うらぶれた故郷の村

 終わりがないように見えた直線道路に再びカーブが現れた。道路の周囲はいつの間にか山に囲まれている。


 車は給油のためにスタンドに停車した。


 俺たちはいったん外に出た。木の匂いと言うか、土の香りと言うか、都会にはない空気を感じる。周囲に見えるのは山だけ。空は赤く染まり始めていた。


 同じ姿勢で座っていると疲労が溜まる。俺は背伸びをして深呼吸した。深く吸った空気にタバコの匂いが混じっていた。振り向くと、藤堂がマルボロのメンソールを吸っている。迷惑な女だ。


 メンソールを根元まで吸う女は珍しい。完全なニコチン中毒。車の中で吸わないだけマシだ。実家が車のディーラーだけあって、与沢は車の中ではタバコを吸わせない方針らしい。


 スタンドを出てから五分もしないうちに、車は高速道路から一般の車道に下りた。周囲はもう暗くなっている。


 道路の両脇には木が立ち並び、その向こうには畑が広がっている。民家はぽつぽつとある程度。すれ違う車はほとんどない。


 俺たちのワゴン車は、一般道に下りてからも、かなりの高速で走り続けた。上り坂に入ると、民家の明かりは見えなくなった。周囲は完全な闇に包まれた。


「ヤバイ。電池切れた」


「俺のスマホだぞ。いい加減にしろよ」


「もうすぐ着くんだからいいでしょ」


「ねえ、エイミー、あとどのくらい?」


「駅から七時間ってことは、着くのは十一時。時計を見れば、あとどのくらいかわかるだろう?」


「俺はエイミーに聞いてるんすよ」


「あと四時間です」


「マジか。腹減った」


「着く前にどこかで食べますか?」


「私はイヤ。中華はムリ」


「コンビニとかないの?」


「コンビニみたいな店ならあります」


「じゃあそこに寄ってよ。なんか食えるものあるっしょ」


 車は山間の細い道を走っている。売店などあるはずがない。


 一時間くらい走ったところで、車はようやく小さな集落に入った。集落と言っても民家の頼りない明かりがいくつか見える程度だ。


 その明かりの方向にしばらく走ると、店舗らしきものが集まる一角が見えて来た。


 ワゴン車はその手前で停車した。


 俺たちは外に出た。空を見上げると満天の星。さすがの中国でも、この辺りの空気は澄んでいるらしい。


 エイミーは看板に「小売部」と書かれた店の方に歩いて行った。ガラスは汚れていて中はよく見えない。明かりは低い天井からぶら下がっている裸電球だけだ。


「あれがコンビニかよ。ヤバくない?」


 中は畳二畳くらいのスペースしかなかった。


「私はムリ」


 藤堂は店の中に入らなかった。


 品揃えは貧弱だった。商品の大半はカップ麺。その他に国産メーカーの菓子類が並んでいる。ポテトチップ以外は得体の知れないローカルの菓子だ。干豆腐、辣条などと書かれた酒のつまみらしきものもある。そういう食べ物は、さすがに買う気がしなかった。


 ありがたいことに、コーラとスプライトはたくさん並んでいた。ただし冷えてはいない。


 与沢はポテトチップとコーラを買い、俺はスプライトを買った。


 ワゴン車は再び夜道を走り出した。


「エイミーの故郷って、さっきのところと同じじゃないよね?」 


「もっと開けてます」


「だよね。あんなところだったらマジ、ヤバすぎ」


 与沢はポテトチップを食いはじめた。文句を言っていた藤堂も一緒に食っている。


 山の中の暗い道をワゴン車は疾走した。


 これだけ山深いところなら覚醒剤を密造しても摘発は難しいだろう。捕まる可能性が低いから、気軽な気持ちで製造するやつらがいる。難しいのは運搬と販売だ。そのリスクを取れるやつだけが稼げる。


 途中、人家が数件くらいの集落をいくつも通過した。そういうときだけ人家の窓からぼんやりとした光が見える。それ以外に見える人工の光は全くない。ヘッドライトの先以外は完全な闇だ。


 十時を過ぎたころ、ワゴン車は小さな町に入った。道路の左右に店舗が並び、五階建てくらいのビルもいくつか建っている。


 明かりらしきものはどこにも見えず、町全体が寝静まっているように見える。


「着いたのか?」


「違います。ここはジャッキーの故郷です」


「ここが?」


 何の変哲もない田舎町。ジャッキーが生まれ育ったのはこんな所なのか。


 俺は写真を撮ろうと思い、スマホを取り出した。いつかジャッキーに見せて驚かせてやろうと思ったからだ。


 スマホの電池は切れかかっていた。昨日、充電をせずに寝たのがマズかった。いつ電池が切れてもおかしくなかったが、何とか写真を撮ることができた。




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