び安眠につこうとする。

 少しずつ意識が遠退き始め、今俺は何をしているのかわからなくなった刹那だった。

 バンバンバン!と扉を強く叩く音によって俺は現実世界に無理やり引き戻された。

「誰だよ俺の安眠の邪魔を・・・・・・する・・・・・・やつ・・・・・・・・・はー!」

 怒り狂って俺は気付かぬうちにベッドから起き上がって扉の前まで来ていた。そして、最後の部分で俺は勢いよく扉を開けていた。

「なんやねん、そんなに怒ってー。うち何か悪いことしとったー?」

「あのな・・・・・・」

 眉をぴくぴくさせながら俺はそいつを睨みつける。

 そこにいたのは体中毛むくじゃらで、瞳の色はおうど色。申し訳程度に八重歯が顔を出していて可愛い。クルンと巻かれた尻尾。サラッとした髪が女の子らしさを際立たせる。

 アリオスの妹、ローレルだ。

「てか、何でおまえが俺の部屋に来るんだよ!」

「いっやぁーなんか今日チョー暇でなー!隼斗と親交を深めるために、ちょっと遊ぼっかなーって思って!」

「それならこの前ゲームしただろ...」

「あれは一方的に潰しただけやから遊びなんかじゃないねん!しかも、親交が深まる余地なんてこれっぽっちも無かったやん!」

「おまえ、俺の一番新しい黒歴史掘り返すのはやめろ」

「んー?黒歴史?よくわからないけど、面白いってことはわかるわー!」

 いつも部室で寝てばっかりいるローレルなので、今この場にいるローレルが本物なのか怪しく思えてしまう。朝からこんなに明るくて社交的なローレルなんて見たことないよ。

 俺は涙を流しながら心の中で呟いた。今の涙は悔し涙だ。どうやら俺は今日、怠惰に過ごせないらしい。

「そんで、俺の部屋に来てなにするんだよ。遊ぶとか言ってたけど」

「ふっふーん。実はー、この部屋なんかには興味なくて、ちょっと遠くまで散歩に行きたいなーって!それに、今日は今年一年で一番気持ちいい日だしなー!」

「それならアリオスと行けばいいじゃないかよ」

「兄ちゃんとは嫌というほど散歩したからもういいの!そんなことよりも、新人君の隼斗のこと、もっと深く知りたいからな!隼斗もあたしのこと、もっと知りたいやろー?」

 うっふーんと言わんばかりの姿勢で言ってくる。悪いが、幼女属性など持ち合わせていないので惚れることも理性が崩壊することもない。

「ちょ、隼斗ー?なんか顔チョーキモいよ!」

 どうやら体では嘘をつけないらしい。ニヤニヤが収まらなかった。

「心にグサッと来ることケラケラ顔で言うなー!」

「あーっはっはっはー!」

 ローレルはいかにも愉快そうに笑う。俺にとっては愉快どころか不愉快なんだが・・・・・・。



 ○○○



 「飯食ったり顔洗ったりするから、中入って待ってろ」

「はいよー!」

 ローレルは嬉しそうに俺の部屋に入ってくる。この前来たばかりなのにこのはしゃぎようである。

「あ、そうそう!あたしね、隼斗、朝ごはんまだだろうなーって思って、ご飯持ってきたよー!」

 珍しく関西弁らしきものが入っていない、標準語だった。普通に話せるならそうすればいいと思うのに、実に勿体ない。

「おまえ、俺のことなんだと思ってるんだよ」

「んー、役立たず?」

「せめて引きもこもりにしてくれ」

「へ?引きこもり?よくわからへんけど、まーそれでいいやー!」

 またケラケラと笑いながら言ってた。おっさんかと疑ってしまう。

「んで、何作ってきてくれたんだ?」

「じゃーん!あたし特製の、挟みパンだよ!」

 挟みパン。一言で言い表すと、サンドイッチだ。

「おー、これまた俺の大好物を。どこでこの情報仕入れた?」

「いやー、それがこれはあたしが単純に作りたかったんやなー!」

「なるほど・・・・・・おまえは隼斗ペディアになれるぞ」

「なんやそれ?」

「まー気にしないで。いただきまーす」

 パクリと一口。挟みパンとかいうサンドイッチの中身は至ってシンプルで、レタスっぽいのとトマトっぽいのの二種類だけだった。それなのに、美味い!

「なっ、これ美味いな!何使えばこんなに美味くなるんだ?」

「ふっふーん。美味さの秘訣は、愛情だぜぇい!」

「どこで覚えたその言葉・・・・・・」

「あーっはっはー!」

 俺が感動しながら食べているところに甲高い笑い声だけが響いた。

 「ごちそうさまー。さて、それじゃあ顔洗って歯磨くかー」

 この世界に歯ブラシとかいう便利アイテムは存在しない。代わりに、太い木の棒の先にさらに細くした木の棒をつけてあるのを使っている。その木は現実世界の木と比べてかなり頑丈だと思う。もちろん歯磨き粉なんて無い。

 一通り俺は準備を終わらせると、

「うし、おーいローレル、準備終わったぞー」

「んー・・・・・・にゃ?お!終わったかー!待ちわびたぞー!」

 どうやら寝ていたようだ。そんなに眠いなら行かなきゃいいのに。

「無理して行かなくてもいいんだぞ?」

「いいのいいのー!ちょっとした休憩だっからー!それより、はよ行こやー!」

 いきなり関西弁っぽくなるのか・・・・・・。

「へいへい。先導よろしくな。」

「おう!まっかせときなー!」

 何だか怖い。これほど不安になったのは生まれて初めてかもしれない。

 俺は部屋の鍵を閉めると廊下の突き当たりにある小さな背中を追いかけた。



 ○○○



 いつもはこの寮の出入口を真っ直ぐに進んでいるところを今日は右に曲がっていった。

 そしてすぐに右に曲がって寮の裏側に来た。

 そこからしばらく歩き、寮が完全に見えなくなったところで今度は左に曲がった。

「ところで、その目的地には何分くらいで着くんだ?」

「んー、三十分くらいかなー」

「さ、三十分・・・・・・」

 長すぎる。そんなに歩いたら死んでしまうかもしれない。

「ちょ、ちょっと長すぎませんかねー?」

「大丈夫やって!ここからは真っ直ぐ一本道やから!」

「それならいいんだけど・・・・・・」

 俺はちょこちょこ曲がるのが嫌いなタイプだ。何事も、進むなら真っ直ぐがいい。

「それで、散歩って言ってたけど、やっぱり何かしにいくんだろ?」

「勘のいいガキやのー。ま、せやなー!」

「ガキはどっちだよ...」

「おおっとー、あたしをバカにしたら痛い目見るよ?」

「それはその時でいいよ」

「それが今だったら?」

「土下座するので許してくださいっ!」

「はっはーん、それでええんやー!」

 よく分からないが、ローレル含む獣族は何か恐ろしい気配がする。何かを隠しているような。それを体感したくないとは思わないが、進んで体感しようとも思わない。

 獣族は心が広いと言うらしいが、その広さが逆に怖い。その心が一気に狭くなったら・・・・・・本当の獣族の力が解放された時はこの学園は終わってしまいそうな気がする。ここは大人しく波風立てないように接するしかない。

 しかし、さっき言ったとおり獣族は心が広い。よほどのことでなければ大丈夫だろう。

「ほな、まったりほのぼのと行こかー!」

「は、はーい!」

 噛みながらも、威勢のいい返事をして機嫌を取る。俺を少しでもいいやつだと思ってほしいからだ。

 今日の天気は快晴。時折、気持ちのいいそよ風が吹き抜けていく。

 周りは草花が生い茂っている。日本でよく見かける背の高い外来種の草花ではなく、昔から日本にあった背の低い草花だ。

 さらっと流していたが、ローレルの言う、今年一番気持ちいい日だというのも納得がいく。こんな日に引きこもっていてはもったいない。

 花の香りに誘われながら俺とローレルは一本道を二人きりで進んでいった。

 そう言えば、女子と二人きりでお出かけなんて初めてだな。



 ○○○



 しばらく俺らは無言で歩いた。ただ前に進むことにだけに集中していた。

 そんな中、一つだけ気になっていたことがあった。

 ──誰かに見られている気がする。

 周りに隠れれる場所なんてないからそんな訳ないだろうけど、なんとなくだ。なんとなく見られている気がする。

 周りをキョロキョロと見ていると

「どないしたん?」

 と、ローレルに気づかれた。

「い、いやー。誰かに見られている気がするなーって・・・・・・。気のせいだと思うからローレルも気にすんな」

「それならいいんやけど」

 ローレルは何か言いたげだったが、やっぱりいいやと言わんばかりにフンっと鼻を鳴らして前に向き直る。

 それから、俺らは再び無言で歩いた。

 これって俺とローレルが仲良くなるためにしてるのではないのか、この散歩は。

 一人で頭を抱えている俺。その隣で微かに笑い声が聞こえた気がしたが、やっぱり気のせいだったので特に気にすることもなく流した。



 ○○○



 ほんま、隼斗の考えてることってわからんなー。

 彼がこのネオ学園に来て早一週間が経とうとしている。それなのにあたしは隼斗のことを完全に把握出来ていない。

 あたしは誰か知らん人でも、一回会ってしまえばわかってしまう能力があったんや。それが獣族の一つの能力でもあるんやけどな。

 そして、この能力を隼斗はまだ知らない。隼斗だけでない。リリやシャイターンだって知らない。唯一わかっているのはあたしと同じ獣族、そしてあたしのお兄ちゃんのアリオスくらいや。

 そんなあたしたち獣族の能力、透視のクレアボイエンスアイズや。

 隼斗はその能力の気配を感じていた。正直、誰かに見られているって言われた時は焦った。

 真面目な話になるが、あたしたち獣族含め、悪魔、ヴァンパイア、エルフ、そして亜人族はそれぞれ特有の能力を持っとるんや。兄ちゃんは隼斗に亜人族は何の能力を持っていないって言ったけどあれはハッタリや。彼らの能力は未知数だからや。

 エルフの能力は隼斗が初めてあたしたちに会ったときにしていた呪術を対象に植え付けることや。

 ヴァンパイア族は敵の能力を大幅に下げる能力や。

 悪魔族は敵の余命を大幅に短くすることや。つまり、悪魔族が一番の脅威ってことやな。

 最後に亜人族。正直言うーて、亜人族の能力はわからん。隼斗と夜空が初めての亜人族やからな。

 あたしの見た目は幼いけど、結構頭はいい方や。後先考えて行動するのがあたしの固有能力や。

 それにしても、隼斗はどーやってあたしの能力の気配に気づいたんや?この能力を見破れたのなんて今まで誰一人としておらん。それなのに、亜人族の隼斗は見抜いた。こりゃあ兄ちゃんに言う必要があるかもなー。

「なー、隼斗。あんた、何か隠してない?」

「なっ、いきなりなんてこと聞いてくるんだよ。隠すも何も、俺に隠すものなんか一つもねーよ」

「そか、それならいいんやけどな・・・・・・」

 おっと、いかんいかん、つい睨んでしもうたわ。ここは笑顔で機嫌取らへんとな。

 なるほど、もうちょっと調べる必要があるかもなー。ちょっとあの道を曲がって遠回りして行こか。



 ○○

 


 なんだか考え込んでいる様子だった。そして、時々俺の方を見ては前に向き直る。

 聞いてみようと何回も思ったが、かなり深く考えている様子だったので聞けなかった。

 すると

「のー、隼斗ー。あんた、なんか隠してない?」

 なんて聞かれたので、咄嗟に、

「なっ、いきなりなんてこと聞いてくるんだよ。隠すもなにも、俺に隠すものなんか一つもねーよ」

 と、嘘の返答をしてしまった。

 心当たりはある。何かと言われれば考えるのに軽く十分はかかってしまいそうだが・・・・・・。

「ほれ、どこ見て歩いとるんや。ここ曲がるぞ」

「お、おう・・・・・・」

「ん?どないしたん?」 

「いや、なんでもねーよ」

 なんだか嫌な予感がする。

 一本道の途中にぽつりとある小道へと進んでいく。

 歩いているうちにだんだん薄暗くなってくる。周りに高い木が生い茂っているからだ。

 先ほどの道からさほど離れていないのに、この道だけなんだかあの道からどころか世界から切り離された様な雰囲気だ。

「な、なーローレル。道、こっちであってるのか?」

「なんや、怖いんかー?」

「べ、別にそんなんじゃねーよ!」

「そんなに強がらんくてもいいんやでー?」

「こ、怖くなんかねーしー!」

「そかそか、さっすが男の子や!」

「おまえの方が幼いんだけど・・・・・・」

 また無言。普段の俺は無言が大好きだ。しかし、今の無言は危ない無言だ。長年の経験が警鐘を鳴らしているからわかる。

 さっきまで風によってざわめいていた木々の音が、今は完全に静まり返っている。嵐の前の静けさだ。

 早く逃げないと。

「ローレル!なんか嫌な予感がするから早く戻る・・・・・・!」

 最後まで言いかけたセリフをローレルの容姿によって永遠に聞けないものとなった。

 体中毛むくじゃらなのは変わりない。しかし、その体のサイズが異常だ。さっきの三倍はある。

「さー隼斗ー。本当のことを、話してもらおうかー!」

 叫びながら俺めがけて突進してくる。

「何でこんなことになるんだよー!俺は何も隠してねーよー!」

「あたしの能力がそう言ってるからだよー!何を、何を隠しているー!」

 完全に正気を失っている。こうなっては獣族のような化け物は手のつけようがない。

 俺はとりあえず、今来た道を全力疾走で戻っていった。

 多分、追いつかれるのは時間の問題だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る