第32話 守るためなら

 自習時間も終わり、ハナカを連れて教室を飛び出したマコトを追う。


「待ってよワタル君。 マコト君はどこに行ったかわからないんだよ? あてもなく探し続けるなんて無理だよ」


 そんな声を気に留めず、ただひた走る。

 職員室前でミサとルピに出くわした。


「どうかしたの? 変に焦って」

「ご主人また警察に追われる様なことしたんすか?」

「ちげぇよ! いつ俺が警察沙汰になった‼︎」


 荒くなった息を整えて話を始める。


「クラスメートのマコトがいなくなっちまったんだ。 急に取り乱した様に焦り出して、教室を飛び出しちまった」

「それで今探してると?」

「つまりはそういう事」


 ミサが溜息を含みながら言う。


「私も探すわ。 どうせ次の時間私たちの方も自習だし」

「ありがとう。 助かるよ」


 そうは行ったものの、どうにも心配だ。あの取り乱した様子、あの状態でミサに色々問い詰められたら何をしでかすか分かったもんじゃない。


「ルピ、お前はミサのことを護ってくれ」

「えーっ! 何で私がそんなことしなくちゃなんないんすか?」

「うっせー。 世話してもらってんだから少しはそう言うことしろよ」


 俺は指パキしながら脅すと、


「はい! 行きましょう。 今すぐ行きましょう!」


 ルピは背筋を伸ばし、敬礼をする。

 だが、ミサは決まりが悪そうに


「別に助けなんて必要ないわ。 あんたに心配されるほど弱くないから」

「でも、何かあれば大変だからさ」

「私はあんたが思ってるほど子供じゃないの。 悪いけど私1人で行くわ」


 ツカツカと歩いて行くミサを見て、ルピは小さくガッツポーズを作る


「イヤー。 ザンネンっすね。 行ケナクて。 ザンネンだ、ザンネンだ〜」


 口笛吹きながら教室に戻るルピを俺らが止めなかったのが後々後悔することになるとは知らず。


 捜索を初めて10分、流石に授業に遅れると思い、教室に戻っている最中だった。スマホにミサからメッセージが届く。


〈見つけた。屋上で1人、なんかブツブツ言ってる〉

〈そこから動くなよ〉


 とだけ返信し、一段飛ばしで階段を駆け上がる。

 屋上のドアを開け、辺りを見渡すと、ミサの姿が確認できた。

 小声で


「おーい。 大丈夫かー?」


 と聞くと


「うん。 まだバレてないみたい」


 と片手を小さくあげ、返答する

 ミサの下まで移動しようと身をかがめた時、ミサが物陰に引っ張られた。

 俺は息を呑み、少し放心状態になっていた。


「ワタル君。 何してるの? 助けに行かないと」


 ハナカの言葉で我に帰る。

 だが、意外にもマコトの方から顔を出してきた。

 左腕をミサの首に回し、動きを制する。右手に握り締められていたのはカッターナイフだ。


「ワタル、あんたは来ちゃダメ。 帰ってコイツを刺激するだけ!」


 喋るミサに反応したのか頬にカッターナイフを押し付けるマコト


「おいおい、来ちゃダメって親切に教えてくれてんのにお前らは近づいてくんのか? あん? 来たらこの女が傷つくだけだぜ?」


 左腕に一層チカラが込められ、ミサが顔を歪ませる。


「オイ! マコトてめぇ何のつもりだ‼︎」


 マコトの呼吸がより浅くなり、視線が常に空を泳いでいる。それは本当の『狂』 を意味する様だった。


「誰だよぉ〜。 マコトってぇ……。 俺はお前らのこともマコトって野郎の名前も知らねぇぞおい‼︎」

「ミサを離しなさい!」


 ハナカがキッパリと言う。


「嫌だねぇ……。 俺はこのままこのアマと一緒にここから落っこちてやるよ」


 ミサの頬を舐めながら狂った様に笑い出す。


「やめて! キタナい‼︎」


 ミサの抵抗も儚く、膝で脇腹を蹴られる。


「うっせんだよこのクソアマぁ‼︎ 少しは黙る事を覚えろよ!」


 ーーったく! ルピの野郎何してんだよ! 肝心な時にすら使えねぇじゃねえかよ!


 頭の中は真っ白で、不満と怒りだけがこみ上げる。

 ミサはずっと蹴り続けられている。もうすでに10発程度食らっただろうか。

 だんだん、身体が震えてくる。それは恐怖から来るものでないことは確かだ。身体の奥の奥、さらに深層部にイナズマが走った。俺の怒りが頂点に達した。


「あああああぁぁぁぁぁぁっっっっ‼︎‼︎‼︎‼︎

 俺のミサに! 手ぇ出してんじゃねぇ‼︎‼︎‼︎」


 俊足で走り抜けマコトの手からカッターナイフを叩き落とす。腹に1発食らわせた後、ミサを抱き寄せる。


「てめぇ! ふざけんじゃねぇぞ! 何血迷ってんだ!」


 マコトは痛めた腹を抱えて言葉を放つ。


「まだ終わらねぇ……。 まだ終わらねぇかんな……」


 その言葉を聞いた瞬間、ひどく頭が痛んだ。

 締め付けられる様な痛みと共に、意識が遠のく。


「ワタル? ワタル⁉︎」

「ワタル君! どうしたの⁉︎ ねぇ、ワタル君。ワタル君‼︎」


 最後に聞いたのは俺を呼ぶ声ではなく、気味の悪いほどに高笑いするマコトの声だった。

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