第12話 閑話 本郷楓。






私達が出会ったのは高校生になった頃だったかな。

本を読むのが好きだった私が授業にも出ず、図書室で読書に集中しすぎて学校に閉じ込められた事があった。

学校には誰も居らず、どうしようかと困った時。貴方に出会った。


『本郷』なんて苗字が珍しくて凄く好きでときめいてしまったことも覚えている。

彼はどうやら図書委員だったらしく、図書委員専用の机で勉強をしているうちにを気づけば閉じ込められていたようだ。


お互いにお互いのことが可笑しくて笑いあった。


その夜、本を読んでいる時に彼に迫られて初夜を迎えたのも一つの思い出。本で読んだように上手くはいかなかったけど、とても気持ち良く感じた。


朝の6時になった頃、図書室を開に来た司書の先生に見つかり、説教をされた。不順異性交遊として保護者に呼び出しが掛かった。


私は施設育ちだったので、施設の役員が来て頭を下げた。


本郷くんの親御さんは怒りを顕にしていた。

「施設育ちの汚い血と純粋な血を持つこの子が交合うことで奇形児が産まれたらどうするんですか!」


その一言には私だけでなく施設役員も図書室司書も顔をしかめた。


本郷くんの親御さんは話があるからと施設役員を図書室の奥に連れていった。


私達は図書室司書から「今日は授業に出なさい」と怒られ授業に向かった。



数時間後、一日の授業が全て終わり、図書室に来ると本郷くんの親御さんと施設役員が待っていた。

「今日から貴方は『本郷』となり、我が家で働いてもらいます。学校にも届けを出して退学にしてもらいましたから」


そんな勝手過ぎる命令だった。


それに抗おうとするも買収された施設役員に止められ、私の自由はなくなった。


私は本郷家で件の本郷一くんのお世話をすることになった。

朝は起床時間になったら起こして朝食を用意し、食後にはそれを片付け、部屋の掃除に向かう。

部屋の掃除が終わったあとには親御さんならぬ旦那様のお世話をする。

お昼からは庭の手入れや清掃。買い出しなどに出掛け、忙しかった。

夜になる前にお風呂の用意をして、ご飯の用意もする。ご飯が食べ終わり、片付けをした後は一くんをお風呂に入れる。奥様の指示で私は一くんの子どもを産まなければならないので、ここからは閨の時間だった。


そんな毎日を繰り返して、私は初めて子どもを身ごもる。

しかし、奥様の意地悪で私の子どもは流産し、お仕置きだと言って性奴隷のように扱われた。



結局、産めないまま数年を過ごした時、私は病気にかかってしまった。


入院した病院で、カウンセリングを受けたことがあった。

その時に出会ったのが赤安由紀菜さんだった。


私のカウンセリング中に彼女が「子どもが産めなくて体外受精を希望されてる患者さんがいらっしゃるんです。その人も……」という話をしていた。

私はその話に食いつき、詳しい話を聞いてみた。


事情は違えど同じような生き方をしていたらしい女性。

私はその人の子どもを産んであげたいと心の底からそう思った。



数日後に私は体内に受精卵を移してもらい、入院した。


体に負担が掛かるといけないからといって私が妊娠するまで待ってもらっていたのもあり、期間をだいぶ使った。

長い期間を使ってしまっている私に奥様はカンカンで、電話をしてきても「早く産みなさい」しか言わなくなった。



そしてお腹が大きくなった頃。



奥様が亡くなったという話を聞いた。

その後、旦那様も首を吊った状態で亡くなったらしい。


一さんが届けてくれた奥様の遺言書を見て私は息を飲んだ。

「無理やり連れてきてしまって後悔していた時もあった。でも貴方は負けずに私や一のために頑張ってくれた。冷たい態度を取ってしまったけど、私は貴方を本当の娘のように可愛がってあげたかったんですよ。

貴方に最上感謝すると共に貴方に家の財産を託します」


というものだった。


一さんは内容を知らなかったのだろうか。慌てて私から遺言書を奪って帰ってしまった。


嫌いだった奥様がそんなに私のことを大事に思ってくれていたなんて考えたこともなかった。

奥様の気持ちを知らずに毛嫌いばかりしていたことが申し訳なくなってしまって私は目から涙をこぼす。


「ごめんなさい、ごめんなさい」




3月27日。

ようやく不知火菜穂香さんのお子さんを産むことが出来た。


可愛い元気な男の子だ。


菜穂香さんの知り合い方はとても喜んで病院を後にした。

次の日、齊藤清香さんが見舞いに来てくれて私の体調の悪さを察してくれた。

私の中にはもう一人子どもがいるってこともだ。



私は清香さんに相談してみた。

家の財産を託され、事実上の跡継ぎとなった私がこうしていて良いのだろうか、と。


清香さんは「今はお腹の子のことを考えてあげなさい。それが先よ」と私を叱ってくれたけども。

あの日以来、見舞いにも来なくなった一さんのことが心配だった。


きちんとご飯は食べているだろうか。お風呂だって、部屋の片付けだって。全部給仕に任せ切りになってないだろうか。私がいてあげないと。



二日後に、息子の大和が産まれた。


私は泣いて喜んでそのまま意識を失った。

目が覚めた時、私の目には怖い顔をした一さんが映った。


「一さん……」

「目、覚めたか」

「はい…」


久しぶりに交わした会話なのにぎこちなさを感じる。

私は彼の手に握られているものを見て彼が何故ここに来たのかを察した。私と会話を交わすのだってそれを言いに来たのだろう。



「……お願いします。息子のことをどうか、お願いします」

「ああ、分かっている。だからお前はゆっくり休め」


そう言って私の体に繋がっている点滴に黄色い液体を流した。



「……さ…よ…うなら……。…元気に……育って……ね…」

声にならない声で必死に伝えた。




それが私の最期の言葉だった。









高校受験も中学の卒業式も終わり、迎えた3月27日。


私と清香さん、由紀菜さんは本郷家の人達と共に本郷楓さんのお墓参りに向かった。


この墓標地帯は本郷家が管理しているもので、先祖代々を順に並べてあり、その中でも先代の位置に本郷楓さんのお墓があった。



私はお墓の作法や礼儀など何も知らないので見様見真似で参る。


綺麗に掘られた『本郷楓』という名前の横に掘られてある『結以』という字に目を惹かれ、その名前を撫でた。




墓参りが終わり、両家兼ねての簡単な晩餐を行った。

初めて食べた高級料理の味に感動しつつ話にも混じった。


大和くんの父親である一さん。

一さんと清香さんは何らかの確執があるのだろうか。先程から互いに避けあってるようにも見える。

私は隣に座っている由紀菜さんに周りに聞こえないような声で聞いてみた。


二人は大和くんの親権がどちらにあるのかという話で揉め、お母さんの「この子は貴方が育ててあげてください、その方がこの子も幸せだと思いますから」という一言で話が終わったそうだ。


だからその話を聞いて私は思った。



「一さん、清香さん。大和くんは一さんに育ててもらって正解だと思います。一さんが育ててくれたおかげで私のような生き方をしなくて済んだんですから。だからこれで良かったんですよ」


私はありのままを伝えた。


一さんは意外そうな顔で驚いてみせた。大和くんは私の顔を見て顔を歪ませた。清香さんは私を見て呆れたような顔。由紀菜さんはいつもと変わらない笑顔。



仕方なさそうに一さんは話し始めた。楓さんが亡くなったあとのこと。大和くんが似ても似つかない顔をしていたこと。

まともに自分で育ってこなかった自分がどうやって子を育てればいいのか分からず悩んだ時期があったことなど。



怖いと思ってた人の意外な一面を知って嬉しくなったのを覚えている。


最後に『結以』の話が上がって私の意識は暗転した。

『結以』は楓さんの気持ちや想いを私の中で感じている。皆も私や『結以』の幸せを望んでくれている。


だからもういいと思った。


私はこれまでたくさんの人から幸せを貰って生きてきて、それを今度は『結以』にも受けてもらいたいと思ったし与えたい。







この時に私は『植村彼方』を結以に託した。


『私』は結以の一部となってこれからも生きていく。

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