247 挨拶回りと結婚祝い




 木の日も挨拶回りだ。

 ベルヘルトとエドラの家へも行ったし、クロエとザフィロのところへもお邪魔した。二人の子供リーリエも大きくなっており、お喋りし始めている。そのうちアシュリーも意味のある言葉を発するようになるだろう。

 冒険者ギルド、商人ギルドへも顔を出して、市場も動き始めたためにアナのところへも挨拶に向かった。

 まだ買い出しができるほど本格的に開いているわけではないので、後日買いに来るつもりだ。

 アナはシャイターンのものがよく売れるようになったとホクホク顔で教えてくれた。シウの爆買いがきっかけらしい。


 ところで、皆、シウが成人したことに気付かなかった。

 見た目で分かるわけはないが、そろそろ「大きくなったんじゃないか」とか「もう大人になった頃合いだよね」という台詞があってもいいのではないだろうか。

 自分から言い出すわけにも行かず、黙っていたが。

 そこはかとない寂しさのようなものがシウを浸したのだった。




 成人の祝いは、ちゃんとあった。

 年末、慌ただしくやってきたシウを、スタン爺さんたちが祝ってくれたのだ。

 遅くなったけどと言って、準備していたものを魔法袋から取り出してくれたため、シウが自分で料理を作るということもなかった。

 ガルエラドもシウが成人することは覚えていて、竜人族の里にいる間にプレゼントしてくれた。何故か成人祝いだとは言わなかったために、単純にこれあげるとくれたものだと認識していたが。

 ちなみにガルエラドが成人祝いに贈ってくれたのは鎧竜、アルマラケルタともミニムムドラコとも呼ばれる最小竜の尻尾だった。

 シウが尻尾好きだと思っているらしい彼は、ラケルタ族に頼んで譲ってもらったそうだ。

 最小竜であることから見付けるのが難しく、滅多に出会えない。体長が三十センチメートルから大型でも三メートルまで。三メートルもあれば十分大きいと思うが、小さいと言われる岩竜や地竜(リーノケロースの方)が二から十メートルほどだ。

 そう考えると、確かに最小竜かもしれない。

「本当は皮も手に入れてやりたかったのだが、希少で叶わなかった。悪い」

 と、祝いの席で言われて、初めて「尻尾」が成人祝いのプレゼントだと知った具合だ。

 でもまあ、嬉しいことに違いはない。

 ありがとうと、もう一度しっかりお礼を口にした。


 スタン爺さんからは、ロトスへ贈られたのと同じものを用意されており、ひそかに良いなと思っていたのでガラスペンなどなど有難く受け取った。

 エミナとドミトルからは肌触りの良い布を巻物ごともらった。ついで、仕立て券も一緒に。

 どうやら自作せずに、仕立ててもらえということらしい。襟付きのちゃんとしたシャツを、というわけだ。よっぽど、シウのダサい姿が印象に残っているらしい。今はほぼ、ルシエラ王都で作ってもらった仕立物を着ているのに。

 確かに、たまに、自作のシャツも未だ着ているけれども。……離れ家にいる時は、特に気を抜いていることもあって、稀によれよれのTシャツを着ていたかもしれないが。

 着慣れた綿の服というものは、気持ちが良いのだ。向こうが透けて見えるほどになればなるほど、着心地も良くなる。だからついつい手放せないのだが、確かに人前で着るものではなかった。

 有難く、仕立ててもらおうと、木の日に仕立て屋の戸を叩いたシウである。




 金の日はオスカリウス家へ行き、ご挨拶だ。クロは置いてきて、ロトスと二人でやってきた。

 フェレスとブランカは転移で戻るシウに、夜しっかり甘えるせいか拗ねることはなかった。

 どちらかが赤子組についているが、もう片方はガルエラドと共に森へ入って狩り三昧らしい。ガルエラドも張り切っている。

 アントレーネも近場へ狩りに入るようだが赤子の世話もあるため、自重しているらしかった。そろそろ交代してあげないと不満が溜まっているかもしれない。


 さて、オスカリウス家では、妻となったアマリアがキリクと共にシウを出迎えてくれた。

 年末ギリギリに結婚式を上げたそうだが、シウは参加しなかった。竜人族の里へ行くことが決まっていたし、貴族だらけの結婚パーティーになんて参加したくない。

 元々不参加だと伝えていたが、随分と残念がられていたようだ。

「お祖父様がシウ殿に会えなくて、とても寂しがっておりましたわ」

「すみません」

「それに、シウ殿の成人祝いもさせていただきたかったのに」

「えーと、時間がなかったので」

「お忙しそうでしたものね」

 バタバタとしていたことは、同じく卒業を控えて忙しかったアマリアも知っていたようだ。

 彼女は無事卒業し、満を持してシュタイバーン国へやってきた。

 そして年末には慌ただしいが、盛大な結婚式を行った。

 神殿で神への報告を終えた後は王城へ赴くのだが、その間はパレードのようになって、それはすごい騒ぎだったようだ。

 大変だったのだと、キリクの部下たちが口々に笑顔で教えてくれる。

 イェルドなどは、男泣き状態だ。

「本当に、本当に、キリク様がご結婚されるなどとは……」

「また泣いてるの? いい加減になさいな」

 と、サラには呆れられていた。

「あなたも早く相手を見繕ってもらうことね。キリク様が結婚するまではと、縁談を断っていたでしょう?」

「え、そうなんですか!?」

 サラの言葉にシウは驚いた。独身主義かと思っていたのに。しかも、だ。

「ええ、早く結婚しないと。子供をすぐに産んでもらって乳母になってもらわねばなりません」

(ドン引きなんだけど、このオッサン)

 シウにだけしか届かないロトスの念話だが、笑っちゃうので止めてほしい。彼を軽く睨んでから、シウはイェルドに聞いてみた。

「そういう理由で女性って結婚を受けてくれます?」

 しかし、それに答えたのはサラだった。

「もちろんだわ。だってキリク様のお子様と乳兄弟になれるのよ? しかも、オスカリウス家の重要地位にいるイェルドの奥方になれるのよ。これ以上ない良縁ではなくて?」

「はあ」

「すでにシリルが選別しているところよ。アマンダが最終面接を行うはずだから、人柄は問題ないでしょうね」

「そ、そうなんだ」

「もちろん、相性も大事だわ。夫婦仲が良くないと、乳母としてしっかり働けないもの。安心して、坊やたち」

 とは、シウもロトスも完全に引いてしまっていたからだ。

 サラは笑って、貴族の世界に慣れない二人を宥めてくれた。


 キリクとアマリアの結婚祝いは、散々悩んだ挙句に火竜の皮など、素材を一覧にして贈ることにした。目録だけ先に渡したが、目を通したシリルは驚きで見開いていた。

 それとは別に、そっと手渡したのは。

「内緒だからね」

「ああん? なんだ。これ、は――」

「キリク様?」

 しいっ、と人差し指を口の前で立てると、アマリアはぱくっと口を閉じた。そして仲良さげに体を寄せて、キリクの手のひらの上を見つめる。

「……まあっ」

 高濃度水晶を加工してペンダントトップにした。

 高魔力でゆっくりと時間を掛けて型に嵌め込んでいく作業は、なかなか大変だった。型はラーワと混ぜ込んだウーツ鋼でできており、その周囲をヒヒイロカネで覆ってから、超高温で炙っていくのだ。

 直接、ラーワなどと混ぜて超高温で加工すると強化ガラスのようにもなる高濃度水晶だが、それでは面白味がない。

 古代の書物を読んで以来、気になっていた「王族の女性しか付けることの許されない」虹色の装飾品を、素材が手に入ったので作ってみたかった。

 試行錯誤の末に、イグからもヒントをもらって作り上げたのが、虹色に輝くペンダントトップだ。

「なんて、美しい……」

「見事なものだな」

「鎖は、一応作ったけど、他に良いのがあるかもと思って替えられるようにしてます」

 虹色に輝くトップは涙型で、ものすごく細かなカットが入っているように見えるが圧縮しただけである。削りも何もしていない、ただ熱と魔力によって圧縮しただけの代物だ。

 けれど、だからこそ、そこから高濃度水晶の力が湧き出てくるかのように美しい。

 涙の頭上にミスリルの鎖通しを付けるのは、かなり苦労した。力を入れたら壊れるだろうし、魔力を細く強く練って、ごりごりと穴を開けていった。その道具もまた、イグの鱗だ。

 この作業だけで、魔力が相当持って行かれてしまった。

 帝国時代の人は相当な魔力持ちが多かったか、相当バカばっかりだったのだと思う。

「鎖は、ミスリル製か。これ以上に良いものなどないと思うがな」

「そう? でも案外弱いんだよね、ミスリルって。魔力を通しやすいから好まれてるけど」

 シウの返事に、キリクは呆れたように鼻で笑った。

 そして、手のひらの上のものを、そうっとアマリアに握らせる。

「とんでもない品だ。素晴らしいできだし、きっとお前にしか身に付けることはできないだろう。だが、外へは出せない品だ。分かるか?」

「はい、キリク様」

「大事な宝物として、受け継ごう」

「ええ。代々受け継ぐべきものですわ」

「え。いや、そこまでするほどじゃないと――」

 と言ったのだが、王族より格上のものは身に付けられないと、怒られてしまった。

「王位の簒奪を目論んでいると思われても良いほどの、品なんだぞ」

「えー」

 まだまだ大量にあるのに。

 と、思ったのが伝わったのかどうか。キリクは片方の目を半分に閉じて、呆れた様子で続けた。

「お前の、俺たちへの気持ちは有り難いし嬉しくもあるが、そろそろ『常識』を覚えてほしいものだ」

(やーい、言われてやんのー!)

 後ろからロトスが笑い転げる声で伝えてくる。それを無視して、足掻いてみる。

「ええと。でも、これが何でできてるかは、あんまり分からないんじゃないのかなあ?」

 鑑定しない限りは。

 そして、これほどの品を鑑定できる者など、ほとんどいないと思うのだが。

「馬鹿野郎。俺の魔眼でさえ、これが異常な『お宝』だと告げているんだぞ。普通の人間が見たら、目の色が変わるどころか人間が変わっちまうよ」

「えっ」

「こりゃあ、帝国時代の王族が付けていたものだろう。こんな聖遺物に匹敵するものを、たかが辺境伯の妻が身に付けて許されるもんじゃない」

「ええと――」

「だが、お前の気持ちはとても嬉しい。だから、受け取ると言っているんだ。アマリアにも、俺と二人だけの時に付けてもらうさ。それでいいだろ、アマリアよ」

「ええ、もちろんです。でも、わたくしは、旦那様にそう言っていただくだけで十分です」

 見つめ合って、なんだか良い感じになってしまった。

 これで上手く話は収まったのかな? 振り返ると、ロトスが満面の笑みでオッケーオッケーとサインしてくるし、ペンダントトップが見えていたらしいシリルやアマンダも動きを再開していた。ただ、目を剥いたままなのは、変わらなかった。

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