第15話 湖中の影

「今日は何しよっかなぁ。」

 朝食会場でコノミが上機嫌に話す。

「近くの山にでも登ってみない?」

「おお、それいいですね。」

 何だろう、コノミとミサの仲がぐっと近くなっているような気がする。

「それじゃあ決まり! みんな、早速行わよ。」

海と反対方向に向かって進むとじきに山が見えてきた。

「おお、海の近くにしては意外とでかいな。」

 ふと、マキの表情が硬いことに気がつく。

「おーい。マーキさーん。 顔が死んでるぞー」

「ワタル君、キモい」

 グサァ

「ぅえ? な、何を急に?」

「虫。 気持ち悪い。 私、虫がダイッキライなの」

 そう言って俺の袖を掴み、身体をぴったりとくっ付ける

「あいにく、俺も虫が嫌いなタチでなあ」

「ワタル君。 たす、けて?」

 上目遣いキラキラ涙目でワタルに9999のダメージ

「OK! 了解」

 ウインクして親指を立てる

「誰が一番か、頂上まで競争よ。」

 ミサは陸上部の長距離で鍛えた体がどうやら疼くようだった。一目散に頂上目指して走るミサをかなりの温度差で見つめながら俺たちもスタートする。

やっとの思いで頂上にたどり着いた頃には、俺とマキ以外全員揃っていた。

「ハァ、ハァ、ちょっとお前ら早すぎだって……」

「なに? あんたこれだけでバテてんの? もっと運動しなさい!」

「余計なお世話だよ!」

 辺りを見回すが、マキは案の定バテておらず、コノミとルピは仲良く歩いていたらしく息が切れている様子が見られない。

「あれ?ハナカさんはどこっすか?」

 ルピの声が聞こえる。

確認するも、やはりハナカの姿は見当たらない。

 遭難?イヤイヤイヤイヤそんなことあったもんなら大変だ。

「俺、ちょっと探してくるから。 みんなここで待ってて」

 駆け出して来た道を戻る。

「私も行ってくるっす」

 そんな声が聞こえて、ルピが俺の横まで走る。

「ご主人、私も手伝うっすよ」

「おう! サンキュー!」

 どこでハナカとはぐれたんだ?頭の中で必死に回想する

「ああーー!」

 ルピが突然叫ぶ。

「どうした! 何かわかったのか⁉︎」

「はい! ハナカちゃん、途中で気になるものがあるからって」

「どこでだ? どこではぐれた?」

「多分、ここをもうちょい行ったとこっす」

 少し進むといかにも先ほど何かが通った様な形跡があった。

 ここだな。決心を決めていざ茂みの中へ、

 ガサガサと草を掻き分けさらに奥へ奥へと入って行く。

 ある程度進んだところで広間に出た。1つの湖があるが、特に変わったところはない。

「広いっすねぇ。 魚おる? ギョギョッ!」

 先ほどまでの緊張感すら感じられないルピは顔を湖に近づける。その瞬間

 ザバッ‼︎と湖から何かが出て来た。

 俺は急いで木の陰に隠れる。

「ハー! ……ッハー‼︎」

 長時間息を止めていたことを思わせる荒い息

 近くにいたルピは完全に腰を抜かしている。

「は、ハナカちゃん⁉︎」

 ??????????ルピ、今何て?

 ゆっくりとハナカに近づく。水に濡れ、雫を滴らせているその顔は確かにハナカと一致した。しかし、その顔は水だけでなく涙で濡れていた。

「ワタル君。 私……」

 とめどなく流れている涙を腕で拭う。

 俺は意味がわからなかった。なぜここにハナカがいて、なぜ今泣いているのか。けれど、俺の腕は自然とハナカへと伸び、抱きしめた。そこで自然と出た言葉。

「もう、大丈夫だから。 安心して。 俺がいるから。」

 それまでだらんと無気力に垂れていたハナカの腕がしっかりと力を込めて、俺を抱き返した。

「行こう。 みんな頂上で待ってる。 ほら、ルピも早く立って」

 俺は深く問い詰めなかった。なぜ湖に飛び込んだのか。その理由は大体分かったから。

「おーい! 見つけたぞー!」

 頂上まで戻り、みんなに手を振り合図する。

「ハナカさん!」

 コノミが慌てて駆け寄り

「大変! このままじゃ風邪引いちゃいますよ。」

 と、リュックの中から小さめのタオルを取り出した。

心配したマキとミサも近寄る

「とにかく早くホテルに戻って休みましょ?」

 俺はハナカの手を引いて山を下った。

 ホテルで浴衣に着替えたハナカはいつもよりもずっと線が細く見えた。

「みんな、ごめんなさい。 私のことでこんなにも迷惑をかけてしまって」

 俺らを前に頭を下げる

「そんな気にすんなよ。 何より、見つかってよかったじゃないか。」

俺はハナカの心が読めない事に申し訳ない様な気がしてフォローした。

「ワタル君には特に感謝しなければね。」

 ハナカは顔を俺に近づけ、頬にキスをした。

 その唇がとても冷たかったこと。それと同じくらいに冷たいみんなの視線は深く俺の肌に残った。

 そんな空気を断ち切ったのはミサだった。「さて、もうそろそろで夕食よ。」

「そ、そうですね。」

 と、コノミ。その声に続き

「今日のご夕食は何でしょう。 あはは……」

 あからさまなほどに棒読みのマキ

「今夜は早く寝てゆっくり休もうな。 ハナカ」

この言葉にハナカは返事もせずにただコクリと頷いただけだった。




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