第玖話 義族の名のもとに


 昼間だというのに暗い山林の中を、おびただしい数の妖怪と猫の目が光る。一体、どこからこれほどの数がやって来たのか、と思うくらいに妖怪たちの数は多かった。


『ぐぇっ』

『ギャッ』


 闇の中、木の陰から正確に矢を放ってくる妖怪達。統率する者は居ないがそれでも数、力量は寄せ集めの猫よりは勝っていた。必死に追手の猫たちを相手にするのは、ダイタラボッチを逃がすため。それは仲間意識からではなく、せっかく見つけた稼ぎぶちを失いたくないという欲からのことであった。


「これじゃ、あのでかぶつを見失っちまうよ!」


 妖怪退治に長けた女も、流石にあせりの顔が見え始める。


「クロトラ! あたしを乗せて走れるか!?」

「できるとも!! 野次やじっ、いるか!? ここはまかせる!!」


「クロトラ殿!?」


 野次に猫の指揮を任せ、トラは女を背に乗せると矢の中を走って行った。


ヒュッ! ヒュッ! ガチッ!


 矢に当たらないようジグザグに走るクロトラ。

 それでも飛んできた矢を女が刀で叩き落す。

 時折、迎え撃とうと前に出た妖怪の首を容赦なく跳ねた!


『ゲェッ』


 そして遂に矢を撃ってきた妖怪たちの大群をすり抜け、ダイタラボッチの姿が見え隠れするところまで追いつくことができたのである!


「このまま行くよ! 矢に当たらなかったかい?」

「はっ! あんなもん、かすりもせんわ!」


 女を乗せて山林の斜面を走っていくクロトラ。ダイタラボッチのって歩いた跡は大きくくぼみ、木が倒れていた。動きに注意しながらトラは跡を辿たどって行く。


ヴォォォ───ン!


 うなり声が聞こえ、突然目の前のダイタラボッチの動きが鈍くなった。

 目を凝らすとダイタラボッチを守る様に妖怪の群集が!

 さらに新手の妖怪たちが左手からも飛び出してきた!


「くそっ! どれだけいやがるんだい!?」

「いや……待て! あれを見ろ!」


 見ると左手から現れたのは妖怪だけではない。新たに現れた妖怪を追って来たかのように、次々と大きな山犬が飛び出して来たのだ。

 そして次の瞬間、トラと女は目と耳を疑った!


『二手に分かれ、散開せよ! 歯向かうやからは殺して構わぬ!!』


 飛び出した一匹の白い山犬がそう叫んだかと思うと、その場で宙を一回転する! そして白い装束をまとった一人の男の姿に変わったではないか!


 妖怪たちは横槍を突かれ、ダイタラボッチと共に逃げていく。山犬たちは二手に分かれ、一方はトラたちの来た方向へ。もう片方はダイタラボッチの方へと向かって行った。


「何者だ!?」

「わからんが追ってくれ! あの男のいる方だ!」


 山犬たちは固まって列を作っていたが、徐々に傾斜の上下へと広がり始める。数は二十くらいだろうか、それでも体の大きい山犬たちは随分多く感じられた。


『ん?』

『なんだ?』


 山犬たちは、徐々に自分たちの群れの中へと近づいてくるトラと女に気付く。トラはそのまま群れの先頭に迫る。山犬と共に走る男の速さは、とても人とは思えない。


ズ──ン!! ゴッ!!


 何事かと前を見ると、ダイタラボッチが正面を向き、立ちふさがっていた! 大木を引っこ抜いて投げつけてきたのだ!


「味な真似を! だが動きは止まった!」

「回り込むよ! 後ろから斬りつけるっ!」


 傾斜を下から大きく回りこむトラ。ダイタラボッチは妖怪の群れに囲まれながら、山犬ら目掛けて再び木を投げつけようとしていた。


 正面にあの男の姿が!

 真っ向からダイタラボッチに挑もうというのか?!


「ちっ!」


 その時、女は何かに気が付きクロトラから降りた。そして刀を構えると、思い切り放り投げたのだ。刃が一瞬赤く光り、刀は弧を描いて傾斜の上目指し飛んでいく!


『ギャァッ!』


「何?!」


 傾斜の上の方から爆音と妖怪の断末魔が聞こえた。男は気が付いていなかったが、上から妖怪が弓で狙っていたのだ。

 次の瞬間、ダイタラボッチは大木を再び投げて来た!


「しまった?!」


ドス──ンッ!! バキバキバキッ! ゴッ!



「あんた随分軽いね、人間じゃないだろ?」

「……人間の女?」


 間一髪!! 女が男を担ぎ、大木の下敷きになるのを助けた。

 ダイタラボッチは大木を投げた後、再び山の奥へと動きだす。

 後から追って来たトラが、今だとばかりに名乗りを上げた!


「我が名はクロトラ! 那珂なかの里の猫を束ねている者だ! 今は見ての通り、襲って来た妖怪との抗争の最中さなか! 貴殿らは何故なにゆえ参られたのか!?」


「我らは那須野なすの山狗やまいぬ! その長にして狛狗こまいぬ末裔まつえい水倉みなくら蒼牙そうが』である! 貴殿らに助太刀し、先ほどの化け物を倒すため、那須なす連山れんざんより義によってせ参じた!」


 トラの名乗りに男が応えた!

 那須野の狛狗、ケノ国古来より様々な戦場へとおもむき、弱きを助けた義の一族だ。最近ではその話も聞かなくなっていたが、まさか遥か遠方のこの場に現れるとは! 引き連れていた山犬たちは妖怪化した『山狗』であった。見渡せば猫五匹がかりでやっと相手のできる妖怪を、各々がたった一匹で次々と首級を上げていくのだ!


「心強い! 恩に着る!」

「クロトラ、話は後だ! あの若造、結構無茶やるよ!」


 見れば蒼牙は、妖怪十匹相手に囲まれていた。山狗たちは誰も蒼牙を助けようとはしない。気が付かないのか、もしくは助ける必要が無いのか?

 女は妖怪たちへ脇差わきざしで斬り込むと、蒼牙と背中合わせの形となる。


「狛狗の若頭わかがしらってのは随分命知らずなんだね」


「頭が前に出なければ誰も付いて来ぬ。……ところでお主は人間か?」


 言われニヤリと笑う女。


「鬼に見えるかい? 見ての通り、鬼より怖い人間さ」

「名は?」


「あたしは──」


──戦場の中で、その時、初めてトラは女の名を聞いた。

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