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 そして、


「多分そいつ、月見里やまなしとおんなじかそれ以上だぜ」


 と、誰に言うでもなく、独り言のように呟いた。

 自尊心を傷つけられたのか、悠太は鋭い眼差しで智治を睨む。


「俺が、あんな素人に負けるって言うんすか?」


 悠太の問いにひらりと手の平を返し、智治は何でもないことのように言った。


「馬鹿か。遠坂が、根拠もなく自隊に入ってくれなんて言うわけねぇだろ。そう思う根拠があんじゃねぇの? 隊長さんには」


 揶揄するでもなく、茶化すでもなく、むしろ呆れたように彼はひらひらと手を振る。

 智治の言葉に、涼と悠太の視線が志紀に集まる。

 言いにくそうに、彼は黙っていた。

 沈黙こそが、その答えだ。


「できれば、言わないでおきたかった」


 それだけ呟いて、志紀は司の手紙を教壇に置いた。


「これは、神宮寺くんが唯一持っていたものだ。ここに書かれている住所は、岐阜県の高山市丹生川町岩井谷……ここまで言えば、分かると思う」


 志紀の言葉に、悠太と涼は目を見開いた。


「……乗鞍岳で行われていた、軍事兵器開発」


 悠太が、呆然と呟く。涼は、「馬鹿な」と呟いたあと、思案気に唇に親指を押し付けた。


「でも、そうか、二〇二六年。どこかで見た年号だと思ったら、乗鞍岳暴発事件ですか……

 その年はタイムトラベルの研究が盛んだったと記録されています。そして、研究は開発中の暴走事故により頓挫。何人か行方不明者が出ていると。おそらく、それに巻き込まれたのでしょう」


 覚悟していたことではあったが、やはりあの住所は軍事兵器開発機構のものだったのだ。自分のことだと思いたくない気持ちはあるが、それを否定する要素がない。

 そうか。やはり自分は兵器開発に携わっていたのか。

 その事実が、胸に痛い。

 しかし、待て。

 知識は沈黙している。

 タイムトラベルという単語に、沈黙している。

 それは、どういうことだ。

 今まではいらない情報ばかりを排出してきたこの頭が、必要な情報であるものに沈黙している。それはどういうことか。タイムトラベルの研究が盛んだったという頃に、それの研究所にいたはずの自分が、何故何も知らない。

 ぞわっと、背筋を悪寒が走る。


 じゃあ何を


 自分はそこで、何をしていたというのか。

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