加護があっても駄女神だよ

 教室から徒歩十分。なんとも趣のある高級温泉旅館があった。


「おおー。これはテンション上がるな」


「日本でも有数の老舗高級旅館を再現しましたからね。しかも古い部分は新築のため綺麗に!」


 美しい家屋には、確かに染みや汚れが見当たらない。

 庭木もよく手入れされている。かなり好みだ。


「へえ、いいところじゃない」


「作ってくれた女神に感謝だな」


「さ、部屋を案内します」


 当然中も広い。ロビーがあって、そこから各自の部屋へ。

 建物は一階しかないようだ。


「四人暮らしなので、部屋は四つ。ロビーとリビング。大浴場と露天風呂に、遊戯施設。こちらはゲームセンターや卓球場ですね。厨房と武器庫。トイレと、必要があれば増設もできますので、希望があれば一週間後から受け付けます」


 いいね。風呂が二種類あるのは嬉しい。風呂は異世界でも楽しめるものの一つですよ。

 よしよし、ここに来てよかったかもしれないぞ。


「迷わないようにマップはゲーム式です。どうぞ」


「すまない」


 カレンにマップを受け取り、その瞬間にはもう俺の手から消える。


『自宅マップを手に入れた』


 メッセージウインドウが出たので、これからは見たいと思えば空中にマップが出る。


「なんですその技術は?」


「なにそれずっこい!」


 二人が関心を示している。まだそういう世界の経験はないのかもしれない。


「ゲーム式の異世界に派遣されたことはないのか?」


「ありません」


「わたしもないわ」


 不便なのでやり方を教えてやろう。ゲーム世界は便利な技術で溢れている。


「初授業ですね」


「まさかこんな授業になるとはな」


 まず二人にマップを渡す。カレンはできたので問題なし。


「ゲームやってんならわかるだろ? マップを手に入れたら、それを記憶する。そして世界に投影する。メニュー画面を出すのと一緒だ。心のなかにマップボタンを作れ」


「よく見る……マップを見る……」


 マップをくるくる回転させたり、じっと見つめている。

 最初はよくわからないよな。ぶっとんだ理論は受け入れるまでに時間がかかるか。


「ボタンねえ……ネトゲのショートカットキーみたいなもの?」


「近いぞ。っていうかイメージしやすいならそれでいい。大切なのはマップが出せることだ。必ずF1キーでやれとか言うつもりはない」


「意外と融通きくのねあんた」


「そりゃ死ぬほど異世界巡ったからな。常識なんざ無駄よ無駄」


 固定観念や、こうであるべきという押し付けは迷惑にしかならない。

 世界ごとに常識なんて完全に違う。柔軟性は大事よ。


「マップなんだからMキーよね。こういうのは感覚よ」


 右手でキーボードを叩く動作をするサファイア。

 慣れた手つきだな。ゲーム全般が得意なんだろう。

 こいつはゲームや漫画で例えた方が教えやすそうだ。


「こうぱぱっと……あ、できた! できたわ!」


「いいぞ。やればできるじゃないか」


「二回叩くとズームとかこう……あ、できる!」


 使いこなしているな。自分の中の常識や概念と照らし合わせると便利だ。

 カスタマイズは好きにやらせよう。


「難しいものですね」


 一方ローズは戸惑っているようだ。あまりゲームをしないタイプらしい。

 俺の初授業だ。なんとか二人ともできるようにしてやろう。


「投影魔術はできるか?」


「はい。それでしたら」


「よし、なら写真の要領だ。記録を転写しろ」


「なるほど。こうですか?」


 マップを記録し、魔術で記録を空中に出す。

 なるほど、詠唱もなくささっとできるか。魔力が高いだけある。


「そこから更に改良を加える。俺の加護を与えよう」


「人間が女神に加護?」


「そういうスキルを作った。先生やるなら便利だろ? お前らのやっていることと同じさ」


 やるならこれが一番だと思ったので、せっせと歩きながら作ったさ。


「女神の加護を自作!?」


「教師に選ばれるだけのことはありますね」


「だろ? ゲーム式画面レベル1を与える」


 ローズの体がちょいと光り、それだけで付与完了。


「レベル1?」


「マックスまで与えたらサボるだろ。自分に馴染んでいない加護なんて、別世界に行ったら無効化される可能性もある。最後は自分のものにしろ」


 これも経験談である。前に今までの世界の特殊能力を無効化されたことがあり、仕方がないので魔王を単純な腕力でぶっ飛ばした。


「投影魔術をやらせたのは、感覚を掴んで欲しいからだ。もう一回、サファイアみたいにやってみな」


「魔術ではなくマップ……ボタン……ピッと……できた!」


 無事マップが出る。今度はちゃんとゲーム式だ。


「おおぉぉ……これがゲーム式マップ表示」


「よしよし、うまくいったな。偉いぞ」


 目を輝かせているローズが、昔のカレンと被った。

 自然と頭を撫でていた。それに気付いたのは、ローズが驚いた顔で俺を見ているから。


「おっと、悪いな。カレンの時のクセだ」


「いいえ、指導はためになりましたし。嫌な気分ではありませんね」


「なーんかわたしよりローズの方が褒めてもらってないかしら?」


「お前はさらっとできたしな」


「つまり更に凄いのよ! 褒めて伸ばしなさい!」


「はいはい凄いよ。実際感覚でできるのは才能だ」


 伊達に女神界トップの娘じゃないな。ちゃんと伸ばせば強くなりそうだ。


「これにて初授業は終わりだ。カレン、このあとの予定は?」


「はい、夕飯ができていますので、温めればすぐにでも……」


「食べる!」


「私も食べます」


「食い意地張りやがって。じゃあ飯にするか。旅館だし和食か?」


 カレンと旅した世界は米はあったが完全な和食は存在しなかった。

 そろそろ食いたくなってきたし、ちょうどいい機会だろう。


「カレーです。ナンとライスが選べます」


「……ナンで」


 まあカレーはいつ食べても美味いよ。

 全員でテーブルにつき、カレーを食べ始める。


「美味しい! カレンって料理できるのね!」


「俺が教えておいた。旅で必要だと思ったからな」


 真心込めてじっくり煮込まれている。

 味を通してカレンの優しさと料理へのこだわりが伝わってきた。

 深みがあるのにくどくない。多種多様なスパイスを巧みに使い、一つの味に昇華させている。素晴らしい。


「いい味です。よく煮込まれている。無駄に具を入れないあたりが良いですね」


 正確には具を極限まで煮込んでルーと混ぜてある。

 だから濃厚な味と、肉だけが入っているように見えるのだ。


「カレンの料理はいつ食っても美味いな」


 味付けが俺好みなのもポイント高い。旅の途中でいつの間にか覚えられた。


「先生のおかげですよ。ふりかけいります?」


「カレーにか?」


「それもそうですわね」


「また今度に……おお?」


 俺のナンがない。まだ半分残っていたはず。

 視線を彷徨わせると、ほっぺを膨らませてナン食ってやがるサファイア。


「お前ライス食ってたよな? そのナンはどっからもってきた?」


「女神への貢物よ」


「返せ意地汚い」


 そこでナンが完全に消えた。食ったわけじゃない。消えた。


「ふっふっふー、便利な力ね、これ」


 メニュー画面のもちものにナンを入れ、そこから出して食ってやがる。

 こいつもうメニュー画面を使いこなしてやがるのか。


「食事の時は禁止な」


「そうですか。それは残念です」


「おかわりはいっぱいありますから」


「仕方ないわねえ」


 食事くらいゆっくりしてくれんもんかね。これから毎日騒がしくなりそうだ。


「辛いものを食べると熱くなりますね」


「そうだな」


「熱いので脱ぎますね」


「着てろや!」


 本当にゆっくりしたい。早く風呂入って寝よう。

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