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「司っちはどうするっすか? ここだけの話、最低でも一ページこなしてれば文句は言われないんで、他の教科を内職してる人もいるっす。テスト範囲は担当の先生によって違うんで、範囲が広い教科の内職率が高いっすね」


 言いながら、悠太はすでに別の教科の参考書を開いているようだった。チラリとタイトルを見ると、『機械工学』と記されている。悠太の言う範囲が広い教科だろうか。

 自分のタブレットを見、悠太のタブレットを見、時間割を見、小さく頷く。


「初めなので、時間割通り進めたいと思います」

「それもそうっすね」


 軽く頷いて自分の勉強に移る悠太を見てから、司も自分のタブレットに視線を移す。それはちょうど入試で勉強した部分で、特にひっかかるところもなくスラリと解き進められた。

 しばらく解き進めていると、画面の右上のボタンが点滅しているのが目に入った。悠太を見てみるも、自分の勉強に忙しいらしく声をかけられるような雰囲気ではない。仕方ないので、恐る恐る点滅しているボタンをタッチしてみた。

 すると


『ようこそ、新入生。私は数学担当教員の羽純はすみ れんだ。分からないことがあればいつでも書き込むように』


 いきなり出てきたメッセージに、目を丸くする。タブレットの右に謎の空白があり気になっていたが、どうやらそこはチャットルームのようだ。教員が部屋に来ない授業方法でどうやって質問をすれば良いのか疑問だったが、なるほど、こうして分からない部分を質問していくのか。

 机を探してみると、引き出しにキーボードが内蔵されていた。とりあえず挨拶だけはしておこうとキーを叩く。


『よろしくお願いします。分からないところがあれば質問させていただきます』


 入力すれば、しばらくしてメッセージにチェックマークが付いた。おそらく、既読という意味だろう。それ以降は何のメッセージも表示されない。余計なことをかきこむ暇があるなら問題を進めろということだろう。実に分かりやすい。ひとり頷き問題の続きを解き始めた。







 終了のチャイムが鳴り、顔を上げる。教壇の向こうにある時計を見れば針は四時間目終了の時刻を指していた。数学、物理、英語、機械工学と問題集を無心で解き進めていたら、いつの間にか午前の授業が終わっていたようだ。思いのほか熱中してしまい、時間を忘れていた。一応、授業の節目節目に鳴るチャイムは聞いていたが、それ以外の記憶が無い。

 記憶が無い。

 ゾワッと肌が粟立ち、首を振る。単純に時間の感覚が無かっただけだ。


「司っち、昼飯、食堂と購買どっちにするっすか?」


 悠太の言葉に顔を上げる。かろうじて、笑みを浮かべることが出来た。


「えっと……食堂……は、混んでそうなので、購買がいいです」

「りょーかいっす」


 おどけて敬礼をしてくる悠太の明るさが、少しだけありがたかった。

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