戦うサンタクロース
るさ
第一章 進路、サンタクロース
第一話 三田良子の日常
「三田良子!……三田……三田ァ!!」
いつもの清野川第三高等学校への通学路で一週間に一回。毎週月曜、有名週刊連載漫画ペースでかけられる怒声には、もうとっくに慣れている。
朝日差し込み、緑あふれる公共の通学路ど真ん中でこういった声をかけてくる奴は大体小者だと知っている。だから、三田良子はあえて気だるげに振り返り余裕をみせてやることにしている。
案の定振り向くとそこには鼻息を荒くした金髪の男が二人。
「……道のど真ん中で人の名前連呼しないでくんない? プライバシーの侵害」
低い声でそういうと、三メートルほど先にいる金髪の一人が顔をカッと赤くして吠えた。ここまでは大体いつも通りの流れである。
「うっせえ! こっちはこの間てめえの仲間の黒須にボコられてんだよ!!」
この前口上ももう何度聞いたことか……。仲間の黒須ねえ、と良子は思う。アイツとは腐れ縁だとは思っていても、仲間というと気恥ずかしくて何か違う気がするよなあとため息をつく。
「……で? あいつには敵わないからってあたしのとこに来たわけかあー。そうかそうか、あいつもほんっっっと喧嘩っぱやくて困るよね」
「っお前に恨みはねーけど一回ボコらなきゃ気が済まねえ!」
「いやあたし本当に関係ないっしょ。こんな一般高校生をボコるなんてほんと物騒な世の中だわ」
「オレンジの髪でよくいうぜ。黒須の右腕の三田っつったら有名じゃねーか」
まあ、こんな弱そうなん女だとは思わなかったけどな。
そう親分らしい金髪に付け加えられてかちんとくる。女だからと言ってなめられることはよくあるが、やっぱりなめられて良い気はしない。
こちとら合気道、柔道剣道段もちだっての!
「じゃあさっさとかかってきたら?」
そうのんびりと構えていたら後ろにドンっと何かがぶつかってきて派手によろける。なんだ、もう一人いたのか。
さすがに高校生男子に力いっぱいぶつかられたら倒れそうにはなる。態勢を立て直そうと良子が顔を上げたところにもう一人がバットで振りかぶるのが見えた。
一人には羽交い絞めにされもう一人には足をつかまれる。うわ、やっぱ三人いるとやっかいだよなあ、どうよけようか――と、良子がそこまで思ったところでいきなり上からものすごい衝撃がやってきた。
「イッ」
もちろんバットの衝撃ではない。ズシっと重さがのしかかって地面に倒れる。どうやら人間に上から踏みつけられたらしい。もちろん金髪集団の仲間かと思いきや――よく知った声が頭上からかかる。
「リョーコ、大丈夫か」
「人の頭を踏んづけながら言うことか!?それは!!」
「思ったより上った塀が高くてよ、降りるの怖いだろーが」
「怖いだろーがじゃないわ!!! 大体誰のせいでまた絡まれてると思ってんだこの顔だけのクソイケメン!!100ぺん死ね!!あと早く足をどけろ!!!」
「イケメンって褒めてくれてありがとなー」
人の頭を踏んづけながらさわやかに笑うこの男はひとしきり笑った後ようやく金髪たちに目を向けて、またニコリと笑った。その笑顔に金髪一味がビクっと固まるのが見えた。
「あれ、この前の桜高の奴だよね? コイツになんか用だった? 俺邪魔しちゃった?」
「く、黒須……」
「分がわりいな、引くぞ」
突然現れた黒髪のイケメン――本名を黒須恭という、をみとめた瞬間あっけなく金髪達は逃げて行った。まあ賢明な判断だとは思う。黒須を見たら逃げて通れ、それがこの町一帯のルールである。逃げた金髪達をわざわざ追わない黒須は、遠くなっていく背中に目を細めた後ははっと乾いた笑い声をこぼした。
「あいつらあんなに痛めつけてやったのに懲りてないとか逆にすげーな。俺尊敬しちゃうわ、どう思うよリョーコ」
「まあ、とりあえずあんたは足をどけろ」
「あ、ワリ」
たいして悪いと思っていないような声で謝る黒須をにがにがしく思いながらも良子は憎らしいまでに整ったその顔を見ているとなんだかいつも許せてしまうのだった。今日も本当に腹立つくらいのイケメンである。サラサラの黒髪に175cmの身長、二重の切れ長の目に案外たくましく、それでいて細身の体。……神はなぜこいつをこんなにイケメンに作ったのか。中身アホなのに。三田良子、一生の疑問である。
黒須恭と三田良子、二人は同じ高校に通う至って普通の高校生である。ただ一つ他と違うことがあるとすれば黒須は世間で言う問題児で良子はなぜか黒須の仲間にされていた。
まあ昔はそれこそ一緒にあそんだり一緒に合気道や柔道剣道を習ったりはしていたものの、いつの間にセットとして扱われるようになったのかは覚えていない。
黒須はすべての格闘技で負けなしとなり、良子も女子の中では合気道、柔道、剣道いずれも負けなしになっていた。さらに小学生の高学年になってから二人に売られる喧嘩は全部買って、しかもすべてに勝ってしまったのがよくなかったのかもしれない。
しかしセットで扱われれるとはいっても黒須とリョーコは特別であった。ふつうは男女でつるんでいればからかわれるものだろうが、黒須とリョーコは本当に一緒にいて当然、色恋とは全く無縁のボスと右腕的存在として扱われているからリョーコとしてはなんとも言えない気持ちになる。間違っても黒須に恋愛感情なんてものはないが右腕って、本当に、なんなんだ?
「あんたさあ、あちこちで恨み買ってくんのほんっっっとにやめてくんない? あたしがあんたのせいでどれだけ迷惑をこうむっているか考えたことある?」
「なに? ゴリラリョーコはあんな雑魚どもにも勝てないぐらい弱えーの?」
「勝てないわけないでしょ!? アンタがこなければ二秒後には全滅させてました!! あと誰がゴリラだぶっ殺すぞ」
「じゃあ大丈夫じゃんー。これからもがんばれ」
「あれ?! またまるめこまれた?!」
「……リョーコは本当にバカでウケるわ」
全然うけてない表情でそれを言われても本当に腹がたつだけである。
まあでも強さを信頼されることは良子にとって嫌ではなかった。
2100年になって、この世界には強さが求められるようになった。自分の身は自分で守らなければいけないということは学生にとって常識だ。特にこんな今では。
2100年。それは未成年の、20代前半の犯罪、暴力が日常的に横行する、物騒な世の中であった。
自分の身は自分で守れ。誰がいったか今では小学生だって護身術程度は心得ている。「やられたらやり返せ」、かつての世で使われていた古い言葉は今、新たに価値を得ようとしている。
日本のみならず世界を襲った2020年から続く大不景気は、全世界の若者を凶暴化させた。就職難、圧政、少子高齢化に、多額の税金、社会から若者へのプレッシャー。様々な要因が重なり世界的に若者は攻撃性を増し、至って当たり前に犯罪、暴力に手を染めるようになった。平成の世では見られなくなった暴走族、なんてのも、2100年の今になって再び勢力を増し、名声を得ようとしている。
そんな中で、三田良子と黒須恭が強くなったのは、決して犯罪や暴力のためではなかった。誰よりも強くなれば戦いに巻き込まれなくなるはずだ、という三田母の教えを守った結果である。
「結局、人よりめちゃくちゃ戦いには巻き込まれるんだけどね……」
服についた埃を払って、良子は立ち上がる。
三田良子にとって、いつも通りの朝がやっと取り戻されたのだった。
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