第3話 ははを訪ねて……


 10分後、優衣ゆい園江そのえの部屋にいた。幸いな事にも園江の義父は命に別状なく元気らしい。お土産の温泉パンを戴ながら向こうの町がどうだとかの話をした。


 そして話題も尽き二人は無言となる。


優衣(……やっぱり今後のことについて、はっきりさせとくべきだよね)


 伏せてはいれない話、学校を卒業した自分がこれからどうするか。

 今後も自分はここに住んでいてもよいのか……。


「あのね、おばさん」

「そういえば優衣ちゃん」


「お先にどうぞ」


 ここで先に話さなかったらきっと話づらくなるだろう。


「えとね……私、今年学校は卒業したけど進路先決まらなかったでしょ」

「うん?」


「卒業したらお爺ちゃん、お婆ちゃんの住んでた家に戻ろうと考えてたけど、自分がやりたいことを見つけられるまでここに住みたいの。……なるべく早く見つけます! 家賃はアルバイトで少しずつ払います! もう少しここに居させてください!」


 かしこまり、園江に深々と頭を下げた。


 お爺ちゃん、お婆ちゃんというのは養父母夫妻のことである。優衣が幼い頃住んでいた場所は山の麓のえらく辺ぴなところにあり、小学校も公民館のような建物が一つあるような場所だった。将来を模索するには少々厳しいものがある。

 そして八汐学園に通えてこのアパートに住めたのは、前もって養父母が養育費を用意してくれていたからだ。その金ももう殆どないだろうと優衣は考えていた。


「優衣ちゃん、家賃とかそんなこと心配しなくて大丈夫だからね。6年も一緒に住んでるんだから優衣ちゃんは家族みたいなものだし。それにおじさんから預かったお金もまだ残ってるから、暫くはこれまで通りお小遣いもあげられるから」


 何時に無く真面目な態度にびっくりした園江だったが、頭を下げたままの優衣に優しい言葉をかける。


「……そうなんですか?」

「うん、だから好きなだけ居て頂戴な。むしろ急に居なくなられたら私が寂しくなっちゃうわ」


「ありがとうおばさん。本当は帰れる場所が無くなっちゃうんじゃないかって不安だったの」


「大袈裟ねぇ。でもその代わり、これまで通り手が空いた時でいいからアパート周りの掃除お願いね」

「了解!(びしぃ)」


 明るい表情を取り戻し、おどけて敬礼してみせる優衣。


 だが、これで話づらくなってしまったのは園江の方だったのだ。


「そういえばおばさんのお話って?」

「あ……そうね」


 目線を茶碗に落とし、どことなく浮かない表情を見せる。


「優衣ちゃんは昨日から修業休みに入ったのよね」

「うん」


「……実はね、山ノ瀬のおじさんのことなんだけど、3年前におばさんが亡くれたでしょ。あれからすっかり元気なくしちゃってね、今は介護施設に入ってるの。時間がある日でいいからおじさんの様子を見てきてくれないかしら」




バタン


 自室に戻った優衣はそのまま布団の上に倒れこみ、天井を見上げた。


(…………まただ)


 そう、まただった。


 3年前、養母はこの世を去っていた。優衣にそれが知らされたのは2ヶ月経ってからのこと。高等部への進級試験があった時期であり、優衣を配慮してのことだったのだろう。もしくは余り考えたくはないが「養子」という立場……、葬儀に出られず悔しくて、悲しくて、今でも記憶にまだ新しい。


 そして今回の養父の件。

 2年前に顔を見に行ったときは元気そうだったのに……。


(……)


 見上げた暗い天井にLEDの光が青白く浮かんで見える。このまま自分の知っている人間が自分の知らないうちに消えていき、ひとりぼっちになってしまうのでは?

 そんな錯覚から逃げるかのように、布団に潜り込むと無理やり目を閉じた。


……

……………


 眠れない。


 そういえば寝間着に着替えていないし、シャワーも浴びていない。立ち上がるのも嫌だったが少しは寝やすくなるだろう。そう自分に言い聞かせ体を起こす。


 ふと、机の引き出しが目に入った。

 そういえば……。


 部屋の明かりを付けて引き出しから例の茶封筒を取り出す。

 一体何が入っているのだろう。

 いや、何でもいい、今の気分が紛れるものなら……。


「……は? なにこれ?」


 中に入っていたのは一枚の絵の描かれた紙だった。子供の描いた落書きのようで、自分が小学生の頃作った宝の地図にそっくりだった。

 大きく山のようなものがあり、目印とばかりに建物(?)が描かれている。その更に上の方に矢印があり「ここ」とあった。


(下手くそな地図……ん? まてよ、もしかしてこれ高天岳たかあまだけ? ここにあるのって麓にあるホテルよね。そうなると「ここ」って結構山奥の方なんじゃ……)


 よく紙の隅まで見ると暗号のようなものがあった。

 始めは模様か何かかと思ったが、よくよく見ると平仮名のようである。


「……こ……こ……に……?」



ここにおいで ははより



「……ぷっははははっ!」


 紙を投げ出し笑い転げる。


 誰のいたずらかは知らないが、騙す相手を間違えたようだ。

 自分に母などいない、全く馬鹿馬鹿しい。


 シャワーを浴びながら、この手紙の主について考察する。今まで色々な物を部屋に置いていったのもこの差出人なんだろうか? もしかして今まで誰かと勘違いして置いていったんだろうか? もしそうなら勝手に捨ててしまって少し気の毒だな、などと考えたがすぐ思い直す。


 考え過ぎだ、この手紙の主とは全く関係ないのかもしれない……。


 寝間着に着替えて横になると、さっき思い詰めていたことが些細なことに思えてきた。そして30分後、優衣は静かに寝息を立てていた。

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