第14話 注文の多い酔っ払い

 応接室でソファーに腰かけテーブルを挟み、幼女の姿に戻った女神ヌレニスと向かい合う。

 お神酒に頬を赤らめた幼女。

 幼女に飲酒をさせているとか、現代の日本の法令に完全に抵触しているわけだが、相手は女神であるし、この応接室は治外法権という事にしておこう。


「それでは女神ヌレニス、今回のご依頼は?」


 俺は希望を聞き取る準備をして問いかけた。


「すごい奴を転移させたいと思うておるのじゃ……ヒック」


 語尾を使ってそんなに分かりやすく酔っ払いにならなくてもいいだろうに、女神ヌレニスはぽーっとした顔で楽しそうだ。


「そうですか。凄いとは、具体的にどのような?」

「凄いは凄いじゃ。例えばそうじゃな……」


 少し考えて言葉を続ける。


「うむ、こんなやつはいないか? もの凄い実力を持っているのだが、どうにも慎重で、とにかく慎重で、敵を完膚なきまでに倒す準備を幾重にも積み重ねる。しかもそれを自分でやってくれるような勇者がよいな」

「いません。そんな都合のいい転移者はいませんし、それギリギリアウトです」


 女神ヌレニスは残念そうに項垂れると、思い出したように次の要望を述べる。


「ではな、飯を食うだけでぐんぐんレベルアップして、ものすごく強くなってしまうような能力を――


 俺はその台詞を途中で遮った。


「すとーっぷ! そこまで! それ以上はアウトですから!」


 女神ヌレニスは不満そうに頬を膨らませて文句を言う。


「なんじゃ。融通の利かないやつじゃな。ならばこういうのはどうじゃ」


 言いながら、盃の底に残ったお神酒を飲み干して言葉を並べる。


「転移者を二人にして、片方は勇者で、もう片方はものすごく強いのだが、勇者たちを影から支えて魔王討伐を助けるとか。クラスごと召喚して一風変わった能力を持っているとか。一日一回だけガチャを回せるとか、それから――


「だめだめだめストーップ! それ以上はやめて! ホントにアウト!」


 俺は大きくため息をついて、女神ヌレニスを諭す。


「あのですね、どこで仕入れた情報か知りませんけど、うちの会員にそれを実現できるような人材はいません。それから、能力に関しては神々が与えるべきものであって、この世界の人間は大抵の場合は無能なんですよ」


 それでも女神ヌレニスは不満そうだ。


「ケチ。変態、ロリコン! ならばこれはどうじゃ。クラスまとめて転生させて、そのうち一人だけを蜘蛛に――

「ダー! それも駄目!」


 俺は女神ヌレニスの目の前に、現在の会員リストが表示されたタブレット画面を置いた。


「あのですね、この中からしか選べません」

「つまらんやつじゃな」


 以前の依頼はこんな突拍子もない事を言わなかったのだが、これは何か事情があるのだろう。


「女神ヌレニス、どうしたんですか? 次の担当はどんな世界です?」


 俺の質問に、女神ヌレニスは頬を膨らませた。

 そして可愛い見た目に不釣り合いな溜息をもらして答える。


「ようやく聞いてくれたな」


 打って変わって真剣な表情となり、言葉を続けた。


「今回な、儂にもようやく難易度Sの世界が回って来たのじゃ。ここで失敗するわけにはいかん。ケイタ、頼む! 難易度Sに相応しい者を紹介してほしい!」


 そうならそうと早く言えばいいものを。


「そういう事でしたら、分かりました」


 俺はタブレットを操作して、リストのとある項目ひとつだけを選択し、それを基準にソートをかける。


「難易度A以上の異世界をハッピーエンドに導き、現世に戻っている転移経験者は現段階で六十三名、その中で渡航希望カードを現在も保有しているのは四十一名です。この中から、更にその世界の特徴に合わせて選定し、最適な人員をピックアップします」

「ふむ。儂が次に挑む世界はな、難易度Sの内政チート系じゃ。いきなり内政に取り掛かるのも大変であろうからな、最初はコンビニを経営して――

「だからそういうの無し!」


 俺は女神ヌレニスの言葉をどうにか遮る。

 これは意外にも、かなりハードな内容だ。真面目にやらないと厳しい結果になろうだろう。


「まあ事情は分かりました。それでは、現代科学、農業、政治学、他にも様々な分野に広く精通している者を選定しましょう。身体能力よりも、知識量と柔軟性のある思考が重要となります。しばらくお待ちください」

「相分かった。頼りにしておるぞ」


 俺は女神ヌレニスを応接室に残し、事務所での作業へと移るべく自席へと戻る。

 応接室を出た所で、そこには正しく仁王立ちの里琴ちゃんが待ち構えていた。右手には棍棒ではなくハリセンを握りしめ、完璧なまでのキュートな笑顔で俺を見やる。


「おう……大丈夫、大丈夫、それしまって!」

「あらそうなんですか。残念っ」


 笑顔で怖い事を言う里琴ちゃんにも協力をお願いして、内政チート向きの人材の選定作業に入る。ここまで細かい内容で選定していくとなると、それは単純なチェック項目だけではなく、自己アピールの文章まで読んでいかないといけない。


 しばらく作業を進めると、里琴ちゃんが思い出したように席を立った。


「あ、いけない。女神ヌレニス様にお神酒を追加しておかなくっちゃ」

「そうだね、色香封じの効果が切れた女神ヌレニスと応接室で二人きりは……かなり危険だよ」


 三十分ほどかけて細かく選定して結果、三名の候補者まで絞り込む事に成功した。だが、正直これ以上のところは本人と会ってみない事には分からない。

 実際の知識量がどの程度か、思考回路は柔軟かどうか、そこら辺までは自己アピールの文章では見抜き切れないのだ。


「女神ヌレニスには……来週また来てもらおうか」

「そうですね。この三人なら誰でもよさそうではありますけど、難易度Sと言われると慎重になりますね」


 本当に里琴ちゃんはよく分かっている。

 それは女神に対しての推薦が慎重になるという事だけではないのだ。

 難易度の高い異世界程、当然ながら危険も多くなる。如何に転移者とて、その世界で死んでしまうような事があった場合、余程の特殊能力でもない限りはそれで終了だ。

 死んでしまった場合は、現世に戻る事も出来なくなる。


「そこら辺の危険も踏まえて、了承してくれる人を選んだ方がよさそうだな」

「そうですね」


 心配そうに三人の候補者を見つめる里琴ちゃん。

 ここまで真剣に候補者の事を考えてくれる人材に育ってくれて、俺は本当に嬉しく思う。


「この真ん中の人、結構タイプかも。イケメンは正義ね。この人の面談は是非、事務所でお願いしますね、社長」


 いや、前言撤回。


「あのね……まあいいか。んじゃ、女神ヌレニスに伝えてくるよ。お神酒飲んでくれたかな?」

「はい。小さい女の子にお酒進めてるみたいで罪悪感ありましたけど、頑張りました」


 気持ちは分からないでもない。

 だが安心してほしい。女神ヌレニスはあの見た目だが、実は百歳を超えるババアだ。


「そっか、有難う」


 俺は安心して応接室へと踏み入れた。


「女神ヌレニス、お待たせしました」


 返事がない。

 姿も見えない。

 いつの間にか帰ったのだろうか。


 俺は確認するために応接テーブルまで移動した。

 そこには、背もたれで隠れて見えなかっただけの女神ヌレニスの姿があった。


「女神ヌレ……」


 俺は言いかけて言葉を飲み込む。

 幼女の姿で、というか、そもそもこの姿が女神ヌレニスの本来の姿なのだが、その姿のまま、お酒が回ったのか可愛い寝息を立てている。


 俺はスーツの上着を脱ぎ、女神ヌレニスにそっとかけた。

 こうして見ると、純粋で無垢で可愛い女の子でしかない。見た目だけの話をすれば、俺の娘だと言っても不思議ではない。


「ケイタ……触ってもよいか? 意外と柔らかいのじゃな。こうするのか? ふむ、ひあ、大きくなったぞ……むにゃむにゃ」


 いや、やっぱりそれはない。

 ただの変態エロ女神だった。


「女神ヌレニス、人員の絞り込みは時間がかかりそうです。来週また来社願えませんか? 女神ヌレニス」


 俺は優しく肩をゆすり、女神ヌレニスに声をかける。


「どんどん大きくなるではないか……むにゃむにゃ」

「女神ヌレニス、朝ですよ」

「まだ大きくなるのか? そろそろ破裂しそうではないか……こんなに大きいのは儂の口には入らん、無理じゃ……むにゃむにゃ」


 いったいどんな夢を見ているのだ。


「おーい女神ヌレニス、起きて!」

「む!? なんじゃケイタではないか。良い所だったのに起こしおって……」


 女神ヌレニスは目をこすりながら体を起こす。


「つきたてのな、ふわっふわの餅をトースターで焼いてな、ぷっくり膨らんだところ食べようとしておったのに。何故邪魔をしたのだ。融通の利かんやつだ」


 ぐぬぬ、小娘。いや、ババアか。


「女神ヌレニス、とりあえず来週また来てくれませんか? 三名まで絞ったのですが、当人達と会ってみない事にはどうにも選定しきれなくて」

「そうか。ケイタがそう申すのであれば、そうしよう」


 案外聞き分けよく承諾した女神ヌレニスは、自分にかけられていた俺の上着に気付いた。


「なんじゃ、服を脱いで儂を襲おうと思っていたのか? 生憎じゃが、今日はもうあの姿になる魔力が残っておらんのだ」

「いや、そうじゃないから」


 俺は苦笑いしながら否定した。


「まあいよ。また来週くるぞ」


 女神ヌレニスはそう言って、俺の頬に可愛らしいキスをして立ち上がる。


「い、い、今のはな、上着を掛けてくれた礼じゃ」


 頬を真っ赤に染め、全力でツンデレを演じる。

 特に強烈な色香があるわけでもなく、可愛い女の子からのお礼のキス程度であればどうという事もない。


「有難う女神ヌレニス。では来週」

「あ、ああ。また来週なのじゃ!」


 本当に、あの強烈な色香さえなければただの可愛い女神様なんだけどな。

 俺はそんな事を思いながら、カーテンの向こう側に消える女神ヌレニスを見送った。



Episode4 変態女神の真面目な注文 ~ Fin ~

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