第13話

「お母さん、 最近何か変だよ?」


士雨が私の顔を覗き込んだ。


「あ、 ごめんね……」


「どうしたの? 最近ぼーっとしてるよ? 何かあったの?」


息子の言葉にはっとした。



私は母親だ。子供に余計な心配をさせてはダメだ。


「ごめんね。 何でもないよ。 おやつにしようか」


「ホットケーキがいい!」


生クリームとベリーを乗せたホットケーキを作る。


子供の好物だ。



そう。私は母親として生きていこうと決めたではないか。女としての人生。そうではなく、子供をしっかり育てる義務がある。


確かにもう一つの人生を夢見てしまう。しかし叶わぬ事だし、子供との人生が大切だ。



ホットケーキをお皿に乗せながらそう思った。


揺らぐ私の気持ち。


自然と首を振った。揺らいではダメ。



「できたよ〜」


生クリームたっぷりのホットケーキをテーブルに置いた。


「わーい! いただきまーす!」


士雨と菜々。二人が美味しそうにホットケーキをほおばる。

幸せとは些細な事……。これ以上を望んではいけない。


二人の顔を見ながら思う。



「お母さん。 あのさ……。 お父さんに電話したいな」


「え? 何で……?」


「うん……。 今度授業参観あるでしょ? 皆お父さん来るんだって。 うちはいつも来ないから。 たまには来て欲しいなって……」


「そっか……」



父親を求める息子。我慢しているんだ。


子供になるべく寂しい思いをさせたくない。

私は元夫に電話をする事にした。



月二回の面会以外は会わせたくないが、子供の希望だ。

私は少し複雑な気持ちでスマホを握りしめた。




「お父さん来るってよ。 授業参観」


元夫と話をした後、士雨に報告する。


「本当⁈ 嬉しい!」


あどけない笑顔を見せられたら、嫌だと思えない……。



これも子供の為だ。仕方ない。




離婚した人と授業参観に行くのは気がひけるが、親子の絆はやはり断ち切れないな。



嬉しそうな息子の顔。複雑な私の気持ち……。



「何か楽しみ」


「良かったね……」



まあ、ちょっとだけ我慢すればいいか。

笑顔が見られればいい。



自分勝手な人でも父親には変わりない。


複雑な思いを仕舞い込んだ。





授業参観の日。


私は重たい気持ちを引きずりながら学校へ向かった。


前日、葉野君から電話があった。会社から。その時授業参観の話をしたら、自分が行くなど言い出したので驚いてしまった。


いやいや。いきなりだし、しかもこんな状況の中無理でしょ?


そう話した。

残念そうにしていたが、無理な物は無理だ。だけどちょっと嬉しかった。子供達を否定しないでくれるんだって。だから子供の父親が来る事、言えなかった。




久しぶりに見る元夫。変わりなく元気そうだ。

再婚しないのかな?して欲しいな。



「元気?」


「まあね……」


他愛ない挨拶を交わし、士雨の教室へ行く。



「お父さん‼︎」


「士雨! 元気か?」


「うん。 ねぇ、 今日頑張るからさ、 ちゃんと見ててね」



ウキウキしながら机についた。


やはり親子の絆は断ち切れない。


今日は親子を徹しよう。仕方ない。夫婦ではない。家族とも違う、そんな感じの私達。だがはたから見れば普通の家族に見えるだろう。



授業参観が終わるまで。私は家族を装った。




「今日は楽しかったぁ。 またお父さんと会えるよね?」


学校から帰っても、父親を求める息子。

益々複雑な思いの私。


再婚してくれないかなぁ。いや、私が再婚すれば……。

けれどやはり親子は親子。ずっと親子なんだろう。


だから私は踏み込めないのだろうか。だから葉野君を受け入れられないのだろうか。

奥さんと戻ってと言ってしまうのは、そんな気持ちもあるから?


夕飯の支度をしながらぼんやり考えた。

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