第6話 好きと嫌いは紙一重 6

「遅い」

「あれ? 先に帰ったんじゃ」

「仕事があるから残ってたの」


 だとしたら遅いと言うのはおかしくないだろうか? 特に待って欲しいと頼んだわけではないんだけど……。

 しかし彼女に関しては昔から変な縁があるせいなのかこういった事がよくある。帰り道や休みの日に偶然会ったり、面白い番組や好きそうな音楽があると、すぐに連絡をくれたり……。


「あの子は?」

「神様ならまだ用事あるからって。どうせ二日後にまた会うんだけど」

「また? 用事は済んだんじゃないの?」

「帰りながら説明する」


 そう言って、歩き出すと五日市さんが隣に移動してきたので今更ながら周囲をキョロキョロと見渡し始めた。


「気にしすぎ」

「面倒だろ。というか危機感足らな過ぎ。もし今の立ち位置から崩れ落ちたら地獄だぞ?」

「……はぁ」


 別に嘘を言ってるつもりはない。

 ただ本気で心配なのだ。自分のせいで彼女の思い出である青春の一ページを切り裂くことになるかもしれないと考えると面目次第もない。

 誰もいない事を確認し、ようやく下校を開始した。いつもはこのまま自転車でゲーセンや駅前のアニ◯イト行くのだが今日は連れがいる。乗らずに押しながら、家の方へと歩いて行く。


「で、何の話だったの?」

「……個人のプライバシーが」

「ふーん。明日から話しかけない、ノート見せない。その他諸々」

「……絶対に言うなよ」


 口の軽さなんぞ話す情報も人もないのでわからないものだが、会長にバレたら色々とめんどそうだ。

 だが借りがある以上彼女に従うしかない。


「簡単に話すと、あの子の身の危険を守る。もし手を出そうとする輩がいるなら解決しろ。以上」

「は? 何で二年の雨宮が?」

「知り合いだから……ってだけらしい」


 あとは感性が似ているとかだろう。

 しかしだ。他学年である以上ははっきり難しい。彼女を守るといっても、あくまで俺が出来る事は”神様に何か起きた場合、またはその可能性が発生した場合”のみ動ける。それはつまり事が起きる前よりも起きた後にしか反応する事が出来ない。それじゃあ意味は持たないだろう。


「にしてもあの子って何者?」

「何者って? 今はよそ者だけど」

「新入生なのは知ってる。私はそれ以上の情報が欲しいの」

「俺に言われても無理。ヲタクの集まりで知り合っただけで本名もさっき知ったばかりだし」

「思うんだけど、名前が知らない相手とよく会おうって気になるよね……ヲタクってやっぱり怖い」

「犯罪者予備軍みたいな言い方は辞めてくれ」


 犯罪が起きるたびに容疑者がアニメ好きだと分かると、ひどくイメージダウンさせる報道するマスコミはもっと罪が重い。

 そうして道をある程度進んだところで川沿いに差し掛かる。このまま進んで行った先の十字路を右が俺、左が五日市さんとそれぞれの反対の方に自宅があるので、それまでは引き続きトークタイム。

 ちなみに彼女の自宅の場所を一応知っている。前に家の前まで送った事があるからだ。その日はいつものように相談をしていたのだが終わった時間は既に周囲が暗く、時間もそこそこだった。なので少し冗談気味に「送ろうか?」と提案したら、「お願い」とまさかの返事が来たので全力で周囲を警戒しつつ、送迎ミッションに挑戦、無事成功した。


「神様だっけ? 名前?」

「本名は花珂さんっていうらしい。どうせ生徒会長に聞いたら、俺よりも詳しく聞けるはずだから」

「興味ないわよ。ただ自分の事を神様だなんて、随分と上からっていうか」

「そんなつもりはないと思うけどね」


 ハンドルネームを深く考える必要はないだろうが身近にある事からつける場合が多い。俺も名字の”雨宮蒼あめみやあおい”から雨。

 神様ならば”花珂佳美かかかみ”の”佳美”から大方思いついたのだろう。


「可愛いから調子乗ってる、なんて思われそうね」

「そんな理不尽な事ある?」

「その理不尽が現実に現れるのが女の子なの。大体あの子、私を見た時目を逸らしたでしょ? 例えばだけどもし年の近い女の子に苛められてた過去があるならその時の光景が頭に浮かぶ、だからなるべく関わらないようにしたいって感じかしら?」

「やっぱり女って怖え」


 そんな一瞬の事、全く見てなかった。というよりそれで苛められた経験があるって仮定が想像出来るこの人何者? 流石委員長様とでも言うべきだろうか。


「あ、そういえばクラス会はこれから二次会だって。さっきクラスのグループツールの方に連絡来てたけど」

「そもそもいつグループが出来たんですかねぇ……」


 全然聞いてないし、聞かれてもいない。


「行く?」

「冗談で言ってるなら、笑う。本気なら説教する」

「そうよね。なら私も行かない」

「は? 別に五日市さんは呼ばれてたんだし、どうせ二次会なんて飯食うだけなんだから」

「いいの。はい、この話おしまい!」


 自分で切り出した癖に、と文句を言いたいがそこは口を閉じておく事にした。

 やがて川沿いから住宅街に入り、十字路の道路へさしかかろうとしていた。


「ねぇ、雨宮」

「ん?」

「どうして引き受けたの?」

「どうしてって」

「確かに雨宮が会長に色々と世話になったのは知ってるけど、それはあの人が巻き込んだせいでしょ……だから雨宮がこれ以上自分が傷つく可能性があるような事をする必要なんてないじゃん」


 五日市さんは静かな口調だったが、どこか寂しそうにも感じられた。

 その通り、その通りなのだ。俺が神様の警護をする事によって、再び面倒な状況に巻き込まれる可能性は十分に高い。


「使えると思われてるんだろ。それだけだ」

「……それでいいの?」

「じゃあ俺こっちだから」


 と、逃げるように右方向へ進んで行った。

 彼女はまだ立ち尽くしてこちらを見ている。振り返れば、また言い訳しなきゃいけなくなるので堪えたがそれも面倒だと思い、押していた自転車に跨って、ペダルを漕ぎ始めた。





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