第7話 一人と二匹

 エイダは、とある国の国王の娘として生まれた。王は、生まれたばかりのエイダ放つ強すぎる魔力に不安を覚えて居た。強すぎる魔力は、生まれたばかりの赤ン坊には、負荷が強すぎる。運が悪ければ、その負荷に耐え切れずに死んでしまうかもしれないと、王は、心配で仕方が無かったのだ。そして、王は、この事を魔法ギルドに相談する事で解決策を探し出そうと考えた。魔法ギルド、それは、魔力を持ち、魔法を扱える者ならば誰もが門を叩く事になるギルドである。王自身も強い魔力の持ち主であった為にその魔法ギルドに加入していた。この魔法ギルドは、入る者も出る者も拒まない自由なギルドだが、国や国家の争いには、手を貸さないと言う不文律な掟があった。その為、魔法ギルドの加入者は、身分を問わず、各国の国王から貴族、平民にいたるまで国境を越え様々な人が集まって、魔法の研究や知識の集まるギルドになっていた。当時の魔法ギルドの長であったバルド帝国皇帝ラーは、国王の相談に親身に対応したのである。皇帝ラーは、国王に娘エイダをバルド帝国で治療する事を納得させ、大掛かりな結界に包まれた塔の中にエイダを押し込めた。その事により、第一位の王位継承権を持つ娘が人質に取られたかたちになり、国王の国は、バルド帝国の傀儡になるしかなかった。






 エイダは、激しく苦しみながら、人外の姿へと変質してしまった。

「あははははっ、すごい凄いよ。彼女は、とても才能があったんだね。こんな姿に変質するなんてさ」

静寂なる暴風は、少し興奮した様子で、変わり果てたエイダの姿を眺めた。

「チッ……よりによって……ドラゴンだと……」

ラファエルは、巨大な漆黒のドラゴンの姿へ変貌したエイダを見て、冷や汗を浮かべる。

その時、足止めをくらっていたラファエル達の前に城の兵士達が集まり出していた。

最初の50人程の兵士が集まった所で、その後ろから号令が掛けられた。

「居たぞ! あれが目標である!! あのドラゴンを倒せ!!」

その号令を叫んだのは、部隊長のロディーだった。

ロディーのその叫びが合図となり、兵士達が一斉に漆黒のドラゴンへと飛び掛かる。

だが、兵士達の剣は、ドラゴンの固い鱗に阻まれ、傷一つ付けられなかった。そして、ドラゴンの反撃である右腕のひと薙ぎで兵士達がバタバタと息絶えていく。

そんな光景を見て居たラファエルは、兵士の指揮をしていたロディーに飛び掛った。

「今すぐに止めさせろ!! 犠牲が増えるだけだ。あれを見て、まだ戦う気か?」

「言ってくれる。我々は、国を町を守る義務がある。何もしないわけには、いかんのだ」

ロディーが冷静にそう答えるとラファエルは、ショートソードを構え、ロディーの鼻先に突きつけた。

「俺の言っている意味が理解できてないようだな。ここは、俺に任せろと言っているんだ。むやみに犠牲を出す必要は、ない。俺なら、あれを倒せるかもしれないからな」

「言ってる意味が解からないな。お前一人で何が出来ると言うのだ」

「俺は、人じゃない。この意味が解かるか?」

「……、そうか。お前は、ハイ・エルフ一族の……」

「そうだ」

「いいだろう。5分だ。5分以内にアレを倒せ」

「5分だと?」

「約5分後に陛下直属の魔戦部隊が到着する。それまでに倒せなければ、彼らが手を下す事になる」

「そう言う事か。5分以内にかたをつけてやる。それから、俺がアレをなんとかしたら、俺達を見逃せよ」

ラファエルは、一方的にそう言って、暴れているドラゴンの方へ身を走らせた。





 突然街中現れた巨大で黒いドラゴンの姿に街に住む人達は、大混乱に陥って居た。そんな街の人達を城の兵士達は、直ぐに避難出きる様に誘導を行っている。漆黒のドラゴンは、家や建物を踏み潰し、そのブレスは、触れるモノ全てを腐敗させた。ラファエルは、近くに居た三毛猫……静寂なる暴風の首根っこを掴み上げて、自分の顔の位置に持ち上げた。

「オイ、お前も手を貸せ」

そんな突然のラファエルの言葉に三毛猫は、目を丸くする。

「それは、正気かい? 僕は、魔物だよ。魔物の手を借りると言う事は、……」

「解かってる!! 魂でも何でもくれてやる。だから、手を貸せ」

「なら契約成立だね。後で、その分の代償は、頂くよ」

「ああ、すきにしろ」

そして、三毛猫は、嬉々としてラファエルの前で状況の説明を始めたのである。

「ドラゴンと言っても、変質体だから、少し事情が異なってくる。まず、厄介なのは、あのドラゴンの周りを覆っている防御結界だね。あれを何とかしないと、こちらの攻撃は、いっさい効果がないだろうね」

「だったら、どうするんだ? お前に考えがあるのは、解かっている」

「ふふん、そこで僕の出番ってわけさ」

三毛猫は、少し誇らしげにその小さな胸を張って見せてた。

三毛猫の作戦は、こうである。まず、魔物である三毛猫がドラゴンの防御結界を中和。そして、白猫のクリスがドラゴンの魔法攻撃、およびブレスの侵食を対魔法防御魔で防ぎ、穴の開いた結界の中にラファエルが飛び込んで、物理の一撃を叩き込むと言うものだった。

「クリス、君の魔力の大きさなら、きっと大丈夫だよ」

「うまく行くかな?」

白い猫の姿のクリスは、少し不安そうにそう呟いた。

「ケジメは、付ける。俺達の手でな。準備は、いいか?」

「うん」

「ハイ」

ラファエルは、2匹の返事を聞くとショートソードを構える。そこへ、三毛猫がラファエルの左肩に駆け上った。そして、白い猫のクリスが右肩に捕まるように爪を立てる。ラファエルは、2匹の猫を両肩に乗せたまま、街を破壊している漆黒のドラゴンの元へと駆け出した。




 皇帝ラーが魔戦部隊を率いて、ドラゴンが暴れていると報告があった現場に到着すると、既に決着が付いた後だった。街の被害が最も大きい場所の中心で、ショートソードが心臓に突き刺さったままの姿で事切れている少女エイダの姿が在った。

そんな息のない少女を優しく抱きしめているロディーに皇帝ラーは、ゆっくりと近づいていく。

「我らが出てくるまでも無かったか。ロイ、お前が止めを?」

「陛下!! いえ、これは……」

ロディーは、皇帝ラーの問いに否定しようとしたその時、事切れていたはずのエイダの左指がピクリと動いた。

「けほけほけほ」

そして、エイダが咳き込むと、再び呼吸を再開したのである。

それを見て居た皇帝ラーは、眉を険しく歪めると、エイダの胸に突き刺さったままのショートソードを引き抜いた。

すると、ショートソードによってあけられた胸の傷がみるみるうちに塞がってしまったのである。

「こうなっては、最早……死ぬ事も許されぬか」

そんな皇帝ラーの呟きもロディーの耳には、届いて居なかった。エイダが息を吹き返した驚きと、まだ生きているのだと言う実感がロディーを感情を混乱に陥れて居たからだ。

「こんな……でもどうして……」

「この少女は、もう人ではない。変質した末の化物だ」

「また、結界の中へ閉じ込めるのですか?」

ロディーは、少し悲しげな声で、皇帝ラーに聞いてみた。

「閉じ込める? そんな事は、生ぬるい。今は、仮死状態であろうが。目が覚めれば、またその力を暴走させるであろうな。こうなっては、仮死状態のまま、城の地下深くに封印するしか手がない」

「そこまでなさるのですか。姫様は、どれほどの罪を犯したと言うのでしょうか」

「罪か。罪と言うのなら、この世に生まれて来た事だ。その娘は、生まれついて、その業と罪を背負って居たのだ」

皇帝ラーのその言葉にロディーは、深くうな垂れた。そして、目覚めないままのエイダの身体を優しく抱きしめる。









 街から少し離れた林の中で、ラファエル達は、激しい呼吸を繰り返しながら横たわって居た。それもそのはず、先ほどまで、ドラゴンと化したエイダを相手に激しい戦闘を終えたところだった。特にラファエルの体力の消耗が激しく暫く動く気配もなかった。強力な魔法をぶっ放す大砲を

両肩に乗せて戦っているようなものだった。片方の猫が魔法をぶっ放すたびにラファエルの身体のバランスが崩れて、片膝を地面に着きたくなる。それをラファエルは、自身の魔力循環を制御して、踏ん張っていたのである。

「もう、二度とあんな無茶な戦いは、ゴメンだ」

ラファエルは、地面に仰向けになったままそう呟く。

「でも、これで……自由に」

白い猫の姿のクリスは、そう言って、三毛猫静寂なる暴風に向き直った。

「そろそろ、元の姿に戻して」

クリスのその言葉に三毛猫は、キョトンとした表情を見せる。

「元って? どう言う事だい?」

「だから、元の姿に……。人の姿に戻して欲しいの」

「……。僕は、君と契約をしたよね。あの地下牢から連れ出してあげるって。でもさ、それが人の姿でって、一言も言ってないよ?」

そんな薄ら笑いを浮かべて言う三毛猫の言葉にクリスは、愕然とした。

「なんだ。お前は、こんなえたいの知れない魔物の言葉を信じて居たのか?」

クリスと三毛猫の間に割って入るようにラファエルが可笑しそうにクリスに問いかける。

「ラッラファエルさんには、言われたくありません。貴方だって、契約を……」

クリスは、静寂なる暴風に騙されたと解かって、この時とても焦って居た。

「そうそう、ラファエルも契約の代償は、頂くよ」

「それは、何だ? 言ってみろ」

「いやいや、一寸待ってよ。少し考える時間が欲しいな。ラファエルにとって、とても理不尽で後悔する代償を考えておくからさ」

「ちっ」

ラファエルは、不気味に笑う三毛猫を横目で見て、舌打ちをする。

クリスは、気を取り直した様子で、再び三毛猫の前にその身をさらした。

「お願いです。代償は、払います。人の姿に……」

「えっ? 無理だよ。君に掛けた魔法は、呪いの一種でね。元に戻るには、その呪いを解かなくちゃならない。僕もそんな強力な呪いの解きかたなんて知らないよ」

「そっ……そんな」

三毛猫の思いもよらぬ言葉にクリスは、言葉を失った。しかし、まだ諦めていないとその強い意志の通った瞳が物語っていた。

クリスは、次にラファエルの許まで行くと口を開く。

「ラファエルさん、依頼は、達成できないと困るのでは?」

「うん? 何の事だ?」

「ですから、クリスと言う名を少女を探していると……」

「それは、そうだが。彼女は、俺達が倒してしまった。どうにもならんだろ」

「違います。貴方が探しているクリスと言う名の少女は、私の事です。彼女は、あの塔から脱出したい為に嘘を付いたの」

ラファエルは、クリスに突然そんな事を言われて驚いた様子で両目を見開いた。

「だが、お前の姿は、白い猫だ。人じゃない」

「元は、人です。先ほど会話で理解していると。地下牢から、脱出する為に」

「……」

「私が人の姿に戻れば、依頼は、達成されるはず」

「俺にお前の呪いを解く方法を一緒に探せと言うのか」

クリスの申し出にラファエルは、少し考え込んだ。元々の依頼主が提示した報酬は、破格のものだった。そう、長い旅をしても、呪い解いて依頼を達成する価値があるほどに。

「いいだろう。その呪い解呪の旅に付き合ってやる」

ラファエルがそう言うとクリスは、安堵の溜息を吐く。ようやく、疲労から開放された身体をラファエルは、持ち上げて、しっかりと大地を踏みしめた。そして、顔を上げて、林の木々の隙間から覗き出る青い空を見つめる。



 こうして、ラファエル達の3年にも及ぶ、クリスの呪いを解く為の旅が始まったのである。その物語は、まだ別の話。一方、バルド帝国城の地下深くに封印される事になったエイダは、数年後目を覚ますと、自力で結界を破り、皇帝ラーさえも退け、帝国を脱出する事になる。そして、自国に戻ると王位継承をするのである。もはや、エイダを止める事のできる人間は、世界には、存在しなかった。理性を保ちながら、魔物以上の魔力を制御する事ができる魔人へと変質していたからである。

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