006 聖獣?




 森へ着いてからも、食べられるものがなくて本当に毎日がひもじかったと、蓮はしみじみ語った。

 元が日本人、しかも二十歳という若さ、平成生まれの青年には昆虫や獣を獲って食べるという手段は取れなかったようだ。思い至らなかったのかもしれないが。

 何度か人にも出会ったそうだが、助けてくれるどころか大抵が叫んで逃げるか、殺しにかかって来たとか。

 そこでようやく、自分の姿はよろしくないものなのだと気付いたらしい。

(俺、マンガでもやってたし、九尾の狐って格好良いーって思ってたんだけど)

 神様もノリノリだったし、と付け加えたので、可哀想にと同情してしまった。唆された部分もあるのではと、内心で突っ込む。

(さっき、あんたもオサキキツネとか言ってたし、あんまり良くない物なんだな?)

 ニュアンスで伝わったようで、落ち込まれてしまった。

 喋りはともかく、見た目が可愛い狐の幼獣なので、まるで苛めてるような格好に見え困ってしまった。

【尾崎狐というのは、日本古来から言い伝えのある獣のことで、あまり良い妖怪ではないな】

(げ、妖怪なのかよ!)

【ただ、蓮殿の今の姿は、本来ならば聖なる獣と言って、崇め奉られる存在なのだが】

(えっ、そうなの!?)

 尻尾がピーンと伸びた。そうしてみるとクジャクのように広がるので尻尾が分かれているというのがよく分かる。可愛いものだ。

【本来ならばな。ただ、色が少々まずい】

 え? ときょとんとする幼獣に、シウは何から話せば良いものかと悩みつつ、このまま森でこうしていても仕方ないので四阿を作った。

 蓮は、「わーすげー魔法だ魔法だ」ときゃっきゃ騒いで、また眩暈を起こしてしまっていた。


 ろくな食事をしていなかった彼に、まずはゆっくり落ち着いてもらおうと、その場に山羊乳の入った皿を出してあげた。

【ゆっくり飲みなさい。体に馴染んだら、スープなど柔らかいものから出してやろう】

(うんっ、うめっ、うめえよ! まじ、美味い!)

 顔中を乳塗れにして、餓鬼のように凄まじい勢いで山羊乳を飲んでいる。そんな彼を見たら、可哀想で自然と眉が下がってしまった。

 フェレスは最初は、「この生き物なに」状態だったのだが、良い意味で大らかなのでそのうち「ちっちゃい子いる」となって、寄り添っていた。

 新しい子分が増えるかも、と思っているのかもしれなかったが。

 とにかく優しい顔つきで傍にいたので、蓮も恐れることはなかったようだ。


 山羊乳、スープ、果物と食べてようやく人心地ついた蓮に、シウはこの世界の事を分かりやすく平らに話してやった。

 その中で、希少獣の事、そして聖獣についても話した。

(つまり、普通の聖獣は真っ白いってことか?)

【その通り。だが、蓮殿は白黒の斑模様であろう? それが、不安の種になったのだろうと、わしは思う】

(……さっき、魔獣は黒いのが多いって言ってたよな? つまり、混じっているとか思われたってこと?)

 混じっているというよりは、はっきりと魔獣に勘違いされたのだと思ったが、シウは黙って頷いた。

(だから、男が何度も俺を指差して喚いていたんだ……。女の子はさ、庇ってくれてたんだけど。でも、あの子もちょっと、俺をあんまり大事にはしてくれなかったんだよなあ)

 ぞんざいに扱われていたそうだ。主に食事面で、らしいが。

 食べ物の恨みは怖い。

 自分が水しか飲めない間に、横で美味しそうな肉や野菜を食べているのを見て、相当恨めしかったらしい。

【聖獣に限らず、希少獣というのは食べ物が大変なのだよ。人間の赤子のようにしてやらねば死んでしまう。その者どもは育て方を知らなんだのだな】

(俺も自分のことなのに知らなかったけど)

【本能で分かるものだが、蓮殿はなまじ前世の記憶が強く残るだけあって、邪魔したのかもしれん】

 そっかー、と本人はシウの話に納得したようだ。

 希少獣を見付けたら、特に聖獣は国に知らせなくてはならないのだが、こうした無知からくる不幸を防ぐ理由もあるのかもしれない。

 ところで、だ。

【本来ならば、この国の王に聖獣を献上しなければならないのだが――】

(え、やだ! 絶対やだ!!)

 だろうね、とシウは苦笑で頷いた。

 先ほどから聞いていると、どう考えても彼が二番目に会った偉そうな男というのが、王のような気がする。領主ということも考えられたのだが、その後の煉瓦造りの街中を進んで来たという下りで、なんとなく位置関係を把握したのだ。

 念のため、感覚転移でウルティムスの王都がある場所を絞って、探していく。

 国王がいるらしき場所を検索しながら、ようやくそれらしき男を発見した。

 見た目について蓮に尋ねるとほぼ同じだったので、間違いないようだ。

 つまり、この国の王から捨てられたというわけだ。

 拾われた場所の王が捨て、聖獣もまた逃げ出したいと望む。

 これならば、保護する理由になるかな? と自分に言い訳してみた。

 目の前には心配そうに見上げてくる斑模様の子狐がいて、思わず笑みを零した。

【保護するように言われているのでな。助けるつもりだよ】

(ほんと!?)

【ただ、聖獣を只人が育てることは、どこの国でも禁止されているのだ。わしが罰せられることもあることを、よくよく理解して、我が儘を言わぬよう心がけてくれるか?】

(わかった!)

 日本の二十歳の青年と言えばまだまだ子供だろうし、見知らぬ世界に慣れてきて、遊びに行きたいと言われても困るので先に釘を刺した。

 が、本人も最初の事があって、そのあたりは理解しているらしい。何度も頷いて、言いつけを守ると約束してくれた。



 それから、疲れていたことや美味しいもので腹を満たしたことなどから緊張がとけ、蓮は電池が切れたように倒れ寝てしまった。

 鑑定してみると体力が一まで落ちていた。

 ギリギリのところだったようだ。

 元々の体力も人間の子供と同じほどしかなく、可哀想な事だった。

 シウは子狐を抱っこし、フェレスと共に転移で離れ家へ一旦戻った。そして、スタン爺さんに軽く説明した後、爺様の家へと転移する。

 もちろん、クロやブランカもその時には連れて行った。





 翌日、蓮は目が覚めてから全く違う場所にいることでパニックになったようだが、シウが根気よく説明したら落ち着いてくれた。

 抱っこして体を撫でてあげたのだが、その間に何度も引っかかれたので傷になってしまった。

 爺様も同じような気持ちでシウを育ててくれたのだろうかと思うと、懐かしい気持ちでしんみりしてしまった。


 とりあえず、蓮には言語魔法で強制的にロワイエ語をインプットした。

(すっげー! 便利な魔法だぜ!!)

 言語魔法がレベル五ないとインプットなど使えないし、しかも相手の知識レベルに合わせてでしか渡せないので案外不便なのだが、全く理解できない彼には良かったようだ。

「これで、君が人型も覚えてくれたら話すこともできるよ」

「きゃん……」

 そうなんだけどさ、と視線を逸らされた。何度か人化は試みたそうだが、成功したことはないようだ。

「とにかく、この世界のことを覚えなきゃならないし、やることいっぱいあるよ。特訓だからね? びしびし行くから頑張って」

「きゃん……」

 分かった、と萎れたようにその場に蹲ってしまった。勉強は嫌いらしい。その横で、クロが首を傾げ、ブランカはわかるーと尻尾をふりふり笑っていた。


(ところで、なんで日本語の時と話し言葉が違うんだよ。日本語だと爺ちゃんみたいだったぜ)

「【日本語】はもう年寄りの時代が長くて、口調が染み付いているんだよ。この世界に転生して、今はもう子供気分が長いから。年齢に引っ張られて精神も若々しくなっていったような感じ」

(そういうものなんだ? ……ていうか、記憶も薄れるのかな)

 不安そうに言うので、シウは微笑んだ。

「記憶は記憶としてちゃんと残っているよ。ただ、遠い過去になっていく、かな? ちゃんと時系列に遠くへ押し込められるようになったのは十歳ぐらいになってからだけど」

 と言うと、蓮が怪訝そうにシウを見た。

(……ところで、あんた、いやシウだっけ。今のあんたって何歳なの)

「十四歳だよ」

(まじかよ! 中学二年生か三年生じゃねえか! 小学生ぐらいかと思ったぜ)

「うーん。そうなんだよね。どうも、前世の記憶が尾を引いているのか、当時の自分と同じような育ち方をしているんだよね」

 ハイエルフの血を引いてるにしてもおかしいので、そう結論付けている。実際、顔付きも前世のものに似ているのだ。

(そうなんだ。そういや、シウはさ、俺と同じような年代で生きていたわけだろ? で、死んじゃった時はお爺さんだったわけで、だから、ええと――)

 前足で数えようとして、諦め、溜息を吐きながら蓮はシウを見上げた。

(とにかく、あの頃に年寄りだったんなら、戦争世代ってやつか?)

「そうそう。栄養不足で、ひょろっとしていたから。この世界はイメージ優先なところもあるし、魔力で阻害されているのかも、と自分を慰めているよ」

(つーことは、つまり、この世界でもあんたは小さいんだな!)

 その後、彼は自分が前世でどれぐらいの身長だったのか、どんな生活をしていたかを面白おかしく話してくれた。

 そうやって、過去の記憶を整理しているのだろうと、シウは思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る