第17話 女神のリベンジ

 急転直下。

 逃げようにも隠れようにも、俺はこの世界の住人ではないのでそうもいかない。

 大量の愚痴と多少の抗議を述べてはみたものの、結局はちゃっかり中央の武舞台へと足を運んでしまった。熱狂渦巻くこの環境を目の前に、己の我を貫き通して辞退できる程、俺の神経は図太くない。


「女神ウルイナス、随分なおもてなしじゃないか」

「神野威、いつぞやの決着を付けようではないか。今宵はチャームなど使わない。ただ己の武を以て、全力でやらせてもらうつもりだ」


 こんな状況になるのであれば、クイの世界で決着をつけておくべきだった。あそこならば俺はかなり強い。けれどこの世界では、俺は半分も力を発揮できないだろう。

 だがそれは女神ウルイナスも同じである。既に担当を外れたこの世界では、俺と同じく半分も実力を発揮出来はしない。


「あまりいい気はしないな、先日は俺が勝ったんだ。女神ウルイナス、君は俺の反射魔法によりチャームを受け、俺に敗北したんだ。決着は付いている」

「それは神野威の勘違いだ。人間如きの反射魔法に屈服するような事は無い!」

「いいや。あの時確かに女神ウルイナスはチャームにかかっていた。そんな事を見逃すような俺だと思ったか?」

「私がチャームに? 笑わせるな」


 女神ウルイナスは巨大な斧を両手に持って戦闘態勢に入る。


「仕方ないな……だが女神ウルイナス、俺は負けない。無論、退く気もない」

「いい心意気だ。いくぞ神野威!」


 凄まじい旋風を巻き起こしながら、女神ウルイナスは斧を手に空高く舞う。


「神野威、天空より出でて大地を切り裂く竜巻を見た事があるかい? 今見せてやる……あいさつ代わりだよ、食らいな!」


 凄まじい魔力が凝縮されていく。

 俺はクイに頼み、どうにかアイテムボックスだけは使える状態にしてもらっていた。

 頭上に右手を掲げ、仮想空間から水色に光る魔法剣を取り出す。


「唸れ水龍剣! ウォーターシールド!」


 水属性の魔法剣から噴き出すように出現した大量の水は、俺を囲うように半球型のシールドとなって竜巻を受けた。


「神野威、あんたいつから手品師になったのさ。まあいい、煉獄の斧!」


 巨大な斧が真っ赤に染まり、今度は火炎が付帯された竜巻を巻き起こし、刃のように鋭く俺を襲う。


「水を蒸発される気か、やるじゃないか女神ウルイナス!」


 属性の相性による有利不利を超越する、高い魔力があるからこその戦術だ。


「だが甘い! チャームにかかって俺にエッチおねだりしていた、そんな女神に負けるわけがないだろう!」


 強がって見せるも、正直かなり危ない。

 このまま正面からやりあったら、十中八九、俺の負けだ。


「いや、違う、私はチャームになどかかっていない!」

「ほう……じゃああの行動はなんだったんだ女神ウルイナス!」


 俺は魔力の残量を全てつぎ込むつもりで、再び水龍剣を振ってシールドを厚く展開した。

 そして、どうにか心理戦で勝負にかかる。


「あれは……」


 言いよどむ女神ウルイナスに、俺はさらに言葉をかけた。


「体をくねくねさせて、俺の身体をまさぐってきたじゃないか! そして、俺の唇を強引に奪ったあれがチャームでないとしたら、あれは何だったんだ!」


 自分で言いながら少々恥ずかしいのだが、このまま煉獄の斧とやらを喰らうのは勘弁してもらいたい。死にやしないだろうが、かなり痛いはずである。


「あ、あれは……断じてチャームの効果などではない!」

「だったら何だったのかと聞いているんだ! 答えられないだろう! あれはチャームの効果だった。間違いない!」


 俺は右手を掲げアイテムボックスに水龍剣を投げ込むと、別のアイテムと取り換えた。それは紫色に光る水晶玉を虹色に光る四角いフレームが囲う、幻想的な代物である。


「俺の記憶を見せてやろう!」


 そのアイテムは、自分の記憶を映像化するアイテムである。

 自分の体験した何かを誰かに伝える時、それをより正確に伝えるための便利アイテムだ。


 映像は水のシールドを貫通し、巨大な石作りの壁面へと投影される。

 勿論、爆音の音声つきだ。



◆◇◆◇◆


「のけ者ってどういう事? 誰からの情報?」

「……スキヤキとやらに私は呼べぬと、見習い女神風情が」

「は?」

「だから、見習い女神クイが、わたしを、神野威とのスキヤキには呼べないと、そう言ったのだ。何故だ神野威」


 涙に潤んだ真っ赤な瞳で、俺を見つめ、下がったはずの距離を一瞬で詰め寄ると俺に抱き着いた。


「神野威、スキヤキとは何だ。私と神野威が打ち合わせをする事で、見習い女神クイが得られるその褒美を、どうして私は得られんのだ」


 むっちむちの褐色おっぱいが思い切り押し付けられた状態で、俺はどうにか平常心を保つ。


「なんか変な体勢で変な話になっているが、クイは何処にいる」

「この地下だ」

「すぐに連れてこい」

「嫌だ。私にもスキヤキをくれ。そうでなければクイは返さない」

「分かった分かった、女神ウルイナスもすき焼きに呼ぶから、クイを返してくれ」

「本当か?」

「ああ、本当だ」

「そうか、これだから私は神野威が好きなのだ」


 そう言って、俺の唇を強引に奪う。

 これは完全に魅惑チャームの効果であるが、これ程強い効き目の魔法を俺が真面に受けていた場合の惨劇は、想像しただけで恐ろしい。


「そ、そうかありがとうな。ほら、早くクイを」

「そう焦るな。二人で楽しんでからでも遅くはなかろう?」

「だーめ、今すぐ!」


 俺の体をまさぐるようにする女神ウルイナスの両手を抑え、体を強引に引き離す。


◆◇◆◇◆



 先程まで戦闘に熱狂していた観客席が、妙な歓声を上げて別の意味で大盛り上がりとなる。


「女神ウルイナス、これでもチャームにはかかっていないと?」

「や、やめろ神野威! あ、あれは……チャームじゃなくて……ちょっとした出来心だ!」


 会場がどっと笑いに包まれた。

 褐色の頬をさらに赤く染め、女神ウルイナスはへなへなと武舞台へと着地する。

 その様子に、俺は先程と同じ映像のリピート再生を開始した。


「やめろ、やめてくれ神野威!」

「出来心だって? 女神様ってのは案外、精神修養が足りないんだな」


 コロシアムに集まった大観衆は、それはもうやんややんやの大騒ぎとなっている。


「いや、だから、その、そうではなく。あれは……」


 もう言い訳も限界だろう。


「女神ウルイナス、俺は――


 そこで女神ウルイナスが言葉を遮った。


「あれは、恋だ! 私が勝手に恋をしてああなっただけだ! 断じて出来心でもチャームでもない!」

「女神ウルイナス……何を言っているのか分かってるか?」


 会場からは黄色い声援が飛びまくり、拍手喝采の大盛り上がりである。


「いや、ちが、そうではなく……」


 穴があったら入りたいくらいに恥ずかしいだろう。


「さて、どうする? 勝負、まだ続けるかい?」

「う、煩い! しらけた! 宴はここまでだ!」


 ここで女神ウルイナスが逃亡したとしても、宴が興ざめという事はない。

 寧ろ大いに盛り上がり、客席の人達には笑顔が溢れている。


 俺は客席の声援に手を振って応えながら、沙織ちゃんたちが待つ観覧席へと移動した。


「神野威社長、凄いです! あの剣はどうやったんですか?」

「なんか凄い物を……見たよ」

「あれはアイテムボックスに決まってるだろ。個人専用の仮想空間を作り出してそこに――」

「うらやましい! 実にうらやましい! 小麦色の巨乳とキスだなんて!」

「ホログラム技術か。イセソリュは随分と金があるんだな」


 出迎えてくれたカワカド文庫の面々に笑顔で応え、俺はクイと向き合う。


「ありがとうな、助かったよ」

「ケータかっこよかった! じゃ、解除するね」


 クイの魔力によって付与されていたアイテムボックスを解除。

 自分の担当ではない世界で魔力を使うのは、神にとっても負担である。それを笑顔でやってくれたクイには感謝せねば。


「帰ったらすき焼きパーティーだな」

「やったねー!」


 こうして、今回の見学会も事故など無く、全員が無事に帰還できた。

 帰りも沙織ちゃんの柔らかい手を握っての帰還となったわけだが、それは彼女の誕生日だという事で割り切ってしまおうと思う。


 事務所へ戻り、里琴ちゃんから沙織ちゃんへお誕生日プレゼントが贈呈され、作家さんたちも含めてハッピーバースデーの合唱となった。

 少し涙腺を緩めていた沙織ちゃんを見て、この子はこれからも強く生きていけるだろうと確信する。なぜそう確信したのか、俺には分からない。だが、何故かそう思えてならなかった。


 これで沙織ちゃんが異世界渡航希望カードの更新を停止すれば、我が社は顧客第一号を失う事になるわけだが、それはそれで目出度い事だ。

 どこか非現実的に憧れていた異世界という場所。その抽象的な憧れからの卒業である。



 カワカド文庫の皆さんが帰っていった後、応接室は美味しそうな匂いに包まれていた。

 里琴ちゃんが準備してくれたすき焼き鍋を、俺とクイ、そして女神ウルイナスと里琴ちゃんが囲う。


「お肉様いっただっきまーす」


 クイが箸を持ったのを合図に、皆で美味しくすき焼きを頂く。


 幸せの定義は色々とあれど、俺にとっては今この状況は幸せ以外の何物でもない。

 共に生死の境界線で戦ってきたクイ、苦楽を共にしてきた里琴ちゃん、この仕事を始めてから何度もお世話になっている女神ウルイナス。

 誰もが其々に魅力的であり、ちょっとしたハーレム状態な今の状況。どれだけ斜め下から見たとしてみても、不幸であるはずがない。



Episode5 カワカド文庫の見学会 ~ Fin ~

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