第20話「降臨、すると――REMIND」

 ――星都せいとチェインズ。

 ザジにとってそれは、多くの人達と同じ程度の印象しかない。

 楽土、楽園……この星で一番素晴らしいみやこ

 だが、不思議とその場所へ辿り着いた者を誰も知らない。

 そして、チェインズから来た者にも、誰も会ったことがなかった。


「いたか!」

「こちら678号、侵入者を発見できず!」

「クソッ、汚染体おせんたいくせに俺達のチェインズに!」

「捜索を実行します!」


 物陰に隠れてザジが目を凝らす中、白い服の男達が行き来する。

 その手には、あの銃とかいう黒光りする武器が握られていた。

 チェインズの街は静けさに満ちた中、異物として侵入したザジを異様な空気で包んでくる。その無言の圧力が、ザジには不快で恐ろしかった。


「なあ、オルトリンデ。ここが本当に星都チェインズなのか? こんな場所が」

「ザジ、それは……恐らく、その可能性が一番高いでしょう」

「こんな場所のどこが楽園なんだ?」


 山頂のえぐれたクレーターに広がる巨大都市。昼夜を問わず光に満ちて、無数の尖塔せんとうが天を奪い合っている。

 行き交う人達は皆、笑顔だ。

 そう、貼り付けたような微笑に固まっている。

 同じ白い服、同じ髪型、そして完璧に同調した動きで行き交う。

 匂いもなく、徹底して漂白された世界が広がっていた。

 ザジはその中で、無数のパイプが覆う暗部にひそむ。

 如何いかに光が満ち溢れていても、その強き輝きが影を生むものだ。


「どうなってんだよ、こりゃ……こんな場所にハナヤがいるのか!?」

「間違いないと見ていいでしょう。この都市構造を見れば、連中の文明レベルがわかります。それに、ザジ……空を見てください」


 無数に入り組むパイプの森の中から、ザジは狭い空を見上げた。

 そして、確信する。


「ありゃ……ハナヤをさらった連中の乗り物だ!」

「非常にシンプル、ゆえに洗練された構造の輸送機でしたね。恐らく、このチェインズにある航空機はあのタイプしかないのかもしれません」


 空には無数の機械が飛び交っていた。

 全て同じ形、同じ色だ。

 それは、あの時ハナヤをさらった連中の乗っていた物と同じである。


垂直離着陸能力すいちょくりちゃくりつのうりょくと高い積載量ペイロード、そして全てを一機種に集約することでコストダウン……徹底した合理を感じます。だからこそ、多様性を失っているとも思えますが」

「オルトリンデ、ちょいと難しいぜ、話がよ。けど……ここにハナヤはいる」

「やれやれ、こんな典型的なディストピアなどそうそう見れるものではありませんね。……見たくもありませんでしたよ、私は」

「ディストピア? そりゃなんだ」

「実質的にはユートピアと同義です」


 ユートピア、それは古き民の言葉で楽園を示す単語だ。

 だが、オルトリンデは本当の意味を教えてくれる。


「ユートピアとは、実際は『』という意味です。そして、存在し得ぬ楽園のいびつさ、みにくさを人はディストピアと呼びました」

「つまり……絵空事えそらごとだってのか?」

「当然です。人間には欲とエゴがあります。それは創造性や愛情、劣情、無数の欲望の源となるものです。それを否定することで成り立つ楽園は、楽園とは呼べません」

「ここがそうだってんなら、同意だぜ。さて……どうやってハナヤを探すか」


 入り組んだ配管だらけの中を、ザジはゆっくりと警戒して進む。

 車輪のオルトリンデは、難儀しながらも後ろをゆっくりついてきた。ちょっと申し訳ない……どんなに高性能で不思議な機械でも、オルトリンデはタイヤで平面を走るように作られている。

 だが、そのことを呟いたら、以前よりもユーモアに富んだ声が返ってきた。


「私の躯体くたいは対戦車モービルです。荒れ地の走破性にも自信はあります。なんならザジ、私に乗って進みますか? 乗り心地を無視することになるので、そのかわいいおしりが倍に、その倍、さらに倍に割れてしまうでしょうが」

「へへ、言うねえ……まだだ、オルトリンデ。お前の力は多分、逃げる時に使ってもらう」

「了解」


 それにしても、とザジは改めて街の様子を伺う。

 ここには危険なネイチャードはいない。そして、その脅威に怯えながら暮らす人達の息遣いすらないのだ。街の人々は皆、何がそんなに幸せなのかと思う程に穏やかな笑みだ。そう思っていると、ザジはふと気付いた。

 連中と接触して、情報収集ができないだろうか?


「オルトリンデ、ここにいてくれ。こいつを頼む。ちょいと挨拶してくらあ」

「ザジ、気をつけて。紳士的かつ暴力に頼らぬ接触を望みます」


 オルトリンデに背のピッケルを預ける。

 そしてザジは、まばゆい光の中へと飛び出した。

 狙いを定めた単独の市民に、そっと近付く。相手にはまるで警戒心がなく、ザジの気配を読むこともしない。そして、背後に迫っても気持ち悪い笑みで歩いている。まるで、引かれた線をなぞるような動きだ。

 そっと身を寄せ、相手の腕をつかんでひねる。


「声を出すな、ちょっと話を聞かせろ」

「ヒッ!? え、あ、何!? 何だ!? あ、いや、こんにちは。私は市民番号4800174、貢献こうけんレベルは57です。あなたは」

「訳のわかんねぇことを……とりあえず、こっちだ」


 拘束したのは、男だ。

 接触するまで、性別すらわからなかった。何故なら、皆が同じ髪型をしているからだ。彼の着ている服もそうだが、身体からも匂いが感じられない。

 その男を、物陰へと押してゆく。

 パイプ群が密集する中にオルトリンデが待機している。その視界に入る場所で、周囲を見渡し男を解放した。


「危害は加えねえ。俺は人を探している。ハナヤって女の子だ。……連血れんけつ巫女みこっていやあいいか? 知ってることを教えてくれ」

「え? あ、ああ、うん……しかし」

「ただとは言わねえし、無理にってのも嫌なんだけどよ」


 わずかにすごんで見せると、ザジが発した殺気に男はその場に崩れ落ちた。

 何だ? 何が彼をそうさせる? ザジは戸惑とまどう。こんなにも無防備で、ただ生きてるだけのような人間がいるとは思えない。こんな人間は、ネイチャードがひしめく大自然の中では生きていけないだろう。かといって、村にいても仕事を受け持ってくれそうもない。

 男からは、ある種の生気のようなものが決定的に欠落していた。

 だから、ザジを前に逃亡も抵抗もしない。

 おどせばそれで屈服してしまう。


「ま、待ってくれ! 許して……何でもする! 何でも言う!」

「わ、わかったよ、オイ……とりあえず立てよ、俺が悪者みたいじゃねえか」

「君は外から来たのか? その服装、それに……く、くさい! 殺菌処置を受けてないのか? なんて反社会的な振る舞いなんだ」

「は? 何言ってんだお前」

「お、怒らないでくれ! え、ええと……連血の巫女様だろ? 先日、とうとうこのチェインズにいらっしゃったんだ」

「そう、その連血の巫女様はどこにいる!」

大聖府だいせいふだ! 大聖府の中央庁舎に――」


 その時だった。

 突然の異変がザジを襲った。

 なんと、空に巨大な人の姿が浮かび上がったのだ。

 夜が明けた青空には……周囲の者達とは明らかに異なるころもまとった人物が映し出される。そう、映像だ……しかし、ザジにはうっすらと透けたその女性の姿がはっきりと見えた。


「あれは……!」


 荘厳そうごんな薄布に身を包んだ姿は、探し求めていたハナヤだった。

 しかし、みょうだ。

 街の人間がそうであるように、空に映ったハナヤには覇気が感じられない。あの活力に満ちた少女の面影おもかげは、全く見受けられなかった。星を散りばめたような瞳にも、今は光が感じられない。

 そして、街中を見下ろすハナヤは静かに話し始めた。


『我がチェインズの民よ……選ばれし次代の良民よ。私は大星皇だいせいおうサクヤである。諸君等の労働力供出きょうしゅつ、秩序と平和への貢献に心から感謝を』


 それは、ハナヤであってハナヤではなかった。

 声色は確かに、聞き覚えのあるものだ。だが、並ぶ言葉も息遣いも、全く知らない人間だ。いな……

 ザジは意外な再会をすぐに否定した。

 あれは、あの光景はハナヤではない。


『先程、我がチェインズの繁栄のため……しゅより運命の子がつかわされた。御使みつかいの名は、ハナヤ。チェインズに次の百年の安寧あんねいをもたらす者である! その清められた血をもって、これからもチェインズは未来のために病魔を駆逐し続けるであろう!』


 ハナヤにそっくりな人物は、ハナヤの名を発した。

 ザジには難しい話が全くわからない。

 だが、直感と本能が警鐘けいしょうを鳴らしていた。

 優しげな笑みを浮かべてはいるが、この人間は、ハナヤもどきは危険な奴だとわかるのだ。並べる言葉には気持ちがこもっていないし、訴えかける熱意も感じられない。

 やはり、ハナヤではない。

 そして、ハナヤをこの人間がどう扱うかを想像すると……背筋を悪寒おかんが這い上がる。空を見上げて固まったザジの前で、男はうようにして転がり逃げ出した。


「あ、待てよ! おいっ! もっと教えてくれ、ありゃなんだ! なあ!」

「ひいいいっ! だ、誰かっ! 外の人間だ! 汚染体が侵入している! 助けてくれーっ!」


 あわてて追いかけたザジに、誰もが嫌悪の視線を投げかける。

 そして、すぐに銃を持った男達が集まり出した。

 迂闊だと思ったが、後の祭……先程のハナヤの映像、ハナヤに似て異なる謎の人物に我を忘れたのだ。ザジは包囲される中で、オルトリンデが隠れて潜む闇へ目配せする。

 一生懸命に、今は隠れていろと気持ちを送った。

 以前ならいざしらず、今のオルトリンデには気持ちが通じると思った。

 そのアイコンタクトが伝わったのか、連れて行かれるザジをあえてオルトリンデは助けず見送ってくれる。ザジはそのまま、とらわれの身となったのだった。

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