第二幕 事象:ITにおける冒険者の身の振り方について

第10話 事象:ITにおける金策の手っ取り早いやり方について

 時刻は午後四時を指している。

 日が傾き始め、都市の大通りに買い出しに来る主婦らしき多種多様な人種のおばさん、お姉さん方が集まるころ。

 俺は――セントラルパークと書かれている広場で、独り途方に暮れていた。


「はぁ……千ユルドじゃなんもできねぇ……」


 手持ちの一枚のお札を見てため息を吐く。

 どうでもいい話だが、セントラルパークは、セントラル、とだけあって結構人通りのある広場だ。ここから商店街へ続く道が円形に五本等間隔にある。

 当然、その商店街には地球では視る事の無かった、武器屋、防具屋、魔物と呼ばれる邪悪な生き物の素材を取り扱っている店、錬金術で生み出した薬を販売している店、多種多様に存在する。もちろん、宿屋だってあった。

 だが、しかし。

 今日の寝床を確保するには、千ユルドでは何も手段がなかった。


 どの宿屋も基本的に一万ユルド以上。

 高い。

 手持ちの十倍の金が要る。


「……エリスちゃんに貢いだのが間違いだったか? いや、間違いじゃない。俺はエリスちゃんに貢ぎたかったから貢いだだけだ!」


 一人で立ち上がって叫んだら、周りを歩いていた数十人から奇異の目で見られた。


「おかーさん。あのひとなにやってるの?」

「しっ、目を合わせちゃだめよ」


 いや、軽蔑されていた。

 ここまで来るとなんだかなんでも出来る気がして来た。

 服はメイド喫茶に行く前に合う古着を少しばかり買っていたので、全裸になることはもうないと思う。いや、全裸にはもうなりたくない。

 知ってるか? あれやるとかなり恥ずかしいんだぜ?


 最悪ここで服を包んで持ち運んでいる大き目の黒い布で包まって寝るか、などと考えていた時、俺の耳に情報が飛び込んできた。


「いやぁ、今日の魔物退治はかなり楽だったな!」

「そうだな。五匹討伐したら討伐報酬だけで三万だもんな。それで素材分のもうけを合わせると……ははっ、十二万だと! 今日はパーっと飲みに行くか!?」


 五匹討伐――素材分のもうけ。

 これだけであの屈強な男たち二人組が何の職業に就いているのか、俺にはピンときた。

 あの人たちは、冒険者だ。

 この世界でどういった役割を担っている職業かは定かではないが、恐らくこの都市周辺の魔物を倒し、冒険者ギルドから討伐報酬をもらっているのだろう。


 しかし、すっかり冒険者になるという事を失念していた事に俺は自分自身に落胆する。

 なんだよ、メイド喫茶行ってほとんど金つぎ込むとか。バカじゃねぇのか。いや、バカか。

 だが今は自分で自分を責めていても仕方がない。冒険者になったらてっとり早く金を稼げるはずだ。

 あんな魔導細工店で労働基準法クソ喰らえみたいな労働をしなくてもすむのなら、魔物を殺すくらいなんて事は無い。

 ラノベとかの冒険者ってちょっと憧れてたんだよな。強い能力を持って周りにちやほやされてさ。あんな生活できたら超楽しいはずさ!

 だから俺はあのおっさん達にどうやって冒険者に成ったらいいか聞く為、大声でおっさん達を引き留めつつ二人の前に躍り出た。


「すみません! ちょっとそこのおっさ……いや、冒険者さん!」

「あぁ? なんだ、このガキ?」


 ぐっ……流石冒険者……眼力がハンパない位強い。ちびりそうだ。

 だが、俺も伊達にあのクソオヤジに毎日シバかれてたわけじゃない。おっさんに対する耐性なら、すでにクソオヤジとヘラクスでカンスト済みさ!


「俺、冒険者になりたいんだけど、どこに行ったら冒険者になれる? 教えてくれない?」

「お前が、冒険者? ……あー、冒険者ギルドに行って聞いて見な。さっさと失せろこのガキ」

「冒険者ギルド……どこにあるんだ?」

「そんなことも知らねぇのかよ……。あっちだよ、あっち! 東広場のあたりにあるから自分で探せ!」

「おぉ、ありがとうお兄さんたち! 助かったぜ」

「ちっ、調子のいい野郎だぜ」


 内心ブチギレそうになりながら、スマイル気取って返してやった。

 ここで殴り合いは良くない。同じ冒険者仲間になるかもしれないのだから。



―――――



 二人のおっさんが指さしてくれた方向に進んでいる途中、後ろから何かがついてくる気配がした。

 なんだ? 追剥か?


 ばっ、と素早く後ろを振り向くが、不審な人物は誰もいない。

 道端に犬の散歩をしているじいさんと、フードをかぶって散歩しているような人物だけだ。


「あれ? 気のせいか?」


 少しだけじいさんがびっくりしていた。悪いことをしてしまった。

 しかし一向に背後の気配が消えない。

 五分、十分と歩いているが、未だに気配は消えなかった。


「……」


 ちらり、と後ろを見てみる。

 なにやら良くわからないカメレオンのような生き物を散歩させているばあさんと、タダの一般人っぽい兄ちゃんと、フードを被って散歩しているような人物だけだ。


「おっかしいなぁ。気のせいだったかな?」


 なおも俺は歩き続ける。

 しかし一向に背後の気配が消えない。二回目だな。

 それから十分歩いたが、まだ気配が消えない。

 ここまで来ると何かがおかしい。

 どうしたモノだろうか、と考えると、俺の頭に名案が思い浮かんだ。


 走って逃げて、曲がり角を曲がったところで待ち伏せしてりゃあいいんじゃねぇか? と。


 思いついたら即実行。

 俺は道端でクラウチングスタートの姿勢を取り、律儀に一度ケツを上げた後、全速力で駆けだした!


「うおおおおおおおおお!!」


 この東広場への道は人通りはあまりない。路地がたくさんあるだけだ。

 地面は石畳で整備されており、あまり走るのには向かなかった。だが、足を痛める心配をしている場合ではない。

 後ろから着いてくる不審人物を捕まえる事こそ、今の俺に与えられた使命!

 捕まえて兵士さんに突き出せば、少しくらい報酬をもらえるかもしれないしな!


 後ろからついてくる気配は消えなかった。

 食いついたな、と思う反面、少し怖い――訳がない。

 考えても見ろ。もう失うモノは何もないのだ。手元には千ユルド。一度裸でおっさん達に取り囲まれて、棒でケツの処女は奪われた。

 童貞は失うモノに入るかもしれないが、失ったところで相手が男じゃなければ俺は大歓迎だし。


 数百メートルほど進んだところで、良い曲がり角を見つけた。

 家が死角になっていて、曲がった先が見えない場所だ。

 足で急ブレーキをかけて、壁に手をかけて遠心力を利用し、難なくカーブに成功する。

 すかさず服をあたりにぶちまけるのもお構いなしに、俺は黒い布を広げてスタンバイする。

 これで捕まえてやれば、報奨金をたんまりもらえるぜ!


 待つこと数秒、曲がり角の前から一人分の走る足音が聞こえた。


 そして俺は、俺をつけてきた何者かを――黒い布で包み込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る