【外伝】第1.5章:光希と楓のコミュニケーション

補足EP01:礼儀と実力は比例する?

 十四時二十分 喫茶店 鈴蘭の里


 光希が楓をフリーランスとして迎え入れて、数十分経過した後の物語――


 鈴蘭の里は、十四時を過ぎると稼働率が飛躍的に増加する。

 企業と企業による商談や、ベンチャー企業のエンジニアが気分転換に仕事場を変えにやってくる等々の理由で人が増える特徴がある。


 現在、鈴蘭の里のテーブル席は満席となっており、先程まであんなに退屈そうにしていた進が、次々とお客さんの対応に追われて忙しそうにしている。


「かしこまりました、少々お待ちください。次のお客様、ご注文をお伺い致します――」


 進は、先程のおちゃらけた姿とは打って変わって完全なるビジネスマンモードの表情をしており、忙しそうでありながらも、その手際の良さも非常にスマートで、次々とやってくるお客さんを最短の時間でさばききっている。


 咲は「そろそろ会議が始まるから戻るわね〜」と一言告げて、店にお客が入り始めたと同時に会社へと戻っていった。


 そんな中、光希と楓は「お前らが席を埋めてくれれば一席分のサービスの手が抜ける」と進に言われ、もうしばらく店内に滞在することになったのだ。


 現在は光希と楓が一つのテーブルに座っており、進がサービスでれたブルーマウンテンを味わっている最中だ。


「……ところで楓」

「はい、何でしょう……?」

「癖なのか知らないけど、その喋り方、何とかならないかなぁ……?」

「はい喋り方? 何のことでしょうか?」


 突然の光希の指摘に対し、何のことを言っているのか理解できず、質問の意図についてを聞き返す楓。


「その敬語……楓は俺よりも一つ年上なんだから、もっとこう……砕けた感じで喋ってくれてもいいんじゃないかなぁ……って思って」

「ああ、そのことですか」


 光希の意図を聞き、納得する楓。


「普通、学校でも社会でも、とりあえずは年齢が上だったら敬語使うし、下だったら何となく探って大丈夫そうだったらタメ口使うじゃん」

「そうですねぇ、確かに、私は敬語を使ってしまう癖があります」


 楓は言う。


「『職業病』っていうんですかね……派遣社員をやっていると、どうしても周りが別の会社の人っていう概念がまとわり付いてしまうせいで、失礼がないようにと年上年下問わずに敬語を使うようになってしまったという経緯があります」

「確かに、なかなか他人感がぬぐえないんだよな。派遣社員って」


 光希も同情するように言う。


「敬語を使っていれば、仕事上ではとりあえず言葉遣いで指摘されることはないですし、だんだんと生活していく中でタメ口を使う必要性がなくなってきたような気がしまして、自然と敬語だけを使う人になってしまいました」

「何というか……それはそれで悲しい環境だな」


 光希は、頭の中で敬語だけを浸かった人生についてを思い浮かべるも、そんな生活はありえないと、想像を脳内で掻き乱して消した。


「逆に、私が光希くんの言葉遣いに驚きましたよ」

「えっと、俺?」


 光希が自分のことを指差して、楓に訊く。


「そうです。年上の人には敬語を適切に使いつつも、たまに砕けた会話をしたり、私のような年齢が近い人には、出会った瞬間から仲良く接することを前提とした会話をしたり……」


 楓は、先程の会話についてを思い出し、充希に話す。


「うーん、別に意識したことはなかったけど、言葉でそう言われれば、そうしているのかもしれない」


 あまりしっくりときていないような表情をしつつ、光希は答える。


「フリーランスだって、プロジェクト毎に仕事をする人達は、いわば別の会社の人って立ち位置だと思うんですけど――そういう場合って、どのようなコミュニケーションをとっているんですか?」


 楓は充希に質問をする。


「うーん、それも意識していないけど……普通に挨拶して、趣味聞いて、昼に何処かで一緒に飯を食って……SNSを交換するとか?」

「すごい……光希くんは、人と仲良くなるのがすごく上手なんですね」


 楓は感心しながら言う。


「でも、それは別に珍しいことでもないよ」

「えっ……そうなんですか?」


 予想外の返答に、思わず驚く楓。


「この業界というか……プロジェクトって、集団で面白いモノを作ろうって集まった人間たちなんだ」

「うん」

和気藹々わきあいあいとするような楽しい現場じゃなきゃ面白い良いアイデアなんて思いつかないし、誰とでも仲良くないと、仕事のコミュニケーションに支障が出て、結果的にプロジェクト自体に影響が出てしまう」

「た、確かに、そう言われると……」


 光希の言葉に関心を寄せる楓。


「楽しいものを、一緒に働いてて楽しい人達と仕事できる職場こそが、俺はゲームを作る環境だって思ってる。だから、俺は皆と仲良くして楽しく仕事をしたいんだ」

「…………」


 力強く言う光希の目はとても澄んだ目をしており、どこか純粋な子供心を感じるような表情をしていた。

 そんな光希を見た楓は――


「……なんて言いますか、社会の中でも、楽しいって存在しても良いんですね」


 ――と、光希に向かって呟く。

 すると――


「何言ってんだよ。仕事も楽しい、プライベートも楽しい。それが社会に出た人間にとっての人生の選択であり、楽しみ方だろ?」


 ――と、光希は言葉を返した。

 楓にとって、光希の姿はとても眩しいものであり、同じ業界に入ろうとしている身として、同じように自分も輝くことが出来るのだろうかという心配をする。


「……私にも、そんな楽しいを見つけることは出来るんでしょうか?」


 そして、楓は不安そうに光希へと質問する。

 新しい人生の転機を決めた楓ではあるが、やはり見たこともない世界には強く心配を抱いている。

 しかし、光希は――


「俺でも出来るんだ。楽勝だよ」


 そう楓に返事をした。


 楓は思った。

 きっとその言葉には、深い意味はないのだろう。


 ――仕事を楽しみたかったら、自分で楽しめる環境を作れば良いじゃないか。

 ――人と仲良くなりたかったら、声をかければ良いじゃないか。

 ――人生を楽しみたかったら、自分で……。


 光希が言うこれらの言葉は、楓自身で何一つ達成することができなかったお題の数々だった。


 今までの楓だったならば――

 しかし、今は違う。

 楓は、光希という存在に出会った。


 純粋な心で、社会に立ち向かう青年と出会った。

 社会の闇に鎖で繋がれた楓を、いとも簡単に開放してくれた。

 だから楓は――


 「うん、私にもきっと出来る」

 

 そう、光希に答えたのだった。


 ………

 ……

 …


 その後――


「じゃあ、まずは俺に対してタメ口で喋ること。俺は楓の仕事のつなぎ手なんだから、もっと仲良くしようよ」

「えー、いきなりですか?」

「はい、ブブー! 敬語使った〜」


 光希が突然、指を差して楓の敬語を指摘する。


「えっ……! いきなりです――」

「はい、また敬語ブブー! いきなり二連続の大失態〜!」


 まるで小学生のような遊びで、楓が敬語を使うたびに指を差して、光希が楽しんでいる。


「ちなみに、あと二回敬語を使ったら、罰としてここの店でまあまあ高いシフォンケーキ(七百五十円)を、楓の奢りで注文しちゃいまーす!」

「ちょっとぉ……光希くんっ! さっきお金がピンチって言ったのにぃ……!」

「ほらほら、早く敬語使っちゃいなよ〜。美味しいシフォンケーキが食べられるよ〜……主に俺だけが」


 光希がいたずらっ子の表情で、楓に敬語を話すよう促す。

 そんな様子の光希を見た楓は、


「もう、光希くんには絶対に敬語なんて使わないからねっ!」


 楓はそっぽを向いて、 そう光希に宣言をしたのだった。

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