10.その後
「――ということで雪凪さん。ショウコさん、今日退院となりました。退院後はそちらに戻られるそうです」
『そうでしたか。無事に退院できてよかったです』
今田は小山田メンタルクリニックへショウコの報告のため、電話を掛けていた。
入院中の様子、今後の方針、そして今田の関わり方について簡潔にまとめて雪凪に伝える。
「そういえばショウコさん、『小山田メンタルに相談員さんはいますか?』って不安そうだったので、雪凪さんのお名前出しておきました」
『そうですか。ありがとうございます。初診時は具合が悪そうだったから、また改めてご挨拶しないとですね』
「ぜひ、そうしてあげてください」
『はい。ありがとうございます。また今後ともよろしくお願いします』
「はい、こちらこそ。では失礼します」
今田は電話を切ると、時計を見た。
時刻は十七時半。
「今田さん、おつかれさまです――って、そんなに慌てて、用事でもあるんですか?」
今田に声を掛けたのは患者対応を終えた金本だった。
今田はいそいそとカバンに荷物を詰め込み、帰る準備をしている。
「あ、金本さん。おつかれさまです。すみません、今日はお先に帰りますね」
「ん? まさか、デート?」
金本はにやぁっと厭らしい目つきで今田を見た。
「ち、違いますよ。今日はこっちに住んでいる学生時代の友人と飲みに行く約束をしてたんです」
「へー」
「男性ですからねっ」
今田はそう言うと、慌てて連携室を後にした。
◆
やまざと精神科病院から三駅離れた、複数の路線が集まる大きな駅。
そこに知る人ぞ知る、隠れ家的バーがある。
「おー今田、久しぶり!」
「あ、ごめん待たせたか?」
今田は高校時代の同級生とバーで合流した。
「やべー。今田いつぶり? この前この駅で偶然出くわした時はびっくりしちゃったよ」
「本当だな! 高校の時からだからだいぶ経つよな。元気だったか?」
久しぶりの再会に話が弾む。
昔話を酒のあてに、うまい日本酒がのどを潤す。
「そういえば今田って、こっちで何の仕事してんの?」
「あー、えっとね。精神保健福祉士として精神科病院で働いてるんだ」
「精神科!?」
友人は驚いて、声を上げる。
「そそ。精神科病院」
「あー、そうだったのか。すまん、なかなか周りにそんな人がいないからビックリしちゃったよ」
「だろうな。なかなか周りにいないもんな」
今田は、笑って雰囲気を和ませる。
「んで、精神保健福祉士? って、俺初めて聞くんだけど、どんなことすんの? カウンセラーみたいな感じ?」
今田はお猪口を持ちながら「うーん」と悩む。
「そうだな。困っている人を助ける仕事、かな」
「あはは。なんだよ、それ。かっこよく言ってるけどさ」
「いやいや、かっこいいんだよ、俺らの仕事って」
今田は、お猪口に残っている日本酒をぐいっと一気に飲み、空にした。
「仕事とかお金とか、人間関係に困っている人に手を差し伸べて、一緒に考えるのが俺らの仕事なの。仕事の枠なんてないから、できることなら何でもするしな」
「へー。すごいんだな。なんか、精神科の何でも屋って感じだな」
今田は、酒を捧ぐ手を止めた。
「精神科の何でも屋か――。なんか、最高の誉め言葉だな」
今田は嬉しそうに笑うと、日本酒を二合追加した。
「あっ。そういえばお前、結婚とかまだなのかよ」
「――ぶっ。そ、そう慌てるな。これからが本番だ」
こうやって人は、一日一日を一生懸命に生きている。
――ショウコ編 Fin.
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