買収姫

奈名瀬

第1話 プロローグ

 他人の頭上に数字が見えた。

 手で触れることのできない数字の羅列が、ふわふわと天使の輪のように浮いているのだ。

 父王ちちおう様にも、母様にも、お城の兵隊さんにも、誰にでも……。


「これは、一体なんの『数字』なのかしら? リケには見えないの?」

「見えないよぉ。ねぇチノちゃん、もうやめてったらぁ」


 まだ幼いあたしは、幼馴染だからというだけの理由で彼女の頭をてしてしとはたいていた。

 別にリケをいじめたかった訳ではなく、彼女の頭上に浮かぶ数字にどうしても触れたかったのだ。


 しかし――


「おかしいなぁ」


 ――あたしの小さな手は、リケのやわらかい髪の毛にぶつかるばかりだった。

 そんなことがずっと続けば、一つ年上の幼馴染は唇をとがらせ、拗ねた口調であたしを疑い始める。


「ねぇ、本当に『数字』なんて見えるの?」

「見えるよぉ」


 対してあたしは、ムキになってリケのほっぺたをぐにぐにと撫でまわした。


「じゃあ、どんな『数字』が見えるの?」


 ちゅーするみたいなつぶれた唇で訊ねるリケに、あたしはその『数字』を教える。

 その後のあたし達は、ちょっとしたなぞなぞ遊びに挑む気分だった。


 リケの前で頭上の数字を歌うようにも、呪文のようにも唱えてみた。

 数字の描かれた絵札をリケの前に、見えた数字の順に並べてもみた。

 見えた数字と同じ数のお菓子を食べようとして、メイドに怒られた。


 そして、色々試した最後に二人でそれを思い付いた。


 あたし達はリケの前に、彼女の頭上に浮かぶ数字と同じだけの紙幣を並べることにしたのだ。

 しかし、並べただけでは何も起きなかった。


「何も起きないね?」

「そうだね」


 つまらなそうに言うリケに、あたしもつまらなそうに返す。


 けど――


「でも、なぞなぞみたいで楽しかったね」


 ――そう微笑んで言ってくれた彼女に、あたしは頷いた。


「うん。そうだね」


 そして、あたしは幼馴染に笑い返し――


「でもね、楽しかったのはきっと、なぞなぞみたいだったからじゃなくて……リケと一緒にしてたからだよ」


 ――本心から言葉を口にする。


「これからも、ずっと友達でいてね!」


 直後、あたしはリケの前に並べた紙幣を手に取り、あたし達の頭上にばら撒いた。


「わああぁっ」

「きゃははっ」


 幼い笑い声が部屋の中に響いていく。

 舞い上がった紙幣はハーピィの羽のようにふわりゆらりと舞い落ちてきて、あたし達に――リケの身体に触れた。


 次の瞬間、パッと太陽が目の前で弾けたような眩しい光が生まれる。


 舞い上がり、ゆっくりと落下していた筈の紙幣が、勢いよくリケの身体に吸い込まれた。


「り、リケ!」


 眩しさに目を覆いながら、そばに居る筈の幼馴染の名を叫ぶ。

 あまりのことに心が揺さぶられ、今にも泣きだしてしまうかと思った。


 しかし……光は治まる。


 目を覆っていた手をどけると、目の前には何食わぬ顔でぺたりと座り込むリケがいた。


「リケ?」


 再び、彼女の名を呼ぶ。


「チノちゃん……?」


 ぽつりと返事を返した幼馴染に、あたしは思わず抱き着いていた。

 あれだけあった筈の紙幣が、どこへ消えたのか気にすることもなく。

 今はただ、彼女の無事に安堵した。




 その後、あたし達はあの時の言葉通り『ずっと友達』でいる。

 あたしが自分の力を自覚した時だって、今だって、これからだって『ずっと』だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る