第21話 どうしてこうなるの

 里琴ちゃんの爆笑が終息するのを待っていたかのように、事務所の電話が鳴り響く。

 息も絶え絶え応対した里琴ちゃんの目配せで、俺は神アバルが来るのだと察した。


「くそう、この格好でか」


 俺は応接室のドアを開け、その中へ少女を誘う。


「間もなく神アバルが来る。この中で待とう」

「ええ、分かったわ」


 まだ少しふらつく足取りの少女をソファーに座らせ、俺は扉の前で到着を待つ。程なくしてカーテンの向こう側に光が差し込んだ。


「ケータいる?」

「ああ、どうぞ」


 カーテンを開けて姿を現したのは、籐で編んだバスケットを手にしたクイと、相変わらずのアロハ爺だ。


「アローハ!」


 だが、そこでクイと神アバルの目が点になった。


「ケータ……どうしたの?」

「なんじゃ、今日は仮装ぱーてーでもあるのか?」


 悔しい。


「いえ、少々事情がありまして」

「そうなんだ、ケータ可愛い~」

「ふむ。次のブームはそんな感じであるか。儂も負けてはおれんな」


 アロハシャツがブームだった時期を俺は知らないが、着ぐるみ風パジャマがブームになる事もないだろうと思う。


「まあ取り敢えず座ってください」


 俺は二人を座らせた。

 応接室のソファーで俺と少女が横並びに、神アバルとクイが横並びに、テーブルを挟んで向かい合っている。


 オッドアイの少女を一目見て、神アバルは何かを察したようだ。


「人ではないな。だが神と呼ぶにはあまりに不出来」

「そう、アバルには私がそう見えるのね」


 二人の会話に、クイは手にしたバスケットをテーブルに置いて俺を見つめた。

 このバスケットの中には、俺が依頼したスープが入っている筈である。


「ほう、儂の名を知るか」

「知らない方がどうかしているわ。神として存在したその時から、私は神としての知識を得ている。神アバルと言えば、各世界に点在する神を管理する統括者。私やその子のように、具現化された世界に依存している神にとって最も畏れるべき存在」


 そしてそのスープは、一時的に神の力を封じる魔力を宿している。

 うまい事飲ませてしまうかどうか、その判断は俺に委ねられていた。


「ならば話は早い。おぬし、何処から来た」

「何処から……かしら。気が付いたらあの場所にいた」


 少女は言葉を続けた。


「神界の源は想像力。人の想像力によって存在する事になった神界の神に、自然的に存在した私を理解する術はない」


 その言葉に、サングラスに覆われた神アバルの瞳孔が開いた気がする。


「いや、そうとも言い切れんぞ不出来な者よ。元来実体を持たぬ土着の神は、神界で発生した実体を持つ神に遠く及ばぬ」

「そう、なら試してみる?」


 異様な殺気が応接室に満ちた。


「不出来な者よ、そう傲慢になるな。おぬしが強い力を得ているのは、人間の魂によるものだ。そうであろう。四方田の魂を喰らったな」

「傲慢? それはそちらの方じゃないかしら。お察しの通り、私は偶然見つけた魂を喰らった。強い力を持つ魂だった。それにより私は実体を得て、強い力を持てている。否定はしないわ」


 四方田くんの魂を喰らったという事か。

 神アバルが『強い力』と言うからには、それ相応なのだろう。ましてや会話の流れからすると、この少女はこの人間界で生まれた神。即ち、この世界でその力を存分に発揮できる神という事である。

 逆に、神アバルはこの人間界では思うように力を発揮できない。


「では不出来な者よ、何を望む。何を欲して儂に会いに来た」


 事務所の応接室で神同士のバトルは勘弁してもらいたい。

 神アバルもそのつもりはなさそうで、どうにか平和的解決を模索してくれているようだ。


「私を神界に連れて行ってほしいの。人間界で存在した以上、人間に迷惑をかけたいとは思っていない。けれど実体を持ってしまった私がこの世界で生きるのは、あまりに不便なのよ」

「そりゃそうじゃな。食わねば腹が減り、寝なければ疲れ、実態を持ったが故に移動もままならぬ。実体を持たぬ事の利便性を捨て、その対価として強い力を得たのじゃ」


 消えてしまった四方田くんの魂がどうなったのか、その点についてはほぼ解決である。

 何処か別の世界に持ち去られ、悪用されるという危険性はないだろう。

 自然的に発生したと思われた神界と人間界を繋ぐルートも、今回の件では存在しないという事だ。

 あくまで、彼女の言う事を信じるのであれば、という条件は付く。


「睡眠を取る場所の確保にも、肉体を維持するために必要な食料の確保にも、少なからず人間に迷惑をかけているの。神の力を使って人間を騙すのは気が引ける」

「はっはっは。不出来な者よ、思いのほか良い心根だな。四方田の魂を喰らった影響かもしれんが、その想いがあらば心配はあるまい」


 彼女は四方田くんの魂を喰らい実体を持った。

 それから四日が経つわけだが、寝る場所や食べる物を確保するのにどんな手段を使ったのだろう。想像するに恐ろしい。


「そう言ってくれると助かるわ。人間から物を奪わなくても済むよう、私を神界へ連れて行って」

「なるほど。事情はよう分かった」


 神アバルがしきりに頷いている。その様子に、クイがにっこりと微笑んだ。


「じゃあスープの出番はなさそうだね」


 万が一に備えておいたスープ。せっかく用意してくれたの無駄にしてしまったが、それはそれで一安心である。


「ああそうだな。悪いな用意してもらったのに」

「だいじょぶ! クイはいつでもケータの味方だから!」


 人間界で生まれた神が、昇華した魂を喰らい肉体を持ち、人を傷つけずに済むように神界への移住を求めている。

 あとは神アバルがこの子を連れてってくれれば万事解決である。


 ふと何かを決意したように、神アバルが席を立った。


「よし決めたぞ。神野威よ、その出来損ないはおぬしに任せよう」

「はい?」


 神アバルはニタリと笑みを浮かべた。


「人間界で発生した神をな、神界へ連れてゆくには相応の手続きが必要になる。ましてや実体を持ってしまったとなれば尚更じゃ。手続きが済むそれまでの間、おぬしが面倒を見るがよい」

「いやいやいや、何で!?」


 猛烈に抗議しようとは思うが、少女を目の前にそれも申し訳ないような気がしなくもない。

 それに俺は今、説得力を持てるような服装ではない。


「何でもへったくれもあるか。これは人間界の問題じゃ」


 神アバルはそう言うと、ぐっと身を乗り出して言葉を続ける。


「この不出来な者がな、人間から物を搾取する事なく生活できるようなれば、人間にとってもそのほうが良いぞ? 人間の歴史はそれなりに長いが、実体を持った神の存在はそう多くない。必ずや役に立つ。そう思わんか?」


 なんだか真っ当な事を言われている気がする。


「ですが神アバル、彼女も神界への移住を望んでいるわけでして」

「そうじゃ。であるから、その手続きの間と申して居るではないか」


 問題は、その手続きの間と言われる曖昧な期間だ。


「どれくらい時間がかかるのですか?」

「早ければ数日。じゃが……ここまで不出来な上に実体を持っているとなると、それは無いな」


 不出来だの出来損ないだとの言われ続けている少女が可哀相に思えてきた。


「神アバル、彼女がそう言われないために必要な事は何です?」

「ふむ……簡単に言ってしまえば『情緒』であろうな。このクイを見てみろ。実に情緒豊で良い子ではないか」


 この無機質な少女に、クイのような豊かな情緒を身に着ける事が出来るのだろうか。正直なところ、不可能な気がしてならない。


「ではそれが身に付かなかった場合、どれだけの時間を?」

「そうさな、一年か、二年か。まあ案ずるな。おぬしが生きているうちには引取にきてやる」


 あり得ない。

 そこで少女が口を開く。


「私は構わない。私には時間という概念が無いに等しいから。神界に連れて行ってもらえるなら、待つわ」

「え? ちょっと待って」

「はっはっは。本人がそう申して居るのだ。神野威、無下にいたすでない」

「はあああああ?」


 このやり取りを、クイは楽しそうに見つめるだけで援護射撃してくれそうもない。

 困り果てた俺に、少女が体を向けた。


「先ほどは申し訳なかったわ。私の所為でそんな恰好までさせて、こんな事を言えた身分ではないのだけれど……」


 少女は白い頬を朱に染めて言う。


「よろしく、お願いします」


 そしてペコリと頭を下げた。

 視界の隅では、神アバルが腕組みをして俺の返答を待っている。


 これは脅迫だ。

 神による脅迫だ。

 俺の返答次第で、神アバルはきっと次の手を考えているはずだ。この爺さんの性格から考えて、俺を追いこむ方法で頷かせるつもりだろう。どうせ頷くなら早い方がよさそうである。


「分かりました」


 人間は無力だ。

 神の圧力に屈し、無理難題を押し付けられる形になった。


「そうか、良かったではないか不出来な者よ。では、儂は帰るとするかの。クイ、ゆくぞ」

「は~い。ケータまたね!」


 人の気も知らずさっさと戻った神二人。

 応接室に残された俺は、どこか申し訳なさそうに佇む少女に一つの提案をせねばならない。


「俺は君を『不出来』だなんて思ってないよ」

「そう、それは有り難いわ」

「だけど沢山の神と付き合いがある以上、君を他の神とは区別しなくてはならない。だから、君にも名前が必要だ」

「……そうね」


 同意を示してくれて一安心。


「何か希望はある?」

「自分の名前に希望を言うように見える?」

「うん、見えない」

「そう。なら聞かないで」


 さて、これからの事は里琴ちゃんと一緒に考えるとしよう。


「そうだね、取り敢えずあっちに戻ろうか」

「あの椅子は勘弁してもらいたいわ。普通の椅子はないの?」

「あるある。あるから行こう」


 俺は彼女を誘導するよにして応接室を後にする。

 考えないといけない事が山積だ。


 名前、住むところ、食事、人間としての普段の生活を送るのに必要な知識を、彼女がどれくらい身に着けているかも不安である。

 何せ、オフィスチェアーで吐くまで回転するような子だ。神としての知識はあっても、一般的な人間としての知識はかなり薄いのだろう。

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