12限目 1.エンタメ論 スティーブン・キング

 はいこんにちは五代です。七夕ですねえ。

 今日は先週の続きで、ちょっと先へ進んでモダンホラーとスティーブン・キングについてざっと見ていこうと思います。


 先週までに紹介した吸血鬼ものホラー、またクトゥルーものホラーの中にもこれらに含まれる作品は存在しています。モダン・ホラーというジャンル特にこれといった決まりがあるわけではありません。おおまかにいえば、クラシックなホラーの舞台と登場人物をアップデートし、より現代的な都会やベッドタウン、現代人の家族、また登場人物もより現代人としてなじみやすい一般的な人物が事件に巻き込まれるというかたちをとります。

 

 モダンホラーは1980年代、ちょっとしたブームになりまして、日本でも早川書房から「モダンホラー・セレクション」なる一連のシリーズが出たりして多く訳出された時代があったんですが、現在はちょっと少なくなってしまってさびしい限りです。

 その中でもとぎれることなく新作が紹介され、名実ともにホラー界の王様と呼んでいい存在が、スティーブン・キングでしょう。

 

 1974年『キャリー』でデビュー以後、ほぼ一貫してアメリカのごく普通の人々と、平凡な町を舞台に書き続けてきたキングは、モダンホラーというジャンルの開拓者であり、また第一人者であるといわれたりもします。

 具体的な固有名詞や細密な日常病舎の中に怪異が起こってくる描写がうまく、後年の作品になるほど重厚長大化が進んで多少読みづらくはなってきていますが、それでもどの作品も質が高く、全世界で読み継がれ、映画化作品にも多く恵まれています。


 デビュー作『キャリー』は、母親に虐待されるいじめられっ子の少女キャリーの物語で、少女から大人へと移行する境目の繊細なティーンエイジャーの内面と、アメリカの地方都市に住む人々の人間模様、宗教に狂った頑迷な母親、少年少女を支配するスクールカースト、それらの中で苦悩する少女キャリーに覚醒する超能力、といった要素が、暗黒の青春物語といったスタイルで語られます。

 ラストで宗教狂いの母親を殺害し、学校のダンスパーティに出たキャリーですが、意地悪な同級生の企みで頭から豚の血をかけられ、あざけられます。この扱いに感情のたがが外れたキャリーが爆発させる超能力の乱舞がクライマックスで、映画化バージョン『キャリー』でも、このシーンが見せ場として再現されています。

『呪われた町』は吸血鬼もののところでもお話ししたドラキュラの本歌取り作品。アメリカの田舎町セイラムズ・ロットに吸血鬼が現れ、しだいに犠牲者が増える中、町は崩壊へとむかっていくというお話。

『シャイニング』は幽霊屋敷ものと、キングお気に入りの超能力ものの合体。オーバールック・ホテルの冬期管理人として雇われた売れない小説家ジャックがしだいにこのホテルに住み着く亡霊に取り込まれ、狂っていく過程が描かれます。それと同時に小説家の息子である少年ダニーは自らに備わった超能力「輝き」(シャイニングというタイトルはここから)を、同じ力を持つ老黒人ハロウランに見いだされますが、時すでに遅く、父ジャックはホテルに呑み込まれ、亡霊に操られるまま妻と息子を殺そうと追いかけまわします。

 この作品にはスタンリー・キューブリック監督による映画化もあり、こちらも評価は高いのですが、原作から大幅な改変が行われているため、原作者のキングからは嫌われたようです。(主人公ジャックの発狂の原因の曖昧さ、少年ダニーの超能力設定の希薄さなど)それでもエレベーターからあふれ出す鮮血や廊下に立つ双子の少女の幽霊のビジュアル、またジャック・ニコルソン演じる主人公の狂気の演技は迫真的で、そのあたりはさすがにキューブリックの手腕であるといえます。All work and no play makes Jack a dull boy.という英語のことわざをジャックが繰り返し打ち込む場面は原作にもありますが、キューブリックはよりこの場面をジャックの秘めた狂気を強調するものとして用い、キングの原作ではホテルの邪悪さに原因があるとされていたジャックの発狂を、彼自身に内在していた狂気が破裂したものともとれる描き方がなされています。

『デッド・ゾーン』は、これも超能力もの。事故で意識不明に陥った主人公ジョニーが覚醒してみると、脳の眠っていた領域「デッド・ゾーン」が活動を開始したために、他人の内心を感知したり、未来をのぞき見たりする能力を得ていました。それによって将来、核戦争を引き起こし地球を荒廃させることになる大統領候補グレッグ・スティルソンのことを知り、やがて二人の人生は、クライマックスの政治集会で、すべてをなげうってスティルソンを阻止しようとする場面で交錯します。

 キングの主人公たちによく言えることですが、特にこの主人公ジョニーは、自分に与えられた超能力に悩み苦しみ、できれば普通の生活に戻りたいと渇望しています。しかし、最終的に地球の滅亡、および恋人サラの幸福を守るために、なんとしてもスティルソンと、彼のもたらす破滅の未来を抹消しなければならないと決意するドラマは、この作品の白眉となっています。

 

 つづけて『ファイアスターター』、これも超能力もの。新薬の治験に参加した男女はその結果、二人とも超能力を得ることになりました。二人は結婚し、その間に生まれた娘チャーリーは、両親とは比べものにならないほど強力、かつ安定した発火能力(パイロキネシス)を持っていました。〈店〉(ザ・ショップ)と呼ばれる秘密組織はチャーリーの持つ能力に目をつけ、彼女の母を殺します。チャーリーは父に連れられて逃亡の身となり、追いつ追われつの逃亡劇をくり広げますが、ついに追いつかれ、父は瀕死の状態となります。追い詰められたチャーリーは父の言葉に従って、〈店〉の幹部と父親ごと、建物を焼き尽くしてどこかへ去るのでした。

『デッドゾーン』もですが、これにも『炎の少女チャーリー』として映画化作品があります。『デッドゾーン』はそう悪くもないできなんですが、後者のほうはほとんどコメントを聞かないなんというかお察しな出来で、確かチャーリー役が子役時代のドリュー・バリモアだったことくらいしか特筆すべきことはないような。チャーリーが能力を使うときに、なんかバーッと正面から風が当てられるところがいかにもチープ。

『クージョ』は趣を変えて、狂犬病にかかったセントバーナード犬の恐怖。もともと子供好きでおとなしかった犬クージョ(タイトルはここから)が、狂犬病に感染したためにしだいに凶暴化していき、つぎつぎと人間を噛み殺したあげく、ついにはゾンビみたいなボロボロの姿になって、故障して動かない自動車に閉じこめられた母子を襲います。

 これにも映画化がありますが、ラストで子供が熱射病で死んでしまっているラストはどうかと思われたのか、間一髪で助かるハッピーエンドに改変されています。これに関してはキングは文句を言わなかった模様。


『クリスティーン』は持ち主の怨念?がとりついた自動車の話。 ボロボロの自動車を買って大切にし、クリスティーンと名付けた主人公ですが、乗り続けていくうちにしだいに性格が変化し、強気だが粗暴な人間になっていきます。自動車に宿る邪悪に気づいた友人は邪悪な車クリスティーンと戦い、ついにクリスティーンを破壊しますが、主人公は死んでしまい、ぐちゃぐちゃになったクリスティーンは死ぬことなく、なおも新しい持ち主をもとめて蠢くのでした。

 これの映画版はホラー映画監督として有名なジョン・カーペンター(『遊星からの物体X』、『ハロウィン』『ザ・フォッグ』『ゼイリブ』など)によって撮られています。評価としてはいまひとつかも。

『ペット・セメタリー』は、生き物をよみがえらせる魔力を持ったインディアンの土地に存在するペット霊園。死骸をこの土地に埋めると生き返りはするのですが、それは元の姿、元の魂ではなく、腐り果てた死骸のまま、邪悪な何かに乗っ取られたものとして動き出すばかりです。しかし愛する息子の死に直面した主人公は友人の忠告を押し切り、恐ろしい墓地に息子の死体を埋めてしまうのでした。

 これにも映画化がありますが、うん、まあ特に言うべきこともないかと。そこそこ原作には沿っていますが。脚本はキング自身が書いていますが、小説とは違って、キングは映画作りに関してはあまりセンスがないようです。


 大作『IT』は子供時代の不気味な記憶に宿る殺人ピエロと、記憶の恐怖に立ち向かうかつての少年少女のお話。謎の道化師による連続殺人の噂におびえる子供たち。そして30年後、同様の連続殺人が起こるとかつての子供たちは事件の背後にあの殺人ピエロの存在を感じ、恐怖を乗り越えて怪物ピエロに立ち向かう。

 ピエロに対する恐怖を中心においた作品ですが、作中の殺人ピエロは実在のアメリカの凶悪連続殺人犯、ジョン・ウェイン・ゲイシーがモデルとされています。ゲイシーはよき市民としてピエロに扮し、児童養護施設などを慰問に回るかたわら、年端もいかない少年たちを誘惑して自宅に連れ込み、強姦・殺害して死体を家の地下に埋めていました。犠牲者は見つかっただけでも33人にのぼり、死体遺棄現場にはすさまじい腐敗臭が立ちこめていたということです。

 なお今年(2017)、テレビ映画として制作されていた映像版のリメイクがアナウンスされていて、ネット上で予告編などを見ることができます。映像化にはあまり恵まれてこなかったキングのホラー作品ですが、今度はうまくいくでしょうか。

 長くなってきたな。もう一作。『ミザリー』は、作家として安定してきたキングが、別名義での執筆に限界を感じた経験をそのまま、主人公に移植した作品。ロマンス小説家として大量の三文小説を量産してきた主人公は、今度こそ自分の望みである純文学の執筆に専念しようと、ロマンス小説のヒロインを殺し、シリーズを終わらせてしまいます。ところがこの「ミザリー」シリーズの大ファンであったでぶの中年女はこのことを知って激怒し、事故に遭って動けない主人公の両足をへし折って監禁、ミザリーの死を撤回し、続編を書くようにと要求します。

 キングには別ペンネーム「リチャード・バックマン」がありますが、これは当時、ひとりの作家の著作は一年に一冊しか刊行しないという風潮が出版社にあり、それを不便に思ったキングが一年に二作刊行するために別ペンネームを使ったという理由があったようです。しかし、売れる前のキングが別名義で男性誌に短編を書いていたという事実もあり、これらの経験から、『ダーク・ハーフ』(キング名義)、『レギュレイターズ』(バックマン名義)の長編を書いています。純文学を志した主人公が、それまで使っていた暴力的な小説を書く別名義を捨てるにあたって埋葬したところ、その別ペンネームが人間の姿となり、復讐にやってくるというお話。ある意味で「小説がいかに作者を拘束するか」という『ミザリー』のテーマをさらに敷衍した作品であるということもできるでしょう。


 ざっと初期作品案内を書き連ねていたらいつもの分量に達してしまったのでこのあたりで切り上げておきますが、授業では時間が許せば、キングの非ホラー作品、キングの作品世界をつなぐ環である〈ダーク・タワー〉シリーズ、また最近の作品などについてもお話ししたいと思います。ではー。

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