復活の悪逆令嬢編

悪逆令嬢スピカ光臨

「緑茶というものは……紅茶とはまた違った趣がありますわね」


 正義令嬢の若きエース マリアベル。流れる美しい金髪と、晴れやかな青空のような瞳。令嬢界でもトップクラスの美貌である彼女は、午後のティータイムに興じていた。


「和室とは落ち着くものですわね。作ってみて正解でしたわ」


 自分のお屋敷でいつもの紅茶とクッキーから、和室で緑茶と和菓子に変更。

 この気まぐれが思いのほか気に入ったようである。

 和服も不思議と似合っていた。


「マリアベル様。失礼いたします」


「あら、セバスチャン。どうかしまして?」


 やって来たのはセバスチャンマーク2零式。

 執事を輩出するセバス星の出身である万能執事だ。

 白髪と髭にモノクルが似合う、ダンディな髭紳士である。


「それが……よくない噂を耳にしまして」


「噂? ただの噂で報告に来るとは、余程のことなのですわね」


 マリアベルの信頼は厚い。噂程度ならきっちりと調査し、問題があれば処理することなどセバスチャンならば容易なのだ。


「はっ、まだ調査段階ですが、悪逆令嬢が……令嬢ファイトで何人もの令嬢を血祭りにあげていると」


「悪役令嬢が……ですが令嬢ファイトが行われているのならば、勝敗はつきものですわよ」


「お言葉ですが、悪役ではございません。悪逆令嬢にございます」


 悪逆令嬢。悪逆非道という言葉の語源となった最悪の令嬢である。

 あまりにも冷酷・残忍であるために、当時の正義令嬢と悪役令嬢が最果ての銀河へと封印した存在。その恐るべき令嬢パワーは全宇宙を震撼させた。


「それが何故今になって……」


「わかりませぬ。しかし、善悪の区別なく令嬢が倒され続けております」


「どういうことですの? 悪役令嬢まで倒す必要がどこに……」


 そのとき、突然テラスから高笑いが聞こえ始めた。


「オオーッホッホッホ! オオオオーッホッホッホ!!」


「こっこの古典的で全力投球な高笑いは!?」


「見つけましたわよ! 正義令嬢のエース!」


 テラスで高笑いを決めている謎の令嬢。金髪をいくつもの縦ロールにし、光に反射して七色に輝くドレスを身に纏う、美しさの中に異常な威圧感を放つ来客であった。


「この令嬢パワーはいったい……?」


「あの方こそ、巷を騒がせている悪逆令嬢スピカ様でございます」


 セバスチャンの顔が青ざめている。どんなときも平静を保ち、マリアベルに仕えてきた万能執事がうろたえていることが、この事態の高い危険性を示していた。


「ごきげんよう、悪逆令嬢スピカですわ」


「ごきげんよう。正義令嬢マリアベルと申します」


 お互いに一礼を済ませる。一分の隙もない所作と、漂う令嬢オーラにマリアベルは一層警戒を強めた。


「さて、マリアベル様。貴女に令嬢ファイトを申し込みますわ」


「令嬢ファイトから逃げることはありません。しかし、そちらの目的がわかりませんわ。正義・悪役関係なく倒していると聞きました」


「ふっ、そんなもの復讐に決まっていますわ。ワタシを封印した令嬢とその子孫を根絶やしにし、この世界を恐怖と絶望で彩る……そのフィナーレこそ、封印の主犯である憎き正義令嬢の子孫であるマリアベル様の命で飾りたい。それだけですわ」


 恐ろしいほどに獰猛な笑みを浮かべて語るスピカに、マリアベルは動けずにいた。

 今までの敵とは格の違う、別次元の強さを感じ取ったのである。


「それでは明日の令嬢ファイトをお楽しみに。オオオオーッホッホッホッホ!!」


 高笑いを残し、いつ消えたのかもわからぬ速さで去っていった。


「これは……今までよりも刺激的な演目になりそうですわね」


 マリアベルの心には、圧倒的な悪逆令嬢のパワーと高笑いが、いつまでも残っていた。



 そしてついに、令嬢ファイト当日がやってきた。

 今回令嬢ファイトが行われるダイヤモンド製のリングは、コーナーポストが純金。ロープが最高級シルクでできている豪華絢爛なものである。


「逃げずに来た事は褒めてさしあげますわ、マリアベル」


 リングの中央で、純金の扇子をもてあそびながら視線を送るスピカ。

 何気ないしぐさの中にも一分の隙もない。令嬢が放つにしては殺気が強すぎるのだ。

 リングそのものが彼女の殺気で塗り潰されているかのように歪んで見えるほどである。


「正義令嬢に勝負から逃げるなどという選択肢はございませんわ。とうっ!!」


 優雅に華麗にリングへ飛ぶマリアベル。その間にも髪や服が乱れることは無い。名家の令嬢なのだから、いかなるときでも礼儀正しく、美しくあらねばならないのだ。


「さあ、始めましょう。絶望の舞台を」


「正義令嬢として、絶望など希望に変えてみせますわ!」


 全令嬢の未来を賭けた死闘の幕が上がる。


「悪逆令嬢スピカ、参りますわよ!」


「正義令嬢マリアベル、よろしくお願いいたしますわ!」


 両者ともリング中央に走り、渾身の令嬢チョップを放つ。

 白と黒の閃光が弾け、激しくも美しい火花が散る。


「ふん、この時代の令嬢は、正義も悪も軟弱ですこと」


 微動だにしないスピカとは対照的に、マリアベルは二歩ほど後退する。


「やはり……強い!」


 マリアベルには理解できてしまった。自分がチョップを一度放つ瞬間、スピカは三発すでに入れ終えていたということを。人知を超えた驚異的なスピードである。


「じわじわと、実力の差を魅せつけてから、始末してさしあげましょう。オオーッホッホッホ!!」


 突然スピカの姿が消える。何故消えたのか、その動きを認識できねば判断が遅れる。

 マリアベルにとって、その数秒が命取りであった。


「消えた!?」


「どこを見てらっしゃるのかしら? はあぁっ!!」


 スピカ愛用の黄金扇子が翻り、金の衝撃波が生じた。

 避けきれないマリアベルは、勢いよくロープまで吹っ飛ばされる。


「うああぁぁ!?」


 反動でリング中央まで投げ出されると、そこには複数の金髪縦ロールをまとめ、一つの巨大なドリルへと変えたスピカが待ち受けていた。


「ゴールド・ビューティー・ドリル!!」


 黄金のドリルが、金色の令嬢パワーで超高速回転して襲いかかる。


「きゃあああぁぁぁ!?」


 太古の昔より、令嬢が武器を持つことは無粋とされてきた。

 優雅さに欠け、まるで兵士のように武器を手に取り戦うなど野蛮極まりない。

 そこで令嬢達は戦闘用に縦ロールという髪型を開発した。


「これぞ、古代令嬢奥義ですわ! オーッホッホッホ!!」


 縦ロールを薄くすれば、刀のように鋭くしなやかなムチに。

 複数集めれば、全てを貫くドリルへ。変幻自在の令嬢殺法へと進化した。

 しかし、令嬢パワーを操るセンスが必要であり、なおかつ資質を備えていなければ使えないことで廃れていったことは、令嬢界ではあまりにも有名である。


「くっ、こうなれば……」


 令嬢パワーを解放して空中へと逃れたマリアベルは、側面からスピカに急襲をかける。

 令嬢ドリルとは貫くもの。勢いが凄まじくとも、取り回しのきくものではない。

 ましてや巨大なドリルを作ってしまったのは、勝利を確信したスピカの驕りであった。


「いきますわよ!!」


 スピカの体を掴み、再び空中へと舞い戻ると、正義令嬢のパワーで巨大な正義の嵐を作り出す。


「正義令嬢奥義――――婚約破棄ハリケーン!!」


 婚約破棄ハリケーン。それはまるで嵐のように過ぎ去る愛と恋。友情と愛情。身分の差。望まぬ婚約。そんな令嬢必須の青春を力に変え、竜巻と共に高速回転しながら相手をリングに突き刺す必殺技である。


「いいでしょう。受けてさしあげますわ」


 リングに叩きつけられる直前、スピカは防御行動をとらなかった。

 まるで焦りが感じられない態度が、マリアベルの胸に嫌な予感を植えつける。


「確実に、確実に決まったはずですわ……」


 婚約破棄ハリケーンを受け、リングに倒れているスピカの顔は晴れやかであった。


「オオーッホッホッホ!!」


「なっ!? そんな!?」


 スピカが高笑いとともに起き上がる。ほこりを払ったドレスには傷一つ無い。

 ノーダメージ。それはマリアベルにとって、とてつもない衝撃であった。


「オーッホッホッホ! この時代の正義令嬢がこの程度とは……まったく嘆かわしいことですわ!」


「どうして……?」


「ワタシのヘルジュエリードレスは、あらゆる宝石を令嬢パワーで糸状にし、特別な製法で編み込まれた、この世に一つの究極ドレス。このドレスの前では、どんな技であろうとも無駄ですわ!!」


「ならば……無駄かどうか、徹底的に試すまでですわ! はああああぁぁぁぁ!!」


 マリアベルのブロンドが輝き世界を染める。誰もがその美しさに見惚れるその僅かな時間。

 一秒にも満たない刹那に彼女のドレスは純白のウエディングドレスへと変わる。


「う、美しい……これが伝説の……しまった!?」


 そのあまりの美しさに世界すらも息を止め見入ってしまう。

 時は止まり、マリアベルだけの時間が流れた。


「捕まえましたわ!」


 スピカが意識を取り戻した時にはもう、天空にて身動きが取れないほど固定され、マリアベルの技から抜け出すことなど不可能であった。


「正義令嬢究極奥義――――ごきげんようバスター!!」


 繰り出される脱出不可能な究極奥義。令嬢の全てが詰まった業。

 磨きをかけたその美技が、スピカに迫る。


「ヘルジュエリードレスよ! ワタシを守るのです!」


「そのドレスの防御力を超えて、倒すのみですわ!」


 落下したスピカは、リングに激しく叩きつけられた。

 その光景は誰もが令嬢ファイトの決着を意味していると、そう思うほどである。


「ぐっ、がはっ!? 流石に伝説の花嫁令嬢……ですが、やはり半人前ですわね」


 スピカは立ち上がった。ドレスも傷がつき、高笑いもできないながら、まだ立ち上がってきた。

 そのことに驚きつつも、マリアベルは別のことに意識がいっていた。


「花嫁令嬢? なにをおっしゃっていますの?」


 初めて聞く言葉であった。自分の姿のことであると、奇妙な確信がある。


「知らずにその姿になっているとは……宝の持ち腐れですわね」


 そんなマリアベルを察したのか、スピカはゆっくりと語りだした。

 スピカの口から語られる衝撃の事実。それは、彼女が悪逆令嬢と呼ばれることになる原因でもあった。

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