第49話 ダメならもう一発

 島が揺れた。

 巨大な三発の火の玉は、そのうち二発が島に着弾し、木々を薙ぎ払い大地を抉る。


 だがルココが発射した地点に向かっていた火の玉は、ヒナが上空でそれを叩き落とした。しかも素手でぶん殴って叩き落したので驚きである。

 海へと叩き落された火の玉は、海の水を蒸発させて凄まじい蒸気を放ち、そして消えた。残ったのは、蒸発した海水が渦を巻いて埋まっていく様。


「ヒナ!?」


 俺は目を凝らした。

 そして無意識のうちに右手を掲げ、アイテムボックスに突っ込む。


「いた……そこ!」


 俺は一つのアイテムを取り出した。


「エアロウイング!」


 風の魔法により、ほんの一瞬だけ翼を持ったかのように空を飛ぶ事が出来る貴重な魔法アイテムである。俺はそれを使い、上空から力なく落下していくヒナを回収すべく飛んだ。

 十二年ぶりに飛ぶ空。

 だが心境は、それを楽しむ余裕などありはしない。


「ヒナ!」


 衣服を焦がしてはいるものの、身体へのダメージは然程見受けられない。火の玉をぶん殴った時に魔力をだいぶ消耗させているだろうが、身体的なダメージが無いので一安心である。


 俺はヒナをがっちり抱きかかえ、狙撃ポイントへと舞い降りた。


「ルココ、無事か!?」


 俺の心配を他所に、彼らは既に忙しく動いていた。


「捲れた土を戻してください! 一発目と同じ位置に固定して下されば修正も少なくて済みますから次の発射も早くなりますぞ!」

「ケーブル接続は全て異常なし! いつでも充填開始できます!」

「レール復旧不能! 第三班の安否不明! 第二班もこちらへ駆けつけます!」

「第二ポイントは破棄しますわ! この場からの第二射となりますので、全技術者で砲身と砲座の再固定をお願い致します! 敵の第二派が来る前に、女神ルココ様にもう一発叩き込んで頂きましょう!」


 彼らの覇気に影響されたのか、俺に抱えられたヒナが意識を取り戻した。


「よかった。ここは無事だったのね」

「ヒナ、寝てろ」


 俺はヒナを木の根元に下すと、そこへルココが駆けて来た。その右手には、引きずられるようにして北の女神アカネの姿がある。


「うわわヒナたんボロボロじゃないですか……有難う! どうせなら『あなたは死なないわ』くらい言ってくれれば盛り上がったと思うのですが、この緊急時にそんな事も言ってられませんからな。カミノイさま、女神アカネたんをちょいとお借りしますぞ」


 ルココのやろうとしている事をイマイチ理解できていない俺は、その理由を問おうとした。だがそこは、見習いとはいえやはり女神。ルココはそれを察知していつもの早口で説明する。


「カミノイさまはボクがただの天才美少女科学者だと思っていやしませんか? その前に天才美少女神なのですぞ。これから魔族さん達がぶわっとどわっと押し寄せてくる前に、この場所に結界を張ります!」


 その結界を張るのに、女神アカネを借りるという事か。


「カミノイさま、意外と鈍いんですな。いや、意外じゃありませんね鈍い人でした。鈍くて鈍くてリコさまが泣いていらっしゃるのも頷けるって話ですよ。ボクとカミノイさまが初めてお会いした日を思い出してくださいな!」


 確かルココは、結界術や封印術まで使いこなすと言っていた。そして、力を発揮できない人間界で力を行使するために使ったのが、人間界で力を発揮できるヒナの身体。


「そうか分かった。北の女神アカネ、悪いがルココの言う通りにしてくれ!」

「え? あ、はい! お役に立てるのであれば!」


 俺と女神アカネの了承を得たルココは、さっそく女神アカネに指示を出す。


「右手を高く空へ向け、手のひらを上に向けてください!」

「こうですか?」

「そうです! そしてこれから何があろうとも、決して身動きせず、この体勢を死ぬ気で維持してくださいませ!」

「はい、わかりました!」


 そしてルココは女神アカネの上衣をがばっとめくる。


「ひあ、な、何をなさるのです!?」

「う! ご! か! な! い!」

「は、はい!」


 そしてルココは俺を呼ぶ。


「カミノイさま、ここ持って!」

「ああ」


 俺は言われるままに女神アカネの上衣を抑える。


「ああもうマッタクなんでこんなに重ね着してるんですか! ヒナたんなんてノーブラノーパンですぞ!?」


 上衣の下の服をずりずりと持ち上げながら、ルココは苛立ちを隠せない。


「そ、そ、そんな事を言われましても……」


 困惑する女神アカネに対し、ルココはとうとう苛立ちを爆発させた。


「んもー! 着すぎ! めくるのむり! 脱がす!」


 言うなり、女神アカネの下衣をがばっと地面までずりさげた。

 ギリギリセーフ。どうにかパンツは履いていた。


「キャー!」

「うごかないで!」


 叫ぶ女神アカネをルココが一喝。

 下衣が無くなった事で抑えを失くした全ての上衣を、こちらも遠慮なくがばっと顔まで捲りあげた。

 ギリギリセーフ。どうにかブラは付けていた。


「カミノイさまここ押さえて!」

「あ、ああ」


 なんだか凄い背徳感だが、緊急事態という事で我慢してもらうしかない。


「女神アカネたん! 今からキミの身体にボクの魔力を流し込むですよ。けれど動いたりしたらいけませんぞ! 耐えて耐えて耐え抜いてくだされ!」

「恥ずかしい~、けど分かりました。頑張ります!」


 なんとも凄い状況である。

 人間界でやったら間違いなく逮捕だ。


 ルココは小さなバックから紙を取り出すと、あの時のようにそれを女神アカネの腹に当て、魔法陣を描いていく。


「む、む、む、ムズムズします~」

「だまらっしゃい! もうちょっとです!」

「ああ……こんな、こんなの初めて」

「そりゃそうですよ御もっとも。けれど誰もが通る道!」

「あんっ……何か入ってくるぅ」

「アカネたんは線が細そうですし、初体験らいしのでゆっくり入れていきますぞ」

「ひあっっ、あ、だめええええ」


 それにしても、このやり取りはどうにかならんものか。


「奥まできちゃう……そんな、そんなぁ」

「もうちょっとで届きそうです!」

「だめ、そんな、なんか出ちゃう!」

「まだダメです! 我慢して下さい!」

「ああ……そんな……我慢だなんて……もう、むり」

「よーし完成! 発射オーライですぞ!」

「ああ、そんな、そんなぁぁぁぁぁ」


 女神アカネの右手から、真っ白い光が空へと放たれた。

 ぐったりと項垂れる哀れな女神を抱きかかえ、俺は木々で覆われた空を見上げる。視界的には見えるはずもないのだが、魔力は十分に感じられた。


「結構な結界だな」

「そりゃそうですよ。かなりの上物です」


 言うなり、ルココは休む間もなく砲座へ駆ける。だが途中で立ち止まると、振り向いて真面目な表情を見せた。


「ダメだったものは仕方がありません。ダメならダメで、もう一発やるだけです。カミノイさま、ボクは……エリオラたんは、やりますからな!」

「おう!」


 俺は力なく失神した女神アカネをヒナの隣へ寝かせ、衣服を整えてやった。

 そして起き上がろうとするヒナの肩に手を添える。


「ヒナ、無理はするな」

「少し休めば動けるわ。悔しいけど、それまではカミノイに任せる」

「ああ寝とけ、俺が守る」


 既に魔族がこの島に向かっているだろう。

 結界は確かに良い物だが、全ての魔族や攻撃を防げるという訳ではない。


 俺は発射台の明確な位置を悟られぬよう、少し離れた地点で木の上に登る。既に上空は無数の魔物に囲まれているが、それらは結界に阻まれて島に近づく事が出来ないでいた。

 だが塔から、何かが接近している。


「……来る」


 自然と口をついた俺の言葉とほぼ同時だった。

 ルココの結界を易々と突き抜けて来たを、木を蹴って上空へ舞い上がった俺が激しく斬りつけて食い止める。


 衝撃波が駆け抜けていくのを感じる。

 結界を抜けて来たは、正確に表現するならばだ。


「エアロウイング!」


 俺は咄嗟に取り出した魔法アイテムを使い宙に留まる。目の前には、俺の身体の十倍はあろうかという巨大な生物。

 長い首の先に、ぎらめく刃の如き牙。


「ドラゴンかよ」


 次の瞬間、目の前のドラゴンが咆哮。同時に噴き出す灼熱の火炎を、俺はどうにか切り裂いてその背に乗る魔族を見やる。


「あれは……」


 ドラゴンを自在に操る術、徒者ではない事が一目でわかる。

 そしてその魔族が口を開いた。


「ほう。人間、やるではないか」


 そしてこう言った。


「我が住まいを破壊せんとした事、百万回死んでも許されん。魔王たる我を侮辱した愚行、生きたまま地獄を味わい、そして悔いよ」


 いきなりボスのお出ましである。

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