後期7限目 1.SF論 サイバーパンクとAKIRA

 はいこんにちは、五代です。SF論です。

 今日はディックの話をもうちょっとしてからサイバーパンクの話をして、それから来週と半々で映画を見ることにしましょう。


 先週の授業でちょっとだけ触れましたが、フィリップ・K・ディックの作品については、ある特別な共通したテーマがあります。

 ディックの作品の特徴は、「現実と個人のアイデンティティの脆さ」を主なテーマとする部分にあります。彼の作品世界の現実は一つではなく、主人公や登場人物たちの人格や記憶もときに分裂し、ときに書き換えられていて、統一された正しい形をとりません。

 前回紹介した映画『ブレードランナー』の原作、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』では、人造物であるアンドロイド=レプリカントと人間が混じり合い、その当人でさえ自分が人間なのかレプリカントなのか区別がつかない事態が起きます。主人公の恋人であるレイチェルはレプリカントですが本人はその事を知らず、さらに、主人公であるデッカード自身さえ、自分もまたレプリカントかもしれないという疑いを抱く場面があります。


 これらは、アシモフ式のロボット三原則に支配され、人造物と人間がきっちり峻別された世界では起こりえない事態です。ディックの一連の作品が訴える世界の不安定さと個人の人格と記憶の不安は、『ブレードランナー』がのちのSF映画に多大な影響を与えたのと同じくらい、次世代にやってくるSF作品に大きな影響を与えました。


 60年代から70年代にかけて、SF映画はますます活発化し、1964年『博士の異常な愛情』、1968年『2001年宇宙の旅』『猿の惑星』、1977年『スターウォーズ』『未知との遭遇』、1979年『エイリアン』など、さまざまな名作が生まれましたが、SF史においての出来事はニューウェーブ運動以外、大きな波は起こっていません。50年代、60年代からの作家は引き続き活躍し、新しい作家も登場し、優れた作品はつぎつぎ発表されていましたが、ムーブメントとなるほどの大きなものはなかったのです。

 この時期、アメリカは朝鮮戦争に続いてベトナム戦争に巻き込まれていました。1965年の軍事介入開始から1973年のベトナム撤退まで、アメリカは第二次世界大戦の時にもなかった泥沼の戦争に巻き込まれ、しかも結局、勝つことはできませんでした。

 この体験はアメリカ社会に大きなショックをもたらしました。ベトナム戦争自体はアメリカ介入以前からさまざまな勢力が争っていましたし、さらにもっと大きく言えば中国とソ連を代表とする共産主義勢力と、アメリカを代表とする資本主義との対立でもあったわけですが、この事件ではじめてアメリカは敗北を味わい、自分たちが必ずしも正義ではないこと、必ず勝つとは限らないこと、そして心の傷を負った大量のベトナム帰還兵を受け入れることになりました。

 

 この体験は、イギリスから伝播してきたニューウェーブ運動、「SFはもっと人間の内面について書くべきである」という主張を受け入れる下地にもなりました。明るい未来や資本主義の勝利への無邪気な信頼は後退し、ディックの作品に漂う不安、「この現実は現実ではないかもしれない」「この自分は自分ではないかもしれない」という現実への不安と不信が、リアルなものとして社会に広がりました。

 

 そしてニューウェーブ運動によってSFの下地が広がり、SFがより広い題材を取り扱うようになった1980年代、コンピュータテクノロジーというまったく新しい技術の発達をふまえて、「サイバーパンク」と呼ばれる新ジャンルの大ブームが巻き起こります。


 それまでのハードSFやSFファンタジー、スペースオペラなどへのカウンターイメージとして広がったサイバーパンクは、1984年のイギリスの作家ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』から始まるスプロール三部作が代表とされていますが、肉体や意識を機械工学・生物工学的に拡張することが日常化した世界で、個人がより巨大な国際的企業やネットワーク的・データ的構造物に接続、ないし融合していくありさまを描きます。


 人体の機械工学・生物工学的拡張やより上位の意識存在への融合はすでに以前のSF作品でも取り扱われていましたし、ダークで疲弊した暗黒の未来社会を舞台にしたものが一律にサイバーパンクを名乗ることもありますが、サイバーパンク作品のパンクたる所以は、主人公の言動や行動、理念などを通じて既存の体制や社会構造への反発、反社会性をあらわにする「パンキッシュ」な姿勢に蟻、単に身体改造や臓器移植、ダークな未来での犯罪を扱っただけの作品は厳密にはサイバーパンクではないという意見もあります。


 その後、みなさんご存じのように、現実はSFを追い越し、サイバーパンクで描かれた未来がかなりすぐそこまで来ている時代になりました。いくつかの技術はすでに実現されてさえいます。こうした時代において、80年代から90年代において隆盛を誇ったサイバーパンクはしだいに沈静化していきましたが、これはむしろ、SFで扱われていた技術が現代のものになり、もはやフィクションではなくなってきたからでしょう。むしろサイバーパンク的発想は日常に溶け入り、あえてジャンルとして区別する必要がなくなってきたということなのかもしれません。


 さて、今週はすぐ近くの31日にもまた授業があるので、普段は長すぎて上映できない二時間の映画を、二分割で見てもらおうと思います。

 1988年の日本のアニメ映画『AKIRA』です。大友克洋原作のこの映画は、原作も日本のマンガ史における大きな事件でしたが、この映画自体も、日本、および海外のSFファン、アニメファンに大きな影響を与えました。

 映画がつくられた当時はまだ原作は完結していなかったので物語はかなり縮約されていますが、サイバーパンク的要素を取り入れた描写やバイクのチェイス、退廃した未来社会、不良少年たちの恋と友情と戦い、国際抗争、ミリタリー、人類の進化など、多くの要素を含んだ内容はきわめて見応えがあり、CGなしのオール手描きセルアニメーションの最高峰となっています。

 今回は前半の四十分ほどを見て、31日に残りの一時間と少しを上映することにします。

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