マリア・テレジアの罠

 ベルサイユ宮殿で夕食を食べたマリアベルは、猛烈な睡魔に襲われる。

 気がつくとそこは、マリーと共闘したリングであった。


「私は……何故ここに……?」


「お目覚めかしら、マリアベル」


「テレジア様? いったいこれはどういうことですの?」


 リング外周に張られた令嬢結界と、それに繋がる見たこともない大掛かりな装置。

 そして上空からリングへと飛び込んでくるマリー。


「マリー様! これは……」


「令嬢ファイトです…………マリアベル様」


 マリーからは何の感情も伝わってこない。無表情のまま、令嬢舞踏の構えに入る。


「いい、いいわよマリー。その令嬢も破壊してしまいなさい!!」


 マリーのイヤリングとチョーカーが赤く光る。

 その光は暗く、どこか寒気のする光であると、マリアベルは令嬢の本能で感じ取った。


「マリー様! せめて理由を!」


「令嬢舞踏の真髄をお見せいたします……どうか、死ぬまでよーくご覧になって……」


 テレジアだけが見守る中、謎に包まれた令嬢ファイトが始まる。


「ダンスのお相手を……してくださいまし……マリアベル様」


 令嬢舞踏の独特で優雅な舞は、過去でも健在である。


「やはり見切れない! 令嬢パワーを拡散して、全方位に攻撃を!」


 令嬢パワーを高ぶらせ、一気に解放しようとした瞬間。マリアベルのパワーがリングから装置へと吸い取られる。


「ふははははは! いいわ! その令嬢パワー、全て出し切りなさい!!」


 マリアベルは悟った。この戦いが自分の令嬢パワーを吸い出すために行われているものであると。


「令嬢舞踏の基礎は優雅であること……レッスン1……令嬢たるもの優雅であれ」


 マリーの攻撃が嵐のように襲い掛かる。

 ただマリアベルは防御に徹するのみ。だがその防御も、攻撃箇所がわからない不思議な舞の前では空回る。


「これが令嬢舞踏ですわ。流れに逆らうのではなく、自分自身がより美しき流れを作るのです」


 何の感情もこもっていない声に、僅かにではあるが色がつく。

 それは、マリアベルの心に届いていた。


「お喋りはほどほどになさいマリー。あなたはマリアベルの令嬢パワーが尽きるまで、徹底的にいたぶるのです」


「うっ、うああぁぁ……ああああぁぁ!?」


 突然苦しみだしたマリー。頭を抱え、動きが止まる。


「マリー様!?」


「さあ、マリアベル様……一曲……イカガ?」


 さらに無機質な声となったマリーの令嬢舞踏は、さらに美しく激しさを増す。


「これが基本ステップ……マリアベル様に……デキマスカ……」


「マリー様……?」


 マリーは何かに抗っている。令嬢同士の戦いの中で、マリーがなにかを必死に伝えようとしているのだと、マリアベルは直感で理解した。

 今ここで、マリーが伝えようとしていること。それはたった一つ。


「そういうこと……ですのね。ならば、一曲ご指導願いますわ!」


 マリーの動きにあわせてマリアベルが動く。

 だが、令嬢秘伝の奥義がそう簡単に身につくはずもなく。


「うああぁぁぁ!?」


 踊りについていくことができずに、マリーの攻撃をその身に浴びることとなる。

 舞の習得のため、慣れない動きをすることは、防御を疎かにするということだ。


「ふははははは!! マリーはワタシをも越える天才の中の天才! 猿真似で追いつくことなどできぬう!! ふはははははは!!」


 テレジアの笑い声すら耳に入らぬほど、二人は集中していた。

 この戦いの中で、マリアベルが令嬢舞踏を習得できれば勝ち目はある。

 それまでに力尽きれば終わり。死の演舞は続く。


「令嬢パワーはただ放出しても無駄。攻撃の瞬間、その手に爆発的に高めて使う。レッスン2……己の身体と魂を知れ」


 ここで確信した。マリーは令嬢舞踏を自分に教えようとしていると。

 敵であるマリー・アントワネットが、なぜ塩を送る真似をしているのかはわからない。

 だが、マリアベルはマリーの笑顔を知っている。

 湖で見た優しい暖かさであふれた笑顔と、今のマリーは重ならない。


「あれが演技でも、本心でもいい。ただ、私は私の令嬢魂にその身を委ね……マリー様を救ってみせる!!」


 マリーを恨むことの無い高潔な魂。その魂に身体も応えた。

 全身に満ち溢れる令嬢としてのオーラが、マリアベルを彩る輝きとなる。

 それは生半可な宝石では到達できない、純粋なる光。


「まだまだ力が有り余っているようね。マリーもっと痛めつけて引き出しなさい! 令嬢奥義よ!」


「マ……イリ……マス……令嬢奥義……」


「よろしくってよマリー様」


 二人の動きが、まるで鏡に映したように対象となる。

 そこから繰り出される技も、声のタイミングも、全く同一のものであった。


「ホーリーライトニングロンド!!」


 二人の腕がぶつかり、激しい光が幾度となく衝突しては消えていく。


「お見事……デス……マリアベル……サマ……」


「いいえ、本当に美しいのはマリー様ですわ……」


 二人ともパワーを消費し続けての攻防である。常に令嬢パワーを練り上げつつ、確実に、そして優雅に舞い続けるというのは並の精神力ではままならない。

 疲労は蓄積され、呼吸は乱れ始める。


「最高よ、最高だわマリー。それでこそ我が娘。その力こそが最強の証。ふふはははは!!」


「ここからデスワ。マリアベルさ……マ……」


「もう十分よマリー。これで最強の令嬢になれる。さあ、全力で殺しなさい。マリアベルの令嬢パワー。その絞りカスを奪うのよ!」


 テレジアの腕輪が光り、それに呼応するかのようにマリーのチョーカーが赤黒く光る。


「うあぁ……アアアアアァァァ!?」


「マリー様!? お気を確かに!!」


「さあ、一気に力を解放しなさい!」


「マリアベル様……レッスン3……令嬢に限界などありはしない……その魂が汚れぬ限り、折れぬ限り、令嬢は無限の力をもつ……」


 マリーは最後まで令嬢舞踏を習得させようとしていた。


「限界などありはしない……この魂に刻みますわ!」


「よかった……忘れないで……そして受け取って……わたくしの令嬢パワー。その力なら……ここから抜け出せるはず」


 マリアベルの両手を握り、残り僅かとなった令嬢パワーを流し込む。

 そこには、令嬢舞踏の真髄。絶妙な気の流れがあった。


「これがマリー様の力。なんて暖かくて優しい……」


「敵に塩を送るとは……もういい! さっさと散るがいいマリー! お前はここで死に、歴史から消えるのだ!!」


「そうはいきませんわ! 令嬢パワー全開!!」


 瞬間的に花嫁令嬢へと変わったマリアベル。

 その美しさに世界の時間すらも止まり、見入ってしまう。


「なんだあれは……美しい……」


「マリアベル様……綺麗……」


 彼女がやろうとしていることは二つ。

 まずマリーのイヤリングとチョーカーを切り落とし、破壊する。


「しまった!? 制御装置を!!」


「令嬢パワー……吸い取りたければ存分にどうぞ。はあああぁぁぁ!!」


 花嫁令嬢のパワーを計算していなかったのか、装置が火花を発し煙を吹く。


「微力ながら加勢いたしますわ。ええええぇぇぇい!!」


「やっやめろ!! パワーが溢れる! オーバーヒートする!!」


 やがて装置の爆発が始まる。


「マリー様のおかげですわ。令嬢舞踏で疲労していた私のパワーが、高貴なるパワーで回復し、よりコントロールしやすくなりました」


 疲れがピークに達していたマリアベルが花嫁令嬢になれたのは、二人の気が合わさってこそである。


「だが計画はほぼ完成だ。あとはワタシが……」


「逃がしませんわ!」


 どこかへと去るテレジアを追うため、令嬢結界を切り裂き追跡する二人。

 テレジアの行き先に心当たりがあるというマリーに案内を任せ、宮殿最上階へと進む。


「最上階の扉が開いている……急がなくては……」


 最上階で二人が見たものは、部屋を埋め尽くす巨大な装置と、中央に立っている培養槽であった。


「ベルサイユ宮殿にこんなものが……」


「あれは……しまった! 遅かった!」


 緑色の液体で満たされた培養槽の横には、既に事切れたテレジアの死体があった。


「呼吸をしていない? 自殺……というには外傷も無い……?」


「マリアベル様! 早く装置を止めなくては手遅れに……」


 濃い緑色の液体で満たされていた培養槽からゆっくりと水が抜ける。

 そして中から現れたのは。


「これは……マリー様?」


 そこにあったのはマリー・アントワネットそのもの。人形ではない。呼吸をしている。

 そっくりな人物が目を開け、強化ガラスを吹き飛ばして外に出る。


「ふっ、ふふははははは!! 完成だ!!」


「その笑い方としぐさは……テレジア!」


「これが……その女の計画……わたくしのクローンを作り、令嬢パワーを集めて流し込み、最後には自分の意識を移す」


「そうだ! ワタシを超えるほどの天才令嬢であるマリーのクローンを作り、己の器とする。令嬢の力を結集し、マリーを消してしまえば……あとはワタシがマリー・アントワネット伝説を作る!!」


「なるほど、私が戦ったのはマリー様ではなく、テレジアだったのですわね」


 現代で戦ったマリーはテレジアであった。暗黒の闘気はテレジアの魂の本質そのもの。


「さあて、さっそく戦闘力のテストをしたいところだが……まだ調整が済んでいない。一足速くワタシが待つ時代へと飛ぶとしよう」


「時代? なにをおっしゃっていますの?」


「ふっ、お前は知らなくてもいいことよマリー。宮殿と共に散りなさい!! ふふははははは!!」


 室内に隠されていた次元ゲートを通り、テレジアは消えた。

 そして、宮殿最上部の爆発が始まる。


「いけない。この研究室ごと私達を消す気ですわ!」


「マリアベル様! わたくし達もゲートへ!」


 そこで次元ゲートが爆発してしまう。テレジアが追跡を逃れるために爆弾を仕掛けておいたのだ。


「あのような悪人を逃がすわけには参りませんわね。まだ……まだ私が通ってきた次元ゲートがありますわ!」


「お供いたします。マリアベル様。母との決着をつけなければなりません」


「マリー様……では、今度は私がエスコートいたしますわ」


 この時代に来たときとは正反対に、マリーの手をしっかりと握ると二人は駆け出した。

 目指すはマリアベルが使った湖の次元ゲート。


「絶対に逃がしませんわ! 悪役令嬢マリア・テレジア!」


 そして戦いの場は現代へ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る