第11話 鎮守の森の天狗様


かごめ かごめ

かごのなかの とりは

いついつ でやる よあけの ばんに

つるとかめが すべった


 唄が聞こえる。

 この唄を歌い、みんなと遊んでからどれくらいの月日が流れたのだろうか。


(うしろの正面……だあれ)


「優衣ちゃん」


「えっ?」


 振り向くとそこには茜が立っていた。景色もビルが立ち並ぶ情景とはガラリと変わって森の中。いつの間にか都会の雑踏も消え、辺りは耳鳴りがするほどの静けさに満ちていた。


「八汐に帰って来たんだよ。そしてここは優衣ちゃんが昔よく遊んだ場所」


 優衣の持っていた荷物を持ち、細い道を先に歩いていく。


(そういえばここで、昔みんなと遊んだ……)


 辺りを見回しながら歩くと、かすかに残っていた記憶が少しずづ蘇る。過疎な集落にある小学校を卒業して以来、ここには全く訪れていない。辺りはすっかり変わっていて倒れた木々が目につく。


「あー、靴が汚れる……それにしても随分と派手にやりやがってまぁ……」


 ぶつぶつ文句を言う茜と歩くこと少々、小さな神社の境内のような場所が見えてきた。手入れがされていない為か、辺りに雑草が生い茂っている。


 そして、肝心の社と思われる小さな建物は倒壊していた。


「そんな……」

「あっちゃー……」


 まるで真上から押しつぶされたかのように平たくなっている。

 その無残な姿にただ立ち尽くすしかなかった。


「思い出の場所だったのに……でも古かったから仕方ないのかな」

「一昨日の夜からさ、風めっちゃ強かったじゃん。それだよそれ」


 傍らに荷物を置くと、突然茜は叫びだした。


「おーい! 穂積みづも爺ぃやーい!」


 声に驚いた鳥の羽ばたきが聞こえた。

 それ以外は何も起こらない。

 誰かを呼んだのだろうか?


「あれ? 居るはずなんだけどな。んー、しょうがない。優衣ちゃん、ケンケンパーして遊ぼっか」


「はい?」


 枝で地面に丸を描き始めた。……本当にこの人は何を考えているのか見当がつかない。どうしたものかと困っていると目配せしてくる。


(いいからいいから、あたしに合わせて!)


 仕方なく一緒にケンケンパーをすることにした。


(私、18にもなってこんなとこで何してんだろ……)


 誰も見ていないとわかっていても恥ずかしい。遊び方もよく憶えていないし、昔の自分は何故こんなことをして面白がっていたのだろうか。


「ケンケンパッ!」

「ケンケン……キャ!!」


ズルッ!


 地面が水を吸っており、滑ってしまった。

 尻餅はつかなかったが手が盛大に汚れた。


「やーい、優衣ちゃんへたっぴー」

「あーもうっ! 何でこん……な?」


ドクン


 立ちあがろうとして視界の先に目を奪われる優衣。茜の後ろにある木、その太い枝に何か乗っているのが見えた。


「て、天狗……!」


 子供の時の曖昧な記憶、夢などではなかった。あの頃、あの日、確かに自分は天狗を見ていた。恐れなどなかった筈なのに、今はこうして身動きすら取れずにいる。


「やっと出てきた。下りてきなよ、覗き魔爺。この子が話あるってさ」

「え?! ……そ……」


 息つけぬ程のほんの一瞬!

 木の上にいた天狗は目の前に降りていた!


 昔の猟師のような服装、背は小柄で少々ずんぐりしており、赤黒い顔に深いしわが刻まれて高い鼻が乗っていた。まごうことなく昔話に出てくる天狗そのものだ。


 ミズモチ山の穂積天狗である。


「おぬし等、いい年して何をしとるのだ」

「え」


 言われてしまった。


「あのねぇ……呼んでも出てこないからこうしてたんじゃん! それよりさ、八汐の天狗は人なんか攫ってないよね?」


「儂は知らぬが近頃の天狗は人攫いをするようだな」

「はぁ?!」


 やはり天狗は人間を攫うのか?


「どこの天狗が?!」


 すると穂積爺は優衣を指さす。


「この通りお主が攫ってきたではないか」

「違うっちゅーにっ!!」


(……ぷっ)


 埒のあかない二人のやり取りを見ていて、優衣は緊張がほぐれていくのを感じた。……よし、これなら! 思い切って一歩前に出る。


「あのう……」

「……」


「山ノ瀬優衣といいます」


 丁寧に頭を下げた。


「知っとる。よくここで遊んどったろ」

「は、はい!」


「その年になって儂がまだ見えるということは、何ぞ内に重く抱えておる物があるのだろう」

「……」


 顔の奥にある丸い眼が優衣を捉える。


「……最近天狗に攫われる夢を見たな、出所は老いた身内の口からか。それと良くない出来事が重なってのことだ」


「えっ?! ど、どうしてそれを?!」

「天狗の目は何でも見通し、天狗の耳は里中の声が聞ける。たやすいことよ」


 自分の耳を指さしながら穂積爺はゆっくりと背を向けた。


「……もう18年経つか。赤子を育てることに難儀していたお前の母に話を持ち掛けられた。この赤子が十分に育つまで人間の里親に預けてほしい、とな。気乗りしなかったが、一組の老夫婦の家に預けこう言った。『独り立ちできる年頃になったらまた来る』と」


「……その子供が私、ですか?」


 そうだ、と言う代わりに顔をこちらに向ける。


「真の親子の様に振る舞う人間を見て儂は思ったよ。このままここで育っていけばそれでよいのではないか、と。だがお前の母も毎年のように儂を訪ねては聞いてくる。子供はいつ自分の元に来るのか? 来年か? その次か? ……そんなに見たければ見ろと、ここへ連れてきたこともあった」


 幼い自分を母が見に来ていたというのか?


「仕舞いに儂はお前を母に返してよいのかどうかわからなくなっていた。が、ある日儂は気づいた。元来、子は親を選ぶことはできぬが、この子はそうではない。物心ついた暁には身の振り方を己に決めさせよう、儂が決めるよりは道理にあうのではないか、とな。だから儂はお前を身内から引き離そうと考えてはおらん」


「……」


 天狗の話を黙って優衣は聞いていた。

 心配事は一つ消えた。

 だがもう一つ、疑問が生まれた。


「あの、どうしてお母さんは私を……」

「それはだね……おい、そこにいんだろ?」


 茜が大声をあげると木の陰から気配が!


「出て来いっての!」

『うっ! うわっ!!』


 茜は逃がすまいと素早く追いかける!

 そして首根っこを掴むと優衣達の前へ引きずり出した!

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