第25話:精一杯、頑張れよ!

「ほんじゃま、最初はちょっとごたついたようやけど、気ぃ取り直してご挨拶といきましょ」

「あ、はい。わかりました」

「菊池さん、よろしくお願いします」


 光希は頭を下げて、話の主導権を菊池に譲る。


「ほな、改めまして、私が今回楓ちゃんを預かることになったディレクターの菊池といいます。よろしゅうお願いします」

「は、はい。よろしくお願いします」


 緊張した様子で、楓は菊池の言葉に反応をする。


「ははっ……そんなにビクビクせんでもええんよ。別に面接やっとるわけやないし」

「えっと、すみません……こういう場にあまり慣れていないものでして……」


 楓が申し訳なさそうに謝罪する。


「まあええよ。楓ちゃんのことについては、大体光希から聞いてるから――事務職を辞めて、デザイナーになる言うてフリーランスになったんやろ?」

「はい、そうなんです。偶然といいますか、流れでそういう展開になりました」

「ははは……そりゃあ、とんだ偶然やな」


 菊池は笑いながら楓の言葉を訊く。


「確かに、電車遅延で俺がたまたま進さんの店に行ってなきゃ、楓と出逢うこともなかったもんな」


 横から光希が言う。


「そうですねぇ……まさかあれが、私の人生を大きく変えることになるものだなんて、夢にも思いませんでしたよ」


 楓は出会ったときのことを思い出し、しみじみと言う。


「ま、何はともあれ、あたしは楓ちゃんという『逸材』を無事に見つけることが出来たわけやし、その偶然とやらには感謝せなあかんな」 

「そ、そんな……逸材だなんて……とんでもないです」


 楓は菊池の言葉に対し、謙虚に遠慮するが――


「いやいや楓ちゃん、自分をそんなに卑下しちゃあかん。絵っちゅうのは、魅力的な作品を書けたものが勝ちっちゅう完全実力主義の世界や」

「は、はぁ……」

「楓ちゃんが過去にゲームの作品に携わっていなくても、楓ちゃん自身が描く作品に惹き込まれるものがあるならば、それはディレクターにとって喉から手が出るほどに欲しい人材になるんや」

「そういうものですかね……」

「そうやぁ。特にデザイナーなんて技術やセンスを比較してしまうと、ディレクターが望む絵を書ける人に巡り会えるなんて本当に確率低いんやで――なぁ、光希?」


 楓に話していた菊池が光希の方へを顔を向けて問いかける。


「確かに、ある程度のクオリティならば描ける人っていうのは多数居ますが、それ以上のクオリティや『尖り』を求めると、ふくびきで大当たりを引くような確率でしか無いですね」


 菊池の言葉に賛同する内容で、光希は菊池に言葉を返す。


「それで言うなら、私も菊池さんに出会えて良かったかもしれないです。それこそ未経験の私を拾ってくださったんですから」


 しみじみと、目を細めながら楓は言う。


「実は、あたしも二十代の頃はフリーランスで仕事をしていたんやけどなぁ……」

「えっ……菊池さんもですかっ!?」

「マジですか、俺も知らなかった……」


 菊池の突然のカミングアウトに楓と光希が驚く。


「そうやで。一つの会社に留まらないで、とにかくガムシャラに色んな作品へ携わっていきたいって思ってた頃があたしにもあったんや」

「今の光希くんみたいな感じですね」


 楓は光希の方を見ながら言う。


「お、俺は、菊池さんみたいに、社畜になる予定はありませんから!」

「ははっ、そういや光希は生涯フリーランス宣言しとったんやったなぁ……まあ、光希は若いし、まだまだやりたいことがたくさんあるなら、今のうちにやっておいたほうがええで」


 菊池は笑いながら、光希へ言う。


「まあ、言われなくても自由にやりますって。安心してください」

「その意気や! もし光希が人生の色々に疲れてダメになっても、便所掃除くらいならウチで雇ってやれるから安心してもええから、どーんと直進するんやで!」


 菊池は親指を上に立てて、光希に強く言う。


「はは、肝に銘じておきます――っていうか、今は俺の話じゃなくて……」


 光希は楓の方を向く。


「おっと、そうやった。今日の主役は楓ちゃんやったな。ごめんな、主役不在で盛り上がってしまって」


 菊池は頭の後ろを掻きむしりながら笑って楓に謝罪する。


「いえ、大丈夫ですよ。私も二人のことを知ることが出来ましたので」


 楓は両手を振りながら応える。


「まあ、私も楓ちゃんみたいにフリーランスの経験があるから、今のあたしができる限りの仕事の提供がしたいって思っているんや」

「あ、ありがとうございます……私のために」


 楓は菊池に礼を言う。


「ええんやええんや。でもな、一つだけ楓ちゃんに肝に銘じて置いてもらいたい事があってなぁ」

「あっ、はい。何でしょうか?」


 菊池の言葉に対し、楓が質問で問う。


「うちのプロジェクトにおるのは、ゲームという『製品』を作れるプロばかりや。楓ちゃんの絵がいくら魅力的と言えども、それにはまだまだ及ばないと思っている」

「は、はい……」

「未経験だからと言っても、これから参加してもらう楓ちゃんには、そのレベルに傷をつけないまではスキルアップしてもらわないと、あたしとしても困るんや」

「は、はい……それはもちろん!」


 菊池の口から出る言葉に対し、楓は精一杯の言葉で応える。


「もちろんすぐにとは言わんよ――ちょっとずつ出来るようになってくれればええ。周りの人間も精一杯フォローする代わりつもりや。そこんとこは無理させないつもりやから」

「ありがとうございます。菊池さん」


 菊池の言葉に安心して、楓は礼を言う。


「さっきも言うたと思うけれど、この業界は完全実力主義や。楓ちゃんも色々と吸収して誰にも負けない技術を身に着けてやるっていう『野心』を抱いて頑張って欲しい!」


 菊池は『野心』という言葉に対して力を込めて楓に言う。

 何も実績が無い未経験の楓ではあるが、これから努力をし続けることで、いつでも上に上り詰めることは可能であるという事を、菊池は伝えたかったのだ。

 その言葉に対し、楓は――


「私……菊池さんに凄いって言われるように、まずは地道に進んでいこうと思いますので、よろしくお願いします!」


 楓は言うと、菊池に向かい、頭をテーブルのギリギリまで深く下げて頭のつむじを見せた。

 その姿を見た菊池は――


「ふふ……ええなぁ、若いのが頑張ろうっていう姿を見ると応援したくなっちゃうわぁ……あたしも歳を取ったんかな」


 そう小さく笑いながら、ポケットからタバコを取り出し、火を点けた。

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