紫陽花

杉山実

第1話

30-01

冬の寒空を、急いで自転車を漕いで自宅に帰って行く金井花梨。

今夜も美味くも無い酒を飲みすぎたと思いながら、急いで帰って行く。

小さな田舎町は、JRの駅前の近くだけに、夜の繁華街が数十軒存在して、その場所を少し過ぎると、真っ暗で街灯が点々と存在する程度で不気味な暗さだ。

花梨とは変わった名前を頂いたもので、父親が花梨酒好きだったのが理由で、今自分が働いているのもスナック(梨花)と、梨が付いて廻る運命だと笑っていた。

花梨も今年四十五歳、公営住宅に高校生の娘と暮らしている。

十年以上前に離婚をして、娘と暮らしているが本来は上に長男が居たのだが、離婚の時に先方の両親が跡取りだからと、一方的に浚っていった様な形で、兄妹が別れて暮らす事に成ってしまった。

娘の名前は里奈で高校生、長男は宏隆で既に働いている。

花梨の身長は低いが、気は強く若い時から負けん気だけは人一倍強い性格に育っていた。

実家は少し離れた隣町に在るが、兄が跡を継いでいるので中々帰る事も少ない。

両親は父親が早く亡くなり、母親久美子は兄と同居で、兄嫁登美の顔色を覗いながらの生活で肩身が狭い状況だ。

花梨は離婚の時も実家の母には頼れない状況で、一人で悩み抜いた経緯が有って、常に自分一人で何とか切り抜けて生活をしている。

昼間も近くのホームセンターで働き、夜も(梨花)で週三日働いて、どうにか世間並みの生活が出来る状況で、最近ようやく生活が落ち着いてきたと思っている。


花梨はバブルが始まる直前に産まれて、バブルの終演に恋愛結婚をした。

金井の家では、兄の康一を私立の大学に通わせるだけで、一杯でとても花梨を短大に行かせる余裕は無かった。

それは花梨も判っていたので、高校を卒業して小学生の時からバスガイドに憧れていたので、就職説明の時に即決で観光バスの会社に就職してしまった。

女子の場合当時は、高校で卒業する学生がクラスに半分程度居て、短大に進学する学生が残りの八割、二割が四年生の大学に進む。

花梨は特別勉強が出来た訳でも無く、地元で中程度の高校だったので、クラスの半分の中に入って何の抵抗も無く就職をした。

唯、難点は歌がそれ程上手ではなく、ガイドの仕事には不向きだと、就職してから思った。

反対に背が小さくて可愛いタイプだったのが幸いして、運転手には可愛がられていつも人気者だった。

だが仕事の関係上恋愛対象の人が少なかった。

現実は年配の運転手が多く、親子程歳が離れた組み合わせで、恋愛対象には運転手は入っていなかった。

初めは色々な場所にお金を貰って行ける仕事だと喜んで就職はしたが、初年度が終わると、翌年からは「ここは去年行った、ここも春行った」と同じ場所、同じコースの連続で、最初の思惑と大きく外れて、初めての観光地に行くのは、半年に一度程度に成って、全く楽しく無い日々に成ってしまった。

そんな三年目の初夏、珍しく若い運転手との組み合わせに成って、京都の日帰り観光に成った。

男性の名前は鎌田圭太、珍しく四年生の大学を卒業したインテリ運転手だと社内でも評判の男性だった。

でも大学とは名ばかりの三流の大学、就職はしたが長続きせずに、辞めて子供の頃から憧れていた観光バスの運転手に成ったのだ。

大型二種免許が必要の為、若い運転手は極端に少なく、鎌田は異質の存在に成って、ガイド仲間でも注目の存在に成っていた。

花梨と圭太の初コンビの京都観光は、地元の小学校の日帰り観光で、バス二台が校庭に並んで小学生が乗り込むのを待っていた。

「小学生は嫌いよ、途中でトイレとか言うし、話聞かないしね」と同僚のガイド智子が言う。

「四年生だから、多少は判るでしょう?」

「ダメダメ、漫画の話位よ黙って聞くのは、だからビデオ持って来たのよ、これを流せば黙って見るでしょう?」

「最上さんは、要領が良いわね」と感心する花梨。

最上智子のバスで、時間迄雑談の二人に運転手の持田が「金井さん、今日は若い運転手で良いだろう?」と話しかけた。

「そうよ、中々の顔だと思うわよ、鎌田さん」

「そうかな?若いだけでしょう?」と言う花梨。

「ガイドの中でも、北さんと古屋さんが狙って居るって話よ」

「二人共、歳じゃない?彼まだ二十代でしょう?」

「若くないわよ、来年三十歳らしいわ、恋人無し、長男がたまに傷よ」

「じゃあ、北さんも古屋さんも年上ね、厚かましいわ」と言い始める花梨。

子供の頃から変なライバル心が出て、意味不明の行動に出てしまう事が多く失敗も良くしてしまう花梨だ。

この日のバスの中での雑談が、その後の花梨の運命を大きく変えてしまうとは、その時は知る筈も無い花梨だった。

花梨の育った環境では、両親の事を見て育って居るから、それが世の中で正しい事なのか?の判別が出来ない。

花梨の母久美子は、父敏之にいつも献身的で、仲が良いイメージが残っていて、特に肩を叩いて、爪を切って、毎日靴下まで履かせる姿を見て育って居た。

その為、夫婦はこの様にするのが愛情の表現で、花梨の頭では常識的な事だった。


観光バスに小学生が乗り込んできて、外には見送りの父兄が多勢来て手を振って我が子を見送る。

もう、バスの中は五月蠅い世界に変わって、思い思いの話がバスの各所で聞かれた。

しばらくして、担任の先生が花梨からマイクを借りて「みなさん、挨拶が終わると、花梨にマイクが渡って「私が、今日みんなと一緒に京都に行くガイドの金井花梨と申しまして、運転手は鎌田圭太です、宜しくお願いします」と挨拶をした。

案内をしても殆ど聞いていない子供達を無視して、説明をする花梨。

横から鎌田が「適当に」と小声で言うから、花梨は良く見ている人ねと思った。

子供達に「おはようございます」と挨拶をすると、始めてみんなの意志が統一されて、元気に挨拶をした。

鎌田のアドバイスに、この時好感を持ってしまった花梨だった。

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