第15話

翌朝、改めて結婚指輪を取り出した私は、再び指にはめてみた。


「まさかこんな風になるとはね」


結婚指輪を二人で買いに行った時は、嬉しさと恥ずかしさでいっぱいだった。


結婚式の時にはめてもらった指輪。一生外す事などないと思っていた。だから、こんな風に指輪を捨ててしまおうと思う日が来るなんて、夢にも思わず……。



「さて。 不燃ゴミでいいのよね。 川に捨てたいけど、そんな事できないし」


小さいビニール袋に指輪を入れ、不燃ゴミ用のゴミ箱に捨てた。


「改めての新しい出発だな」



ずっと捨てられなかった物。何だかスッキリした。何を拘る訳ではないのだけれど、何故だろう。



「さて。 朝ごはんの支度するか」


キッチンに行き、フライパンで目玉焼き二つとハムを焼き、トースターにパンをセットした。



「士雨〜。 菜々〜。 朝よ!」


子供部屋へ行き、二人を起こした。


「うーん……。 眠い」


菜々は朝が弱く、少しぐずる。士雨はさっさとリビングへ向かった。


着替えを済ませ、朝ごはんを食べる。

いつもの朝の風景。だけど私の中では改めての風景……。



「お母さん。 明後日お父さんと会う日だよね? 僕四人でどっか行きたい」


「え……? だけどお母さんは行かない約束だよ? 無理だよ」


「たまにはいいじゃん」



思わぬ長男の申し出に、戸惑ってしまう。やはり授業参観がいけなかったんだ。

久々の家族が長男を刺激してしまった。


だけど気持ちは分からない事もない。寂しい思いをさせているから。



「お父さんに聞いてみるよ……」


朝からため息が出そうだ。




士雨を見送り、菜々を幼稚園まで送り仕事に向かった。


カフェの従業員の私。仕事場に着くなり仕入れたコーヒー豆の仕分け作業にとりかかった。



昼休みになり、私は今朝息子の言ったとおり元夫にメールをした。


父親を求めている息子。家族の温もりが欲しいのだろう。



『士雨が四人で会いたいって』


簡単なメールを送り、昼食をとった。


このカフェのまかない料理はとても美味しく、普通にランチメニューにできそうだが、生憎そうはしないらしい。まあ、普通にコーヒーを注文されるだけでも時間がかかるから仕方ない。


オーナーの奥さんが休憩室へやって来て 「秋野さん。 ケーキの入れ替えお願いしますね。 私はクッキー焼くから」


そう言った。


「分かりました」



私はまかないを急いで食べ、ショーケースのケーキの入れ替えをした。


クッキーの焼けるいい匂いに包まれる。

このお店のクッキーも拘りある手作りクッキーで、ケーキ共々人気がある。




仕事が終わりスマホのチェックをしていた私は、元夫からのメールを読み驚いてしまった。


『明日会って、四人でまた一から始めよう』



どんな思考回路をしている?私はただ士雨が四人で会いたいから、一度くらいならと思って……。


やり直したい?何を言ってるんだか。




『好きな奴ができた。 オレはあいつ無しの人生は考えられない。 お前達には申し訳ないが別れて欲しい……』


そう言って出て行ったのに、どの口が戯言を言う?



『バカじゃないの? 一度だけ四人で会うだけなんだけど? やり直す事はありません』


腹立たしい気持ちを抑え、そう返信した。


『取り敢えず四人で話そう』



疲れを覚えながら菜々のお迎えに行った。


翌日は土曜日。父親との面会の日。

二人共はしゃいでいる。



「お母さんも来るでしょ? やった〜!」


夕飯を食べながらそう言った。


「落ち着いて食べなさいね」


まあ無理な話か。


複雑な気持ちを胸にしまった頃、電話が鳴った。



「葉野君……?」


最近は会社からの電話が多い。流石に家から電話はしない。それに誰かの電話を借りているらしく、違う番号からかけてくる。流石に頻繁ではないが。



『もしもし? 大原? あのさ、 明日会えないかな?』


『明日? あ……。 ごめんなさい。 ちょっと無理なの。 それに今は会わない方がいいよ?』


『うん。 そうなんだけどさ……。 ちょっとだけならって。 明日何かあるの?』



私は正直に答える。


『何だよそれ。 何で一緒に……。 子供の気持ちを考えたら、 仕方ないけど』


少しだけ怪訝そうに言った。


『まぁ一度だけだし……』


『一度だけだよね?』



そう。子供の為にもう一度だけ家族になる。そしたらもう会わない。


やり直しなんてあり得ないけど、子供達を考えるとやるせなさが私を襲う。



翌日。元夫との面会の日、私達は三人で待ち合わせの場所に向かう。


「何か嬉しいよね。 皆で会うなんて」


「ねーっ!」


きゃあきゃあ騒ぐ子供達。反面、私は複雑。


待ち合わせの駅で夫を待つ間も、落ち着かない気持ちになる。



「あっ! お父さんだ!」


「本当だ〜!」


「士雨。 菜々! お待たせ」


「早く行こうよ!」



子供達に急かされ、電車に乗る。




子供のリクエストで、夢の国へ出発。



電車の中でも嬉しさを溢れ出させる二人を他所に、私は何とも言えない気持ちでいた。


「もっと楽しんだら?」


そんな夫の言葉に腹が立つ。


全く何なんだ?この人は。自分勝手な言動は相変わらずで、こちらは振り回されてばかりだ。


女の人と何かあったのかな。やり直したい発言するなんて。


電車が揺れる。私の気持ちもガタガタ揺れる……。



「なぁ。 あの話なんだけど、 本当だから……。 家族は一緒がいいし」


「どのツラ下げてそんな事言う? やめてよね」


「結構本気なんだけど」


「今日限りだから。 四人で会うの」


「やり直したい。一から……」



本当に気楽な奴だ。



窓越しで景色を楽しむ子供達に目をやる。嬉しいんだな、やっぱり。だけど無理だよ。私にはできない……。


せっかくの夢の国へのお出掛けなのに。

悪夢を見そうな私がいた。

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