第陸話 長としての決断


 トラは他所の里を回り、見聞を広めていた。そして自分を倒した『妖怪』という種の存在を知る。他の里に強力な妖怪がわんさといることを知り、トラは慌てた。

 那珂の里では他の里にいるような強い妖怪の噂は聞かない。もし、この妖怪たちが那珂の里へと攻め入ってきたら…。


(強力な仲間や手下が必要だ。しかし、俺には猫を集めることしかできぬ)


 焼け石でも水をかければいくらかは冷える。わずかでもと自分と同じ境遇の猫にっては那珂の里へと呼び込み、城を築き上げようとする。だが所詮は猫、秩序無く皆勝手をし、中には手の平を返す態度をとる者まで出始める。


 ある日、トラが寝ていると見知らぬ老婆が夢に現れ、話しかけてきた。

「近いうちに那珂の里で良くないことが起こるから何とかした方が良いだろう」

と、言うのだ。


(あれが神というやつか?……随分と漠然ばくぜんなことを言う)


 言われなくとも自分は自分のできることをするまでだ、とその時は思っていた。 やがて夢枕に現れたのが神ではなく、ここいらの山々を行き来する山姥やまんばであったことを知る。


(那珂にいながら他人事のような素振りをする奴だ。気に入らぬ、知った事か!)



──やがて、那珂の里に運命の日は訪れた……。



 あくる日の朝、北の集落のはずれで一軒の民家が無残な姿となっていた。まるで、恐ろしい何者かの手によって上から押しつぶされたかの様に。隣にあった馬小屋も壊され、おびただしい血と足だけが残されていた。


 崩れた家の方から声がした、ここに住んでいた者の死体が出てきたのだろう。板に乗せられて運ばれてきた死者を一人の老人が確かめる。


「おぉ…茂吉っつぁん……。かかぁの方は? 見つかったんけ?」


 この問いに死体を運び出した男は首を振る。老人は深いため息をついた後、むしろをかけ手を合わせた。何事かと集まって来た百姓や町民たちからも不安と恐れの声があがる。


『おう、どきな! あんた、この辺りの庄屋しょうやか?』


 老人が振り返ると、先ほどまで民家を眺めていた女がそこにはいた。粗末な着物にたすきを掛け、二本の刀を背負い、頭に変わったかんざしをしている。朝だというのに徳利とっくりを口つけていた。


「あ、ああ。あんたは?」

「見ての通り流れ者さ、妖怪退治をしている。ところでこの有様見てどう思うよ? あたしはダイタラボッチだと思うけどね」


 それを聞いて里人は口々に騒ぎ始めた。


 ダイタラボッチ、古来より日ノ本各地にいたとされる巨人の妖怪である。手長足長てながあしながとも呼ばれ、山のようにでかい体をもつ。人間を助け神格化されている一方で、人里を荒らす化け物として忌み嫌われ、恐れられている土地もあったのだ。


「ダ、ダイタラボッチ……そんなまさか……」


 うろたえ下を向く老人に構わず、女は煙草を吹かし始める。

 ふぅっと煙を吐くと女物めもち(女物の小さい煙管)を田の方へ向けた。

 田には大きな穴がいくつも空いており、酷く荒らされている。


「あれ見なよ、足跡だ。他にもいくつか小さい別の足跡がある。で、足跡があるのはあの田だけ……。詰まるところ、きやつらは山から来てここを襲い、人里に向かおうとしたところで、また山へと戻っていった。…あたしが何言ってるか、わかるか?」


「ん…むむぅ……ん? 待て……今、お前さん『きやつら』と言ったか?」


 すると女は、にやりとした顔で老人を見た。


「わかったか? ダイタラボッチと一緒に他の妖怪もついて来てたのさ。妖怪はね、妖怪を呼ぶんだよ。互いのどさくさに紛れ、隙あらばってね。こいつは人を喰らって味をしめたね、今夜辺りにまた来るんじゃないかい? 数をごまんと増やしてさ」


 女が群集を見渡しながらそう言い放つと、皆一斉に騒ぎ出した。中には駆け出し、我が家へと逃げ帰ろうとする者もいたが、そこへ女が一喝いっかつ


「今逃げ出そうとした奴! お前! お前とお前! それからそっちのお前だっ! 爺さん、こいつらは金持ってるから集めなよ。妖怪退治の費用、しめてで五十両だ」


「ご、五十両だと!? そんな大金、すぐには用意できん!」


「他の金持ちの屋敷も回ってかき集めるんだよ。庄屋でも妖怪沙汰なら、天下御免で金集めができると聞いた。五十両で里が助かるんだ、安いもんじゃないか」


 女は知っていた、逃げ出せるのは金持ちだけだということを。貧しい百姓や身寄りの無い貧乏人はどこへもいけない。


『おい女! さっきから聞いてりゃ、随分勝手言うじゃねぇか!』


 女に呼び止められた内の一人が、女の態度に憤慨し、掴みかかって来た。

 ところが女は逆に襟首えりくびを掴み、持ち上げてしまう。

 驚く男をそのまま両腕で高く掲げると、そのまま真上へ放り投げた!


「そーれ! そーれ! あっはっはぁっ!」

「ひぇ! うわぁ! や! やめでぐれっ!!」



──この様子を伺っていた猫たちがいた。トラと数匹の猫だ。


(あの人間の女……できる!)


 長いこと生きてきて、色々な人間も見てきたが、あのような猛者もさは初めて見た。

 洞察力も考察力も兼ね揃え、なおかつ鬼の様な剛力をも合わせ持っている。

 何とかあの人間と協力できないものか?


 目を張り耳を立てていたトラに、一匹の猫が近寄る。

 知恵者の野次やじだ。


「クロトラ殿、ここは我らとしても動かねばなりましょうや」


 クロトラ、いつしか猫たちからトラはこう呼ばれていた。野次の言葉に目を瞑って考えていたが、腹を決めたのかこう告げる。


「今すぐに里中の猫を集めろ、動ける者は残らずだ」

「承知」


 長い毛を揺らし、野次は去って行った。

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