あの頃に戻れたら

栗田モナカ

第1話

昭和二十年八月、太平洋戦争終結。皆が安堵し、そしてこれからの生活を思ってはまた、ため息を吐いた。


佐野柚さのゆず十九。国民学校の教師をしている。

ついこの前までは家の手伝いで店に立っていた。

店と言っても物資はなく、配給があればそれを配ったり、少ない品物が入ればそれを売ったりしていた。


戦争が激化すると防空壕へと避難し、いつ終わるか分からない毎日に辟易していた。


けれど……。そんな毎日でもあの人が戦地へと赴かない日々は幸せだと思う日もあった。

こんな考え、本当はいけないのだけれど。



昭和十八年。戦争は悪化の一途をたどっている様子で、二十歳を迎えた男子に徴兵検査を受ける様命令が下る。


沢渡始さわたりはじめさん、私の密かな想いびとも検査を受けた。

そして見事に合格し、その春の終わりには戦地へと赴く予定になっていた。


けれど馬力屋を営み、お家は昔ながらの商家をされていて、この小さな町では組長をお父様がなされている沢渡家。その次男の始めさんは春を迎える前に馬から落ちて怪我をされ、寝込まれている。と父から話があった時、私は全身の血の気がひいた。


「お父さん、沢渡さんの次男さんのお怪我の容態は?」


ついつい父に尋ねてしまった。


「ああ。まあ大した事は無いとの事らしいよ。けれど組で見舞いに行かなければね」


「……そうですか。是非宜しくお伝え下さい」



始めさんとは家も近く、昔からよく遊んでもらった。年も離れていない為か、気安く話ができた。

けれど、いつからか会う度に恥ずかしくなり、まともに話す事ができなくなってしまった。


それが恋だと気付いたのはいつからかだったか。いつの間にか恋に落ちていた。と、同時に叶う筈のない恋だと思い知らされる事になる。

お国の為にいずれ戦地へと赴く御身、万一帰還されても然るべきお方とのお見合いがあるという。



「どうかお怪我が治ります様に……」


私に許されるのは祈る事のみ。お会いできる訳もなく、ただ祈る事しかできない。

そんなもどかしい日々が幾日も続いた。

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