第6話「激突、然らば――REFRAIN」

 ハコブネの街を出て、既に二時間。

 星都せいとチェインズを目指して北へと旅は続く。

 そして、二人と一台はその途上で常に危険と隣り合わせの疾走を続けていた。

 この星は既に、大自然が満ちた危険な野生の世界。日が昇り始めた午前中の移動は困難を極めた。今も、ザジとハナヤ、そしてオルトリンデは凶暴な爪とくちばしに追い回される。

 その敵の名は、ネイチャード。

 遥かな太古の昔、万物の霊長などとおごっていた人間が壊してしいたげ、慌てて保護し再生させた大自然だ。


「ちょっとおおおおおお! オルたん、もっと速く走ってよおおおおおおっ!」

「現在、ソニックシェルを前面に展開して時速120kmで走行中。現在の路面環境ではこれが精一杯です。あと、喋ると舌を噛みます」


 獣道けものみちでガタゴトと、ザジたちを乗せたオルトリンデが揺れる。

 驚くべきスピードで疾駆しっくするサイドカー付きのバイクは、大昔は対戦車モービルと呼ばれた特殊車両である。だが、そのことを知る者は既に数える程しかいない。

 かつて宇宙の果てまで広がった人類は、科学文明の発展と共に栄華を極めた。

 そして、れた果実が腐って落ちるように、衰退していったのだ。

 そのことを既に、今の人類は覚えていない。

 勿論、ザジにもあずかり知らぬことだった。


「黙ってな、ハナヤ! ……チィ、また厄介なのに追い回されてやがる!」


 片手でハンドルを握りつつ、オルトリンデにまたがるザジが背のピッケルに手を回す。

 その頭上を、巨大な翼が通り過ぎた。

 陽光がギラつく周囲に遮蔽物しゃへいぶつはない。一面に緑が敷き詰められた、そこは街道を挟む大草原だ。街道とは言っても、未整備の獣道だ。水場から水場へ、餌場から餌場へと行き来するネイチャードが作った、天然の悪路である。

 そこを今、猛禽もうきんの追跡者に追われてオルトリンデは全速力で走っていた。

 だが、ザジは少しホッとしていた。

 ハコブネの街を出てから、ハナヤがずっとうつむき黙っていたから。

 今みたいに元気にわめいて叫んでる方が彼女らしい。


「絶対これ、やばいよ! ボク、食べられちゃうんだあ! ザジィ~」

「情けねえ声出すなよ、馬鹿言ってっと俺が先に食っちまうぜ?」

「! ……そ、それは……ちょっと、考えておかないと」

「さて……どうしてやっかな。手も足も出ねぇぜ」


 敵は太陽の中へと上昇して、また急降下攻撃を加えてくるつもりだ。

 ザジたちを狙う今の敵は、最も厄介なネイチャードだと言われている。肉食で極めて好戦的、名だたる狩人の中でも勝てる者はほとんどいない。

 勿論、ザジも狩ったことがない。

 何故なら……翼を持つネイチャードは、大空の支配者であり、睥睨へいげいする大地に敵など存在しないから。

 接敵遭遇エンカウントしたネイチャードは、ファルケン――ザジにとっては強敵だ。


「おい、オル公! お前っ、ビリビリとかピカピカであいつを落とせないのかよ!」

「やってやれないことはないですが、ザジ。基本的に陸戦兵器である私は、航空戦力との相性が悪いのです。マスターの安全を最優先してる今、選択できる攻撃オプションは存在しません」

「よくわかんねえよ、ハッキリ言えよ! わかりやすく!」

「ザジ風に言うなら、鹿! です」

「なら早くそう言え!」

「デキッカバカ! デキッカバカ! デキッカバカ!」

「早口で言えって意味じゃねえよ! 馬鹿って言う奴が馬鹿なんだ、このポンコツ野郎っ!」


 悪態を付きつつ、ザジは背後を見上げる。

 翼を広げた隼は、ゆうに5~6mはある。

 そして、その命を狩ることができれば、かなりの糧が得られる筈だ。ザジたち人間の中で鳥肉と言えばチキンだが、これもそれなりにリスクはある。だが、鶏は空を飛ばない。隼のような空を飛ぶタイプのネイチャードは、強さも速さも段違いだ。

 だが、その肉は引き締まって旨味うまみが凝縮された高級品だ。

 むしった羽根も女たちの装飾品として珍重される。

 手の届かぬ天空の高みを舞う隼は、それ自体が豊かな富の固まりだった。


「あれ一匹なら倒しても、オル公で運べる。次の村で一晩厄介になるには、これ以上ねぇ手土産てみやげだぜ!」

「どーでもいいからー、ザジィ! ちゃっちゃとやっつけちゃってよぉ」


 頭を抱えて悲鳴をあげるハナヤを一瞥いちべつして、ザジは鼻を鳴らす。

 狩人の本能が血潮を燃え滾らせる。

 過去、近隣の村で隼のような飛ぶ鳥、猛禽を狩ったという話は少ない。だが、少ないながらも確実に存在する。主にスリングや弓を使った、遠距離武器での狩猟に限られるが。そして、ザジはその手の武器は苦手で、しかも持っていないときている。

 今の彼が振るうのは、不思議な金属の両刃ハーケンがついたピッケルだ。

 神を知らぬ少年が振り上げる、武器としてしか使われぬ十字架クロスひるがえった。

 それは、反転して急降下してくる隼が一声鳴くのと同時。


「おっしゃあ、勝負っ! いただき、させやがれっ!」


 両手でピッケルを握って、ザジがオルトリンデの上に身を起こす。彼は本来両手で握るハンドルの片方を、足で勢い良く蹴り飛ばした。

 急ハンドルでスピン気味に獣道を外れたオルトリンデは、ガタゴトと揺れて草の中を突っ切る。たちまちしげる緑の葉が刃となって、ザジの剥き出しの皮膚を襲った。

 植物もまた、大自然の一部……ネイチャードだ。

 水分と日光、そして土の滋養じようで生きる草木さえ、人間を狙ってくる。

 ザジが車体を乱して脱した街道で、砂煙が柱となって舞い上がった。

 急降下しての一撃に失敗した隼の羽撃はばたきが、もうもうと立ち込める濁った空気を振り払う。その時にはもう、ザジは片足でハンドルを握りながら急反転していた。


「おっしゃ、もらったぜ! 空に逃げる隙なんざ与えねえ!」

「あわわ、デコボコ道! ボクのお尻が割れちゃうよぉ!? イタタ、痛いっ!」

「知るか、だーってろ! ケツが割れたら適当になんか挟んどけ!」

「酷いっ、ザジ最低! うわーん!」


 いよいようるさくなったハナヤを適当にあしらい、ザジはオルトリンデの車体を街道へと突っ込ませる。

 隼はしきりに羽撃き風圧を叩きつけてきた。

 だが、ザジは真っ直ぐに飛び込んでゆく。

 すぐに隼は低空へと浮かびながら、左右の鉤爪かぎずめを繰り出してきた。

 鋭い爪の光がザジと交差こうさして、ザジのピッケルも羽毛を散らす。

 ハコブネの街でハナヤに買ってもらった左手の籠手こてが、金切り声を歌ってザジの命を守った。上質な品らしく、岩盤をも切り裂く隼の斬撃にも傷一つつかない。

 だが、狩りは意外な形での決着を迎えた。

 再び街道へと戻ったザジは、見た。

 もう一度接近して一撃をと思っていた瞬間だった。


「ッ! あれは!」


 突然、気配を殺してひそんでいた殺気が広がる。

 生い茂る草の中に見を伏せていた影が、強靭な四肢の瞬発力を爆発させた。

 それをサジは、黙って見ているしかできなかった。

 甲高い鳴き声で威嚇しつつ、空へ舞い戻るべく羽撃いていた隼は……突如として躍り出たネイチャードに襲われた。

 食物連鎖のヒエラルキーは、この星では人類の知らぬ上下関係を持っている。

 あっという間に大地に組み伏せられ、喉笛のどぶえを一撃で噛み砕かれた隼が動かなくなった。

 断末魔だんまつますら許さぬ瞬殺撃。

 それはザジには、圧倒的な強さと同時に美しさをも刻み込んでくる。

 左側のサイドカーでうずくまっていたハナヤが、恐る恐る目を開いて呟いた。


「あ、あれ? ザジ? ……って、なにあれ! おっきーぃ! ちょ、ちょっと、あんなのこの星にいるの!? 聞いてないよボク、しゅはそんなことなにも」

「……なるほど、ここいらのぬしって訳かい」


 その真っ白な姿は、神々しい威厳に満ちていた。

 摂理せつりが支配するこの大草原の、主。神にも等しい存在。

 そこには、体長10mほどの巨大なウルペスのネイチャードがいた。前足でしっかりと、獲物の隼を踏み締めている。そして、鋭い眼光で油断なくザジを見詰めていた。

 ザジもまた、狐から目を逸らすことができない。

 その距離、目算で30m程だろうか? あのクラスのネイチャードなら、一瞬で肉薄できる間合いだ。あの巨大な狐がその気なら、次の瞬間にはザジは絶命するのだ。

 逆に、ザジは手にするピッケルで狐を殺すことができない。

 相手は一撃必殺、だがザジは急所を狙って全力を振るうことを許されない。

 緊張が凝縮される中で、ザジは本当の恐怖を体験した。

 オルトリンデとハナヤだけが、無知故に平静を保っていられたようだ。


「ねえねえ、オルたん。なんかズババーン! ってやっつけられないの? あれ」

「先程のあの巨大ネイチャードの機動から算出した演算結果ですが、対物ブラスターの命中率は17%です。回避された場合、反撃で私はスクラップになるでしょう」

「そーなんだ……なんかでも、綺麗だね。とても、綺麗な生き物」


 艶めく白い毛並みの狐は、不意にザジから目をらした。

 そして、既に絶命した隼を口に軽々とくわえる。

 それでザジも、脱力してオルトリンデの上に突っ伏した。

 見逃されたのだ。

 攻撃する価値がないと判断されたのである。

 何故なら、ザジはあの狐にとって、敵ではない。

 敵対して生死を競う価値がないのだ。

 ザジ程度の大きさの肉を、あの狐は欲していない。

 今、隼を仕留めたから十分なのだ。

 飢えていない限り、ネイチャードは不必要な狩りはしない。

 それは、村をうるおす以上のかりを求めぬザジたち狩人と一緒なのだ。


「ふぅ……見逃してくれるみてぇだぜ? 助かったあ」

「あっ、でも! ザジ、あのでっかいの、鳥を持ってっちゃう」

「おーおー、くれてやれ。ってか、ありゃ仕留めた狐のもんだ。俺が仕留めた獲物じゃねえしな。それに覚えとけよ、ハナヤ」

「ん? なに?」

「狩人は無用な狩りはしねえ、無益な殺生せっしょうはしないんだ。そして、無茶な戦いも挑まない。考えてもみろよ、あのデカブツを倒して……どうやって運ぶ? 解体する人手もいない、奴を狩るなら最低でも十人は必要だ」

「えっと、つまり……採算に合わないってこと? そっか、オルたんでも運べそうもないしね。それに……勝てないしね!」

「ばっ、馬鹿野郎! やればわかんねえよ、勝負はやってみねえと。でもな、勝負するからには前提条件をクリアする必要がある。今の俺に、その準備はねえ」


 狐はザジに背を向け、悠々と立ち去ろうとする。

 結果的に救われた形だが、高いリスクの先に待つリターンすらも持ち去られてしまった。

 だが、これこそが弱肉強食の大自然、衰退した人類が住むこの星の摂理なのだ。

 そう思って狐を見送るザジの前で、突然異変が起こった。

 走る、音。

 絶叫にも似た不快な音だ。

 まるで、光が響くような声。

 そして、咄嗟とっさに回避した狐は、口から隼の死骸を落とした。

 警戒心もあらわうなりながら、狐は不規則なステップで逃げ去ってゆく。


「なんっ、なんだ!? 今の音、そして……ネイチャードが、自分の狩りの獲物を捨てた……!? おいおい、なにが起こったんだよ!」

「オルたん、今の銃声!」

「……クトヴァPK88F……マキシア・インダストリアル製のオプティカル対物アンチ・マテリアルライフルです」


 ――

 それは、ザジが初めて耳にする殺意の奏者そうしゃだ。

 そして、周囲を見渡し彼は絶句する。

 槍のような不思議な金属の武器を持った、一人の狩人がこちらへやってくる。

 さらなる驚愕にザジは目を見張った。

 身長に匹敵する長大な武器を持った狩人は、

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