激闘! 人造令嬢編

激闘! 人造令嬢!

 春真っ盛りのよく晴れた昼下がり。

 令嬢としてのレッスンを終えたマリアベルは、自宅の大庭園でお花見の最中である。


「今年も美しく咲きましたわね」


 うっとりと桜を眺める彼女は、用意された茶道具でお茶を点てる。


「ちょうどお客様がいらっしゃることですし、味見していただきましょうか」


 桜の木々に隠れて何者かの気配を感じたマリアベル。

 正義とも悪役ともつかない独特の気配に警戒を強めた。


「どちら様ですの!」


 木の影から現れたのは、見知らぬ令嬢二人組。

 片方は赤く靡くロングヘアーに黒いドレス。

 もう片方は大柄で無表情な白髪に黒いドレス。


「データ照合。マ・リ・ア・ベ・ル」


「抹殺いたします」


 淡々とした声で告げ、マリアベルへと襲いかかる二人組。

 音速を超え、それでもスカートは乱さない乱入者。

 それは両者の令嬢としての技術が高いことを物語っていた。


「やるしかありませんわね。正義令嬢マリアベル、お相手いたしますわ!」


 二人は優雅に舞い踊る。その動きはどこか無機質で、マリアベルに得体の知れない不気味さを植え付ける。


「令嬢なら名乗るくらいの礼儀は、わきまえて欲しいものですわね」


「人造令嬢セレブ」


「ブルジョワ」


「人造……令嬢……?」


 聞きなれない単語に戸惑いながら、人造令嬢の音速を超えた連打を受け流す。

 これまでの戦いにより、マリアベルの令嬢パワーは格段に上がっていた。


「参りますわ! 令嬢舞踏!」


「モードシフト。令嬢舞踏」


 令嬢舞踏にピッタリとついて離れない二人。

 完璧にものにした令嬢舞踏を見切られるという非常事態に直面し、動揺からスキが生まれてしまう。


「ツインエンジェル」


「ストライク」


 華麗に交差する人造令嬢。その両腕には眩い電撃をまとっていた。

 二筋の閃光が、マリアベルを切り裂き吹き飛ばす。


「きゃああぁぁ!?」


 ギリギリで、本能的に動いたため軽症ですんだ。

 日頃のレッスンと令嬢魂が活きたのである。


「ここで令嬢ファイトなどすれば、桜の木を傷めますわ。無人の荒野までエスコートいたします!」


 人造令嬢が負ってくるのを確認しながら、猛スピードで疾走するマリアベル。


「速い……追いつかれないようにするだけで精一杯とは……令嬢飛翔!」


 令嬢パワーで空をかける。

 彼女は名家のご令嬢。美しく舞うその姿は、地上だけにとどまらない。

 一流の令嬢ならば大空を鳥よりも美しく舞うべし、である。


「飛翔モード」


「令嬢飛翔までも習得済みとは……」


 それを苦もなく追従する二人に、更なる不信感をつのらせていた。


「人造……人造……人工的な何かのレッスン? 人の造った力? 令嬢魂を感じないのは何故ですの……? 不明な点が多すぎますわね」


「どこまで行くのです?」


「これ以上は人類の抹殺を優先いたします」


「仕方がありませんわね。少々粗野な場所ですが、第二ラウンドといたしましょう」


 無人の荒野へと飛んだ三人。どこまでも広がる岩と土。

 令嬢が戦うには質素極まりないが、周囲の被害を考えた結果である。


「爆熱ロンド」


 セレブが一度回転するたびに爆炎が襲う。

 周囲の岩までも容赦なく溶かすその熱は、令嬢でなければ灰すらも残らない。


「これだけの力を持ちながら、私を抹殺しようとする。やはり悪役令嬢?」


「正義でも、悪でもない」


「我々は人造令嬢。第一目標。正義令嬢エース、マリアベルの抹殺」


「穏やかではありませんわね」


「冷花演舞」


 ブルジョワの両腕から放たれる絶対零度の暴風が、無人の荒野に雪を降らせる。


「なんという令嬢パワー。善でも悪でもない……魂を感じない。ただ力そのもの?」


「冷炎の」


「ワルツ」


 二人の腕が重なる。そこから放たれる豪炎と冷気は、お互いを打ち消すことなくマリアベルを襲う。


「くううぅぅ!? 強敵ですわ……令嬢パワー全開!」


 パワーを開放し、短期決戦を挑む。


「ホーリーライトニングロンド!!」


「ダブルライトニング」


「ロンド」


 聖なる雷光が激突し、雪を溶かし、岩を砕く。


「そんなっ!? 正義令嬢の奥義までも!?」


 鍔迫り合いに決着はつかず、そのまま乱打戦へと突入。

 致命傷は避けているが、徐々にマリアベルのパワーが落ちていく。


「ダーク婚約破棄トルネード」


「悪役令嬢の技まで!? 婚約破棄ハリケーン!」


 黒き竜巻を白い竜巻で押し返す。だがそれはその場しのぎ。

 そして今は二対一。竜巻の中からセレブが襲いかかる。


「令嬢百裂脚」


 一秒間に百発の蹴り。並の令嬢では十秒ともたない悪役令嬢の処刑技の一つ。

 高等技術であり、スタミナ、攻撃力、正確に敵の急所を付く経験が必要になる。


「うあああぁぁぁ!?」


 その全てが狂いなく正確にマリアベルを襲った。

 衝撃を殺しきれず、何度も岩盤を突き抜けながら吹き飛んでいく。


「数の不利を覆すには……一気に決めるしかありませんわね」


 令嬢パワーを溜め、セレブとブルジョワが来る瞬間に解き放つ。


「はああああぁぁぁ!」


 令嬢の究極の姿である花嫁令嬢へと変わった。

 そのあまりの美しさに、人造令嬢といえども停止する。


「まず片方を落とさなくては!」


 時の止まった世界でセレブを掴み、天高く跳躍しつつもブルジョワから離れる。

 横槍を入れられぬように、確実に仕留めるためであった。


「正義令嬢究極奥義、ごきげんようバスター!!」


 雪原を根こそぎ吹き飛ばし、再び舞い散る雪の中に二人はいた。

 立ち上がるマリアベル。再起不能となって倒れるセレブ。


「さて、これであとひとり。人造令嬢とはなんですの?」


「コアの生存を確認。データ回収」


 セレブの体が発光し、体からPCに使うようなチップと光る玉が現れる。


「吸収開始」


 ブルジョワの体に入り込んだそれは、彼女の力を増大させる。


「今のは……機械のパーツ? 人造……まさかロボットですの!?」


「はああああぁぁぁぁ!!」


 ブルジョワの口や目から放たれる大量の光。

 やがて彼女の全身を包んだ光が収まると、そこには別人となった人造令嬢がいた。


「吸収完了」


 皮膚は肌色から白に。人間味が消え、陶器のような美しさを持つ白へと変貌した。

 ピンクの長髪に灰色のドレス。赤い瞳は時折輝き、無機質さを際立たせる。


「対花嫁令嬢用データ収集完了。抹殺を続行」


「なんですって?」


 花嫁令嬢となったマリアベルですら、回避不可能な速度で急接近するブルジョワ。


「うぐっ!?」


 白く透き通るような腕で首をつかまれ、そのまま大岩に叩きつけられてしまう。


「乙女心インパクト!」


 自分の首を掴んでいる右手にむけて、弱めに技を叩き込む。

 乙女心インパクトは、内部から力を撃ち出す技である。

 弱めに使えば、握られた手を開かせることも可能だ。


「令嬢ダイヤモンドダスト」


 ブルジョワの両腕から凍気の結晶が降り注ぐ。

 その絶対零度の世界では、マリアベルの動きすらも鈍らせる。

 世界は再び雪の中へと埋もれていく。


「花嫁令嬢でなければ……凍っていたかもしれませんわね」


「ブリザードウイング」


 腕から生える氷の刃。それは厳しいレッスンにも耐える令嬢をも斬り裂く凶器である。


「ホーリーライトニングロンド!!」


 氷の上を滑走するブルジョワを迎え撃つために、聖なる雷光を帯びるマリアベル。


「令嬢パワーよ、今こそ極限を超えて高まるのです!!」


 その熱気と雷によって溶け出す氷。


「はああぁぁぁ!!」


 すれ違いざまに斬りつける。二人がやったことはただそれだけである。

 同じ行動。だが、マリアベルは花嫁令嬢を解除し倒れ込む。

 同時にブルジョワも雪原に倒れた。


「か……勝った……?」


 雪原に拍手が響く。


「なに……? どこから?」


 岩山の上。ドレスを着た誰かがマリアベルを見下ろしていた。

 銀髪に白い肌。白いドレス。金色の目がマリアベルを見つめていた。


「立ちなさい、ブルジョワ。まだやれるでしょう?」


 傷ついた体から電気を放ち、声も出さずに立ち上がるブルジョワ。


「お初にお目にかかります。科学者令嬢リッチと申します。地獄に行ってもお忘れなきよう、その魂に刻んでおきなさい」


 令嬢はなにもひとりでレッスンをしているわけではない。

 レッスン機器の開発。令嬢パワーの研究は専門の科学者令嬢が行っている。


「聞いたことがありますわ……あまりにも人道から外れた研究により、数多の令嬢を傷つけた罪で、令嬢科学界から追放された令嬢がいると」


「ご存知でしたの? これは嬉しい。正義令嬢の若きエースに知られているとは光栄ですわ」


「目的はなんですの? なぜこんなことを……」


「令嬢のサンプルをもとに、最強の人造令嬢を完成させるため。人間を超えた機械の令嬢……ワタシの発明品が世界一であると、世界に証明する。ただそれだけですわ」


 狂気に歪む、焦点のあっていない目。

 にやりと笑う顔には、冷気とは別の薄ら寒さを感じさせる。


「さあ戦うのです。もうマリアベルは花嫁令嬢になることすらできない。斬り刻み、この真っ白な雪を血で赤く染め上げなさい!!」


「了解」


 力を使い続けたマリアベルは、最早花嫁令嬢となるだけの余力を持っていない。

 ブルジョワと戦えば間違いなく負け、そのドレスと地面を赤く彩るであろう。


「これは……少々厳しいですわね」


 そんな時、突如として雪原にバラが咲き乱れる。

 花など育たぬ極寒の地を、美しい真赤なバラが満たしていく。


「満たすなら、血ではなくバラの方が美しくってよ」


 マリアベルの胸元に飛来する一輪のバラ。

 それは令嬢が体力回復に使うものであった。


「あの時とは逆になりましたわね。マリアベル」


「あ……貴女は……」


 雪原に現れたのは、黒髪黒目に真っ黒なドレス。


「ごきげんようマリアベル」


「ローズマリー!!」


 宿敵悪役令嬢ローズマリーであった。

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