ユウタのケース
1.意味のある言葉
「あれ。水嶋さん、そんなに化粧濃かったっけ?」
連携室での研修を終えた私、
な、なんてったって今日から私はて……、天使今田と一週間を過ごすのです。
変な姿を見せるわけにはいきません。
ああ。やっぱり素敵です。今日もかっこいいです。笑顔がかわいいです。
少しでもアピールするために今日は化粧を少し濃いめにしました。そして昨日『
え? なんでこんなことをするのかって?
なんででしょうか。
嫌われたくないように、でしょうか。
かっこいいから釣り合おうとしているのでしょうか。
んー、憧れ?
とにかく、今田さんの声を聞くと胸のこの辺がきゅーんってなるんです。
「じゃあ、まずは病棟の説明からしようかな」
今田さんは、私を隣に病棟の中を案内してくれました。
一生懸命説明してくれる天使今田の姿はとっても眩しいです。私には今田さんの背中からバサァと音を立てて羽ばたく大きな羽が見えます。えへへ。
「じゃあ、この一週間水嶋さんには、あそこに座っている患者さんの担当をお願いしようかな」
「あ、はい。え……と」
今田さんが指差す先には、ソファで雑誌を読んでいるひとりの男性。名前をユウタさんというそうです。
「彼は発達障害の人なんだけど、仕事がうまくいかなくなって希死念慮が出ちゃってね。それで入院をしているんだよ」
「なるほど」
「一週間という短い間だから支援をするっていうよりも、話し相手になるっていうことしかできないけど。じゃあ、ちょっと挨拶をしに行こうか」
「あ、はいっ」
今田さんの後ろを私はくっついていき、ユウタさんの元へ行きました。
「ユウタさん。今話しかけても大丈夫?」
「あ、はぁ。結構ですけど、何か」
顔を上げたユウタさん。
メガネをかけていて、シャツをぴちっとズボンの中に入れていらっしゃいます。あまり今時そういった方は見ませんが。割と年がいっているような雰囲気を感じますが、今二十四歳だそうです。
「は、はじめまして、ユウタさん。一週間ここで実習をさせて頂きます、水嶋といいましゅ。あ、いいます。短い間ですが、よければお話し相手になりませんか?」
やっぱ挨拶は緊張するけど、何とか言えた!
よしよし、このままいい流れで、今田さんにもいいところを見せて、
「話し相手、と言われても……。僕たち今日初めてお会いすると思うんですけど、僕はいったい何を話せばいいんですか? しかも今噛みましたよね」
んん!?
た、たしかに初めましてだけども!
噛んだことはさておき!
「そ、そうですね、えと、その。そうですね、ユウタさんのことなら何でも」
「初めて会う方に僕のことを話すんですか? 初対面でプライベートの話は抵抗ありますし。となれば僕のこと、と言われても何を話せばいいのやら。いろいろ考えた結果、……特に話すことはないのですが」
は、はぁ。
「今田さん。僕、何を話せばいいんでしょうか」
ああっ。
ついに今田さんに助け舟を出しちゃったし!
「あ、しかも水嶋さんでしたっけ。水嶋さんが付けているそれ、今見てる雑誌に載っているんですけど、今が旬の大人気カラーみたいですね。“男性が思わずキスしたくなるような唇”、とキャッチコピーがこんなに大きく――」
◆
どよーん。
もう身体中からきのこが生えてきそうです。
何なんでしょうか、ユウタさんは。またカナエさんとは違う雰囲気ですけど、ズバズバ物申すと言いますか。危うくまたイラッとしちゃうところでした。
たしかに初対面で何を話せばいいのか分からないかもしれないけど、そこは『お願いします』の一言でいいじゃん。
しかもグロスのことも、あんな風に今田さんの前で言わなくてもいいじゃん。
はうー。
気分は最悪です。
「み、水嶋さん。大丈夫? あ、グロス落としちゃったの?」
今田さん優しい。
グロスね、落としましたよ。
あんな風に言われちゃったら今田さんに私の作戦勘付かれちゃうじゃないですか。
ああ、もったいない。千八百円もしたのに。もう付けてこれないじゃん。プライベートでもこんな色のグロス使わないよぉ。お蔵入りかな。
「ちょっと予想以上に手強かったかも。ごめんね、僕がユウタさんにしようって言ったから」
「あ、いえ。決して今田さんのせいじゃなくて」
ごめんなさい、今田さん。
私が不甲斐ないばかりに。
「でもね、水嶋さん。これだけは覚えていてほしいんだ」
「はい。何でしょうか」
「発達障害の人はね、みんな誰かとの関わりを欲しているということ」
人との関わりを欲している――。
「きっとさっきのユウタさんの言葉は、水嶋さんに対して悪意のこもった言葉じゃなかったと思うよ。何かしら意味があるんだと思う」
悪意のこもった言葉ではなく、意味のある言葉――。
それって、何だろう。
「――聞きたい」
「ん?」
「私、ユウタさんが何をもって、さっきの言葉を言ったのか、聞いてみたいです」
「うんうん、聞いてみるといいかもね。いい心がけだ。じゃあその前に、ユウタさんがどんな人生を歩んできたのか、見てみようか」
・
ユウタ、二十四歳。
早産。小さい頃から言葉を話すのが周りの子よりも少し遅く、ようやく言葉が話せるようになると、
保育園の頃から集団の輪に入れず、孤立気味。細かな作業は苦手で、ハサミを使えない、ボタンを掛けることが苦手だった。小学校に上がり、テニスクラブに入るが、大振りしてすかしてしまう姿をクラブのみんなにからかわれ、文芸クラブへ転向。勉強はかなり出来る方で、テストでは常に満点を取っていた。
中学校~高校では吹奏楽部へ所属。口数は少なく、内向的。スポーツは全般的に苦手。腕をまっすぐピンッと伸ばして走る姿を写メに撮られ回されることもあったという。読書が好きで、夏目漱石や芥川龍之介など、日本の有名故人作家の小説をすべて読破。作家になりたいと小説を書き始める。勉強は得意。成績は常に上位。得意な科目は国語や社会。苦手な教科は体育や美術。
大学は文学部へ進学。サークルなどには入らず、ひとりで行動することが多かったという。これを機に一人暮らしを始めるが、非常にこだわりの強い性格で、家具の位置が気に食わない、食器の種類や色を揃えないと気が済まない、と思ってしまうと、何度でも模様替えをする、何度でも買い換えることなどのをしてしまい、その度にお金がかかると両親に怒られていたという。卒業とともに中学校教諭1種免許(国語)を取得。
大学を卒業後は、中学校で国語の教師として働き始めるも、言うことを聞かない生徒への指導がうまくいかず悩むようになる。シャツをピッタリズボンの中に入れ込んでいたことから『オタク先生』とあだ名をつけられ、毎日のように生徒にからかわれてたという。先日その内の一人の生徒より、『死ね、オタク教師!』と暴言を言われたことから指導をしたところ、家族が学校へ怒鳴り込んできたことをきっかけに抑うつ状態となる。寝つきが悪くなり食欲も減退。気分の落ち込みも激しいことから、教頭先生の勧めもあり、やまざと精神科病院を初診。心理検査などを行い、発達障害だと診断名がついたが、抑うつ状態であることから薬物療法を開始。その後も生徒への対応がうまくいかないことを悩み、『自分は教師に向いていない。死にたい』と主治医に訴えがあり、二週間前より入院治療となる。
・
今田さんは、ユウタさんの初診時から入院に至るまでのカルテをざっと見せてくれました。
ユウタさん、中学校の先生なんですね。
すごいです。
知的に高そうな印象はありましたが、ここまでとは。
意味のある言葉――。
私はその意味を、この一週間で見つけることができるのでしょうか。
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